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FRBと日本銀行

[Part1]中央銀行、独立はなぜ必要か

米国のFOMCが開かれる、FRB本部内の部屋=FRB提供

ワシントンのFRB本部のビル内には、FRB高官だけが使える特別図書室がある。古めかしい木製のテーブルの縁には、初代FRB理事の名前が刻まれたプレートがつけられているが、かつて財務長官が座っていた、一番上座のプレートだけが外されている。


FRBは1951年に財務省と「アコード(合意)」を結ぶまで、戦費をまかなうため低金利を強いられ、財務省に従属的だった。FRBの歴史に詳しいニューヨーク大学教授のウィリアム・シルバーは「財務長官のプレートを外した物語は、財務省に従属した歴史を忘れないというFRBの意志の表れだ」と話す。


中央銀行はなぜ、政府から独立しているべきなのか。最大の理由は、中長期的な経済の安定を目指す中央銀行と、選挙の洗礼を受けるため、目の前の成果を求めがちな政治家の利害が、ときに対立するからだ。


1951~70年にFRB議長を務めたウィリアム・マーチンは、中央銀行の仕事を「パーティーが盛り上がっている時に、(お酒が入っている)パンチボウルを引き揚げること」と呼んだ。物価の安定を目標とする中央銀行は、インフレの危険をいち早く察知し、金融引き締めにつながる利上げをする必要がある。ところが、目の前の好景気が続くことを求める政治家や政府は、インフレの危険を軽視しがちだ。利上げに反対する政治の介入を避けるためにも、独立性が確保されていなければならないというのが「歴史の知恵」だった。


日本では長く、日銀が政府の監督下に置かれて、金融政策を決める独立性は乏しかった。98年施行の改正日銀法でようやく、金融政策の自主性が明記された。政府の日銀に対する命令権や日銀総裁などの解任権も廃止され、法律上の独立性は一定程度整った。


デフレで関係変化も


ただ、低成長の先進国がインフレではなくデフレの懸念に悩まされるようになった現在では、政府と中央銀行の関係や独立性をめぐる議論は変わるとの指摘もある。政府と中央銀行が財政政策と金融政策を協調させれば、デフレから脱却しやすくなるという主張だ。


日本でも、90年代以降の長引くデフレから脱却するため、政府と日銀が協調して、より大胆な金融政策を求める声が高まった。


自民党は2012年の衆院選で、2%の物価上昇目標と、政府と日銀の連携強化を掲げた。選挙に勝利して発足した安倍政権も、日銀法の独立性を弱めるような法改正に言及、大規模な緩和に消極的だった当時の日銀に圧力をかけた。


日銀と政府は13年1月に、「共同声明」をとりまとめた。日銀は物価上昇率2%の目標を早期に実現させることを目指し、政府も中長期の財政健全化に配慮することを約束した。政府と日銀の協調を歓迎する声が上がる一方、一連のプロセスで、日銀の独立性が脅かされたとの批判もあった。


(五十嵐大介、福山亜希)


(文中敬称略)


(「中央銀行は何をする?」に続く)



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