――俳優・監督として米国で撮影や取材、授賞式出席の機会も多く、また影響力のある発信者としても米国で注目されています。なのに住まいはあくまでメキシコ市と、アルゼンチンの首都ブエノスアイレス。「出稼ぎ労働者(migrant worker)」とも自称されていますが、人気のある成功した映画人としては珍しいですね。
「私は敢えて、米国に住んでいない。米国に住むなんて考えたこともない。(米国的なものの)反対側でたたかうことを選んでいる」
――なぜでしょう?
「だって、他に住みたいと思う国はいっぱいあるもの。撮影があれば、その都度米国に行けばいいわけでしょう?」
「今は米国のアマゾン・プライムなどを通じて、ドラマも映画もどこからでも見られる。主演する『モーツァルト・イン・ザ・ジャングル』(※)も、昨年からメキシコでも配信されるようになった。それまでは、こうした米国のシリーズをどうやったら見られるかメキシコの友人に説明できなかったけれど、今や可能になった。すばらしいチャンスだよね」
※『モーツァルト・イン・ザ・ジャングル』はアマゾン・スタジオ製作、アマゾン プライム・ビデオ配信で2014年に始まったオリジナルドラマシリーズ。ガエル演じるラテン系の天才指揮者を中心にオーケストラの舞台裏を風刺的に描き、今はシーズン4の製作が進む。ガエルは今作で2016年、ゴールデングローブ賞のテレビシリーズミュージカル・コメディー部門で主演男優賞を受賞した。アマゾン プライム会員向けの定額制動画配信サービスは、日本では2015年に、メキシコでは昨年始まった。
「私がどこに住んでいるか尋ねる人はよく、『まだメキシコにいるの?』と言ってくる。まるで、有名になればメキシコを出るものだ、という風に。どうかしている、と言われるし、映画の仕事をするうえでは変わり者だ。多くの人は、仕事を求めて米国へ渡るからね。私はそれにある意味、異議申し立てをしている。業界の需要に合わせたりせずにいる自分を誇りに思う。そうしたものからから自由でいられてハッピーだ」
「映画の仕事を始めた当初は、メキシコで作った作品が世界各地で見られる、という状況にはなかった。このため(世界の大多数の)観客がどう反応するか、考えることなくやってこられた。また、だからこそ自分はある意味、セレブと言われるものから距離を置くことができた。実際、例えば彼らのような発信もしていない。何か大きな問題についてセレブが理念を表明したりしても、うさんくさいよね。とても信用できない感じになる」
――米国では最近、ハリウッドの既存の大手スタジオよりも製作上の自由があるとして、著名な監督も俳優も、アマゾンのような動画配信サービスのオリジナル作品にこぞって製作あるいは出演しています。それに伴い、ハリウッドのスタジオに携わる人たちからは「自由がない」といった不満がよく聞こえてくるようになりました。
「そう、彼らは『自由がない』とよく言う。編集上の決定権がスタジオにしかなく監督にはない、といったことも、米国の人たちは言う。でもたとえばメキシコでは映画に補助金も出るからやりたいようにやれて、大いに自由がある。編集上の決定権も、監督の側にある。すばらしいことだよね。米国の大手スタジオ作品はまったくの民間資金に頼っているから、映画が商品でしかなくなってしまうんだ。私自身は、(ハリウッド大手の)スタジオの映画もテレビシリーズにも、出たことがないよ」
――今年のアカデミー賞授賞式では移民問題をめぐりトランプ米大統領を暗に批判するスピーチをして拍手を浴びました。2010年には国際人権NGO「アムネスティー・インターナショナル」製作の移民ドキュメンタリーを監督・出演、映画『バベル』(2006年)では不法移民の甥、『ノー・エスケープ 自由への国境』(2015年)では不法移民を演じておられます。でも移民排斥の動きが世界で広がるにつれ、人権問題を訴えるだけでは通じづらくなっていますよね。
「確かに、移民は人権問題だけでは語れない、というのは何度も繰り返し言われてきた。それでも世界は経済的に移民労働者を欲している。実体経済の問題だ。自由貿易を追い求める限り、労働力の自由な移転は必要になる。モノづくりや輸送その他で必要になるからだ。ところが今は、思った以上に経済的不平等が蔓延している」
――そうして「移民が仕事を奪う」との主張が広がっているわけですが、すると移民問題には今後、どう取り組んでいけばよいのでしょう。
「メキシコが取り組むべき明らかに一番のポイントは、渡米したメキシコ人と連絡をとってコミュニケーションをはかることだ。そうして、彼らの文化的なハブである母国に戻るよう検討してもらう。3世代さかのぼることになっても。メキシコから米国へ、もうそんなに移民をする必要はない」
――確かに実際、新規移民の減少と強制送還の増加で、メキシコ移民は減っています。米調査機関「ピュー・リサーチ・センター」によると、米国のメキシコ系不法移民は2009年に約640万人だったのが、2016年には約560万人です。
「あるメキシコ系米国人が、メキシコは見知らぬ母で、米国は自分たちを受け入れない父だと表現していた。米国に移民した人たちの多くが感じる孤独感を、よく言い表している。メキシコ系だけでなく、他の国・地域から来ている人たちもそうだろう」
「メキシコは文化的に米国よりも洗練されている。映画や音楽といった文化面だけでなく、経済面においてもだ。だからその点について、メキシコに引き寄せることができる。あらゆる手段を使えば間違いなくできる。メキシコは渡米したメキシコ人を必要としているし、3世代にわたるメキシコ系米国人も、文化的なアイデンティティーのための場所を求めている。みんなで融和することはできる」
――北米自由貿易協(NAFTA)の再交渉を進めるトランプ米政権は、メキシコ抜きの協定の可能性も示唆しています。メキシコの今後の経済成長、心配ではありませんか。
「それも含めて、今起きているのはいいことじゃない? 米国の大統領が何を言おうが、米国以外の世界はそれぞれのやり方で運営してゆく。メキシコもおもしろいことに、どんな脅しがあろうと、なお回っている。そもそも世界の人たちは、メキシコなど米国以外の国・地域の製品を消費していている。これが、私たちの抗い方だ。交易がどのように発展してきたかさかのぼって考えてもわかるが、例えばラテンアメリカ原産のサツマイモがアジアや欧州に渡っていかに飢餓を防いできたか」
「私はもう、米国製品は買わない。トランプがメキシコ製品を買うなと言っているからね。私も以前は、そんな風に考えたりしたことなんてなかっんだけれど、今はそういう気持ちだ。それは、いいこと。トランプのおかげだ。米国的な世界の外にいる人たちが、自分たちでなんとかしようと思うようになったのだから」
「今は、これまで安定的に続いてきた物語をひっくり返す時代にきている。とてもおもしろい、すばらしい時期だと思うよ」(聞き手・構成 藤えりか)
ガエル・ガルシア・ベルナル
メキシコの俳優、監督。1978年、メキシコ第2の都市グアダラハラ生まれ。少年時代からテレビドラマに出演、名門メキシコ国立自治大学で哲学を学んだ後、英国の著名な演劇学校セントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマにメキシコ人として初めて合格。カンヌ国際映画祭の批評家週間でグランプリの『アモーレス・ペロス』(2000年)出演で日本でも広く知られるようになり、『天国の口、終りの楽園。』(2001年)でヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(最優秀新人賞)。『モーター・サイクル・ダイアリーズ』(2004年)でチェ・ゲバラの若き日を演じ、菊地凛子がアカデミー助演女優賞にノミネートされた『バベル』(2006年)にも出演、『ノー・エスケープ 自由への国境』(2015年)では米国境で逃げ惑う不法移民を演じた。2014年からアマゾン プライム・ビデオ配信のドラマシリーズ『モーツァルト・イン・ザ・ジャングル』に主演している。ヒスパニックや移民をめぐる人権問題について発言を続け、2016年、米タイム誌「最も影響力ある100人」に選出。2017年9月、米ヒスパニック・ヘリテージ賞受賞。2017年11月11日、出演したチリ・アルゼンチン・仏・スペイン映画『ネルーダ』(2016年)が日本で公開。