RSS

気仙沼ニッティング社長 御手洗瑞子が漁師のセーターをブランドに 「ブータンから気仙沼へ」

編み上がったばかりのセーターの寸法を測っていた御手洗瑞子(32)が顔を上げ、編み手の女性に言った。「すみませんね」。袖がわずかに長かった。 やり直しだ。母親ほどの年齢の女性は、1カ月かけて丹念に編んだセーターをほどき始めた。「お客さんに満足してもらいたいですから」。職人らしく、こともなげに。


宮城県気仙沼市。東日本大震災で大きな被害を受けたこの漁業のまちで、震災から2年後に御手洗らが立ち上げた「気仙沼ニッティング」。遠洋漁業の男らも船上でいそしむという編み物という地域の伝統が、「フィッシャーマンズ・セーター」として新たな産業を生んだ。


4人の編み手が編んだ4着のカーディガンから始まり、いまは50、60代の女性を中心に、約60人の編み手を抱える。震災で勤め先を失った人や、家庭の事情で定時の仕事ができない人たちも、自分のペースで、自宅で仕事ができる。


柄がはっきり出るけれど着心地は柔らかくなるように特注した毛糸で、何十時間もかけて手編みする。定番商品は1着7万円台から。人助けにちょっと買おうか、という代物ではない。それでも、オーダーメイドのカーディガン(15万1200円)は「約300人待ち」で、手に入れるのに2年半かかる人気だ。


めざすのは、例えばエルメスのような、100年以上も続く老舗ブランドだ。だからこそ、御手洗は品質に妥協しない。思いは編み手も同じだ。ある女性(63)は「ここで働いているプライドみたいなものが高まっている」と言う。仕事をする自宅では、臭いや湿度にも気を配る。「つくれるものをつくる、のではなく、本当にほしいと思われるものをつくる」と御手洗は言う。そして「稼げる」というだけでなく、仕事や地域に「誇り」を持てるようにする。それが、彼女がこのまちに残したい仕事だ。



(次ページへ続く)

この記事をすすめる 編集部へのご意見ご感想

  
ソーシャルブックマーク
このエントリーをはてなブックマークに追加

Popular article | 人気記事

さらに記事を見る
Facabookでのコメント

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

Information | 履歴・総合ガイド・購読のお申込み

Editor's Note | 編集長から

PC版表示 | スマホ版表示