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[No.183]栗林隆/Kuribayashi Takashi


アーティストという言葉の定義は広い。歌手もいれば、画家もいる。霞を食べて生きるような人もいれば、超がつくお金持ちもいる。紙や土など様々な素材を使い、空間を含めた「インスタレーション」という手法で表現する栗林隆(48)に言わせると、仕事ではなく「生き方」だという。


今年最初の寒波が襲った1月半ば、徳島県吉野川市の和紙製造会社「アワガミファクトリー」に栗林を訪ねた。月末から都内で上演した舞台美術の制作のため、インドネシアから助手を連れて帰国中だった。作るのは高さ3.5メートルのヒマワリ4本。太陽のように咲く花が枯れていく過程の色みや質感を「紙で表現できると直感した」と言う。石膏の型に染色した和紙原料のコウゾの繊維を敷き詰める。夜は0度近くなる作業場で、かじかんだ手を時折ストーブで温めながら、夜を徹しての作業が続く。


7年前の東京・六本木の森美術館での展覧会では、この阿波和紙を使い、188平方メートルの展示室を真っ白な林に変えた。顔の高さに紙の「地面」があり、見る者は腰をかがめて地下を歩き、数カ所に開いた穴から地上をのぞく。「その発想とスケールに驚いた」とアワガミファクトリー理事長の藤森洋一(69)。作品は今年、スウェーデンの美術館で再び展示されることになった。


作品の多くは「境界」がテーマだ。青森県の十和田市現代美術館では、日本人作家でただ一人、専用の展示室を持つ常設作品を制作した。中央に置かれたテーブルに上り、頭一つ分の穴から天井裏をのぞくと、そこは沼の真ん中で、沼の端にはアザラシが顔を出している。見る者は自分が境界にいると気づく。


海と陸、国と国。世界にはさまざまな境界がある。「海の事故は水面で起きる。国同士が国境で衝突する。何かが起きるのは二つの世界が接するあいまいな部分、線引きできない場所だ。何を考えても、最後はそこに行き着いてしまう」

「ネイチャー・センス展」に出品した「Wald aus Wald(林による林)」
(アワガミファクトリー提供)
(次ページへ続く)

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