RSS

世界の書店から

習近平の若き日々 中国から

[第223回]泉京鹿 翻訳家

Photo:Nishida Hiroki

国家主席の任期制限撤廃という憲法改正に世界中が愕然とした。かつて習近平が次期最高指導者になると知ったとき、その意外な人事に人々がどれほど期待を寄せただろう。時を経て、習近平は経済政策や外交、汚職撲滅、環境対策などの改革を進める一方で、言論統制や人権抑圧など時代を逆行する政策も強行している。


『習近平的七年知青歳月』は、そんな彼が1960年代末の文化大革命期、都市の知識青年を強制的に農村に送り込む「下放政策」によって陝西省延川県に送られた際、付き合いのあった人々へのインタビュー集だ。


「一緒に下放された元知識青年たち」「地元の農民たち」「各界の人々」の心に刻まれたのは、読書好きで、常に人々に寄り添う実直な姿。読書は主にマルクス主義関連書、歴史、古典文学だが、後に会うことになるキッシンジャー元米国務長官の著作なども、この時期に読んでいたとの証言もある。


やがて仲間は次々に北京に戻るも、最後まで農村に留まり、7年を過ごす。失脚した元国家幹部・習仲勲の息子であることは周知の事実で、共産党入党は幾度となく阻まれた。そんな境遇で、農作業、土木作業のほか、トイレ修理やメタンガス利用の発電設備の開発などに貢献し、人々に愛された。後々も続く村人たちとの関係にはこまやかな情もにじむ。


友人の雷平生によると、習近平は、太平天国の乱を鎮圧した曽国藩の言葉「耐煩(煩わしさに耐える)」に度々言及し、「大事を成し遂げるには自己コントロールが必要」と語っていたという。「大衆のために具体的なことをするのが彼の一貫した信念」と語る友人の陶海粟が08年に「君について書きたい」と言うと、「蓋棺事定(棺を蓋〈おお〉いて事定まる)にはまだ早い」。


団体購入や義務感による組織票中心でも半年で300万部は驚異的。しかし、本の読後感や批評を人々が自由に披露するSNS「豆瓣」に、本書レビューはゼロ。ベストセラーでも評価の書き込みは不可。当局公認のネット上の書評は参考にならない。黙って読め、ということか。検閲済みの内容に驚くべき発見はない。けれど、読めばもっとこの人を知りたくなる。これだけの証言からも、その心の奥は見えないからだ。



(次ページへ続く)

この記事をすすめる 編集部へのご意見ご感想

  
ソーシャルブックマーク
このエントリーをはてなブックマークに追加

Back number | バックナンバー

[第224回]浅野素女 ライター 保守系文化人の「遺言」@パリ

[第224回]浅野素女 ライター
保守系文化人の「遺言」@パリ

[第223回]泉京鹿 翻訳家 習近平の若き日々@北京

[第223回]泉京鹿 翻訳家
習近平の若き日々@北京

[第222回]園部哲 翻訳者 老夫婦の冬と夜明け@ロンドン

[第222回]園部哲 翻訳者
老夫婦の冬と夜明け@ロンドン

[第221回]美濃口坦 翻訳家兼ライター 旧東独政治家の奮闘@ミュンヘン

[第221回]美濃口坦 翻訳家兼ライター
旧東独政治家の奮闘@ミュンヘン

[第220回]戸田郁子 作家・翻訳家・編集者 米中戦争の危機描く@ソウル

[第220回]戸田郁子 作家・翻訳家・編集者
米中戦争の危機描く@ソウル

[第219回]宮家あゆみ ライター・翻訳者 人間ダ・ヴィンチに迫る@ニューヨーク

[第219回]宮家あゆみ ライター・翻訳者
人間ダ・ヴィンチに迫る@ニューヨーク

Popular article | 人気記事

さらに記事を見る
Facabookでのコメント

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

Information | 履歴・総合ガイド・購読のお申込み

Editor's Note | 編集長から

PC版表示 | スマホ版表示