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保守系文化人の「遺言」 フランスから

[第224回]浅野素女 ライター

Photo:Nishida Hiroki


『Et moi, je vis toujours(そして私は、いまも生きている)』は、昨年12月に帰らぬ人となったジャン・ドルメソンの遺作。日本では知られていないが、1970年代に『ル・フィガロ』紙の編集長を務め、貴族出身の保守系作家でありながら、右とか左とかの区別なく多くの人から敬愛された。戦後、日本でスポットライトが当てられてきたのは主に左派系作家であるので、保守系作家は本国でどんなにポピュラーであってもいまだにお株が低い。しかし、フランスは右と左が常に拮抗している国である。90年代、社会党の故ミッテラン大統領と戦わせた議論など、政治が文学の域に昇華せんばかりの高揚感を味わわせてくれたものだ。高齢になっても、その青い目の輝きと粋なスーツ姿は少しも変わらず。文学界最後の紳士だった。本書は、その遺言書とも言える。


小説なのかエッセイなのか。形式など楽々と乗り越えて、前史時代の闇から出発して月に足跡を残すに至る科学の時代まで、人類の歴史がよどみない軽妙な筆致で語り継がれる。東洋と西洋を自由に行き来する俯瞰的な視線と同時に、語り手は、ソクラテスの友となったり、ガレー船の漕手となったり、はたまたラ・フォンテーヌやモリエールら文学者たちが集ったパリの酒場の女給仕となったり、場面ごとに変幻自在に姿を変えて、内側から、各時代の輝きや偉人たちの姿を幻灯機のように浮かび上がらせる。超人的な教養に裏打ちされた細部の描写や引用にはうならされる。


本書の「主人公」は、人類の「歴史」そのものなのだ。あの世に旅立つ前にもう一度、老作家がありったけの愛情を込めて再生してみせた、人類の、ということは私たちひとりひとりに流れ込む、歴史という大河の絵巻物。その流れの中で、戦闘に長じた英雄や策略に長けた統治者より、ドルメソンはやはり文学者や哲学者により心を通わせている。彼らの肖像は、まるで同時代の友を描くように生き生きとしている。


本書の終わり、地球がいつか消滅することまで見据えて、語り手は平家物語の琵琶法師のごとく朗々と吟じる。「すべては過ぎる。すべては終わる。すべては消え去る」。しかし、 悲嘆や絶望に絡めとられる気配さえ見せず、最後の一行、最期の瞬間まで、老翁は生まれ持ったエレガンスを貫いた。



(次ページへ続く)

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