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貴族出身、保守系文化人の時空を超える「遺言書」

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:

戦後、日本でスポットライトが当てられてきたのは主に左派系作家であるので、保守系作家は本国でどんなにポピュラーであってもいまだにお株が低い。しかし、フランスは右と左が常に拮抗している国である。90年代、社会党の故ミッテラン大統領と戦わせた議論など、政治が文学の域に昇華せんばかりの高揚感を味わわせてくれたものだ。高齢になっても、その青い目の輝きと粋なスーツ姿は少しも変わらず。文学界最後の紳士だった。本書は、その遺言書とも言える。

小説なのかエッセイなのか。形式など楽々と乗り越えて、前史時代の闇から出発して月に足跡を残すに至る科学の時代まで、人類の歴史がよどみない軽妙な筆致で語り継がれる。東洋と西洋を自由に行き来する俯瞰的な視線と同時に、語り手は、ソクラテスの友となったり、ガレー船の漕手となったり、はたまたラ・フォンテーヌやモリエールら文学者たちが集ったパリの酒場の女給仕となったり、場面ごとに変幻自在に姿を変えて、内側から、各時代の輝きや偉人たちの姿を幻灯機のように浮かび上がらせる。超人的な教養に裏打ちされた細部の描写や引用にはうならされる。

本書の「主人公」は、人類の「歴史」そのものなのだ。あの世に旅立つ前にもう一度、老作家がありったけの愛情を込めて再生してみせた、人類の、ということは私たちひとりひとりに流れ込む、歴史という大河の絵巻物。その流れの中で、戦闘に長じた英雄や策略に長けた統治者より、ドルメソンはやはり文学者や哲学者により心を通わせている。彼らの肖像は、まるで同時代の友を描くように生き生きとしている。

本書の終わり、地球がいつか消滅することまで見据えて、語り手は平家物語の琵琶法師のごとく朗々と吟じる。「すべては過ぎる。すべては終わる。すべては消え去る」。しかし、 悲嘆や絶望に絡めとられる気配さえ見せず、最後の一行、最期の瞬間まで、老翁は生まれ持ったエレガンスを貫いた。

L'ordre du jour

以下の二作品は、どちらもフランスで最も権威あるゴンクール賞受賞作家の手になる。

まずエリック・ヴイヤールだが、9作目のL'ordre du jour(議題)』で、昨年秋にゴンクール賞を受賞した。アクト・スュッド社独特の10cmx19cmサイズは手にしっくりなじむ小型版。しかも、内容は約150ページの簡潔な物語。ロマン(小説)ではなく、レシと表紙にある。レシをぴったり言い当てる訳語がなかなか見つからないが、起こったことを淡々と短めに「報告」の形で書き留めたもの、と言えばいいだろうか。小説のような複雑な構造は持たない。レシがこの文学賞を獲得するのはめったにないことだ。

1938年のナチスドイツによるオーストリア併合に至る画策を、歴史に鋭利なメスを入れて体脂肪の下に隠れていた腫瘍を取り出すような、ゾクっとするほど研ぎ澄まれた筆致で描いた力作。資金面でナチスの後押しをすることになるドイツ産業界の24名が雁首をそろえた1933年の会合、また併合1ヶ月前のヒットラーとオーストリア首相シュシュニックの会見を中心に描き、とてつもない大悲劇に突入していく前夜、悪の力の操り人形となった人たちの滑稽さ、愚かさが暴かれる。

Falaise des fous

一方のパトリック・グランヴィルは、1976年に29歳の若さでゴンクール賞を受賞(『火炎樹』)。以来、次々と、30余りの長編小説を発表してきた。アート関連の著作はさらに多い。

70歳で発表した本作は、ノルマンディーの光に魅せられ、名勝地エトロタ周辺に集まってきた、巨匠モネを初めとする印象派の画家や作家たちをめぐる物語である。絵画はグランヴィルの筆致がことさら冴える分野だ。

普仏戦争、ドレフュス事件、第一次世界大戦を背景に、新しい絵画の潮流が興りゆくさまを、エトロタに居を構えた、芸術とは縁もゆかりもなかった語り手の視点から、画家たちの内面に迫って描く。史実に基づきながらも、先のヴィヤールとは対照的に、色彩踊り情感溢れる長編小説である。

フランスのベストセラー(フィクション部門)

2018228日付 LExpress誌より

『 』内の書名は邦題(出版社)

1 Couleurs de l'incendie

Pierre Lemaître ピエール・ルーメトル

ゴンクール賞受賞作『天国でまた会おう』に次ぐ三部作の二作目

2 L'amie prodigieuse(t.IV) L'enfant perdue

Elena Ferranteエレナ・フェランテ

4巻を通じベストセラーとなった伊作家ナポリタン・シリーズ最終巻

3 Entrez dans la danse

Jean Teulé ジャン・トゥレ

16世紀の初めのストラスブール。人々が二ヶ月間踊り狂った史実の謎

4 Et moi, je vis toujours

Jean d'Ormesson ジャン・ドルメソン

昨年末に逝った人気老作家の遺作。歴史を俯瞰する視点が作家の姿に重なる

5 Les Loyautés

Delphine de Vigan デルフィーヌ・ド・ヴィガン

家庭内暴力を疑う教師と生徒、その周囲の人々の沈黙の奥にあるものは何か

6 4321

Paul Auster ポール・オースター

米作家が戦後生まれのユダヤ系少年の生涯に4つの展開の可能性を与えて語る

7 Les Rêveurs

Isabelle Carré イザベル・カレ

70年代という時代とある家族の肖像 を鮮烈に描き出す実力俳優の自伝的処女作

8 L'Ordre du jour

Eric Vuillardエリック・ヴイヤール

戦争になだれ込む歴史の瞬間をとらえた2017年ゴンクール賞受賞作

9 Falaise des fous

Patrick Grainville パトリック・グランヴィル

ノルマンディーを舞台に印象派の画家たちをユニークな視点で描き出した快作

10 L'Art de perdre

Alice Zeniter アリス・ゼニテール

フランスとアルジェリアの複雑で微妙な関係を映し出すある移民家族の物語