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歴史に翻弄された母を描いた『マリウボリから来た母』ドイツで読まれてます

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
photo: Semba Satoru

photo: Semba Satoru



ライプツィヒブックフェア文学賞を受賞した『Sie kam aus Mariupol(マリウポリから来た母)』は、母親のルーツをたどる自伝的小説だ。著者のナターシャ・ヴォディンの両親は、ドイツとソ連の戦争中、ソ連の支配下にあったウクライナからドイツに連行され、軍需工場で強制労働に従事した。1945年生まれの著者は、反ソ感情が強い戦後の西ドイツで育ち、学校で差別や迫害を体験。自分たちが「戦争の残骸」と見られていると感じたという。

表紙の女性は母親で、著者が10歳のときに近くの川に身投げした。母のことはウクライナのアゾフ海沿岸にある街マリウポリで生まれたのを知るだけ。死から半世紀以上を経て、その存在感は薄れていくばかりだった。

数年前、著者は冗談半分でインターネットの検索エンジンに母の名前を入れてみたところ、「アゾフ海ギリシア系住民」の消息を尋ねるサイトがヒットした。著者は「自分の心の外でも母が存在する」ことに感動。サイト運営者らの支援を得て、母の過去を取り戻そうとする。

母の生家は貴族で、祖父はマリウポリの資産家。母は3人きょうだいの末っ子で、姉は反政府運動で強制収容所に送られたが、生き延びて教師となった。兄はオペラ歌手として名をなした。著者は彼らの子孫と連絡をとり、母の姉が残した回想録を入手する。

母親を直接知る人はいなかった。ロシア革命直後、内乱と粛清の嵐が吹き荒れた1920年に生まれ、独ソ戦の最中にドイツへ連行されたからだ。

社会主義革命で貴族が「人民の敵」になった国に誕生した時から、母は非人間的に扱われ続けた。だから母は絶えず何かに怯えていたし、自分の出自についても沈黙し続けた。

著者の幼い頃の記憶では、母はドイツ人と結婚したロシア人女性の家で、一度だけ、ショパンの前奏曲「雨だれ」を演奏した。母がショパンの名曲を演奏できたのは、ドイツでは「劣った人間」とされた母が、実は音楽の素養が重視される元貴族の家庭で育ったからだった。

受賞式で著者は「母についての断片的な記憶の意味が分かり、母との関係の空白が埋まった。この小説を書けて思い残すことはない」と語った。

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『Die Geschichte der Bienen (ミツバチの歴史)』は2015年にノルウェーで出版されてベストセラーになり、少し前にドイツでも刊行された。作者のマヤ・ルンデはテレビの脚本や児童文学の分野で活動している人で、本書は彼女が大人のために書いた最初の小説である。

小説というジャンルを借りて、ミツバチの歴史を描くために著者は三つの物語を用意する。

一番目の物語は1852年、英国・ハートフォードシャー州の生物学者、ウイリアムが主人公だ。学者への道がとざされ、大家族を養うためにはじめた種屋商売もうまくいかない彼は、蜂を効率よく養える工夫が施された近代的な養蜂箱を設計する。

次の物語の舞台は2007年、米国のオハイオ州。養蜂場を経営するジョージは息子に跡を継いで欲しいと思っているが、カレッジに通う息子は、ジャーナリスト志望で気が進まない。そのうちにジョージの養蜂場では、ミツバチが帰ってこなくなり、コロニーがどんどん消えていく。養蜂場拡大路線を進めてきた父親は絶望する。

三つ目の物語は2098年、中国・四川省の果樹園女性作業員タオを主人公とする。木に登り、筆で花を受粉させるのが彼女の仕事だ。タオは一人息子を大事にし,いい教育を受けさせたいと願っている。

ある日親子3人が果樹園でピクニックをしていたところ、息子が急に倒れて呼吸困難に陥り気絶。病院に連れていくと、その後両親は息子に会えなくなり、しばらくして、息子が北京の病院に送られたという連絡を受ける。タオは北京に行き息子をさがすが、どの病院にもいない。北京の町は治安が悪く、住民数も少なくなっている……。

本書の特色は、21世紀末のタオの話が語られていたかと思うと、次は19世紀半ばのウイリアムに移り、しばらして21世紀初頭のジョージになるといった具合に、行ったり来たりしながら小説が進行する点にある。

三つの物語は時代も場所も異なるが、話は決してバラバラにならず、読者は最後まで小説に引き込まれながら、「ミツバチの歴史」と取り組むことなる。

本書は評判がよく、30カ国で翻訳刊行されるだけでなく、映画化も準備されているという。


マルティン・ズーターの『Elefant(象)』に登場するショッホさんはスイス・チューリヒの町のホームレスで、川辺の傾斜にできた洞穴をねぐらにしている。ある日酔っぱらって「帰宅」した彼は自分の目が信じられない。洞穴の中に玩具の小さな象がいて、暗闇のなかでピンク色に輝いているのだ。これまでコンドームや麻薬用注射器の置きっぱなしはあったが、子どもが玩具を置き忘れていたことなどなかった。

ショッホさんは、酔いからさめると、この象が生きていることに気づき、世話をするうちに情を覚えるようになる。食中毒になった象を心配し、獣医に連れていったほどだ。

長さ40センチ、高さ30センチのこの象は、実はスイスの遺伝子工学関係会社の社長を務めるルー博士がデザインし、サーカスの本当のメス象を代理母として、誕生させたものだった。普通の大きさの象になるはずであったが、どこかで間違ってこんなに小さくなったのだ。ルー博士は小さな象を何頭も製造し、アラブの富豪に子供用の玩具として売ることを夢見る。

小説は、ルー博士と同じような理由からピンク色の象を利用しようとする人々と、それに反対して邪魔しようとする人々との対立によって進行していく物語である。後者はこの象の世話をする人たちであり、また治療をする獣医である。彼らはショッホさんと同じ理由で、小さくてか弱いピンク色の象に対して情を抱くようになったのだ。唯一の例外はサーカスで象のお世話係を務めるビルマ人で、彼にとってこの象は宗教的な崇拝の対象になっていた。

遺伝子操作して生き物をデザインすることに対して、著者のズーターが断固とした立場を取らなかったことを批判する人がいた。だが、作者の意図は奇妙な象を巡るおもしろい話をつくることだけで、読者もそれ以上は期待していない。だからこそ、彼の作品は娯楽作品として傑出しており、おもしろいほどいつもベストセラーになるのだ。

ドイツのベストセラー(フィクション部門)
5月6日付Der Spiegel紙より


1. Die fremde Königin
Rebecca Gablé レベッカ・ガブレー 
中世の騎士物語シリーズ「オットー大帝」第2弾 

2. Grand Prix
Martin Walker マーティン・ウォーカー
「警察署長ブルーノ」シリーズ新作。ブルーノがクラシックカー・ラリーに取り組む   

3. Selfies
Jussi Adler-Olsen ユッシ・エーズラ・オールスン
カール・マーク警部補が活躍する「特捜部Q」シリーズ第7作

4. Die Geschichte der Bienen
Maja Lunde マヤ・ルンデ
おいしいハチミツをくれるだけでないミツバチの歴史

5. Das Labyrinth der Lichter
Carlos Ruiz Zafón カルロス・ルイス・サフォン
「忘れられた本の墓場」シリーズ最終巻。フランコ政権下のバルセロナ

6. Meine geniale Freundin
Elena Ferrante エレナ・フェランテ
2人の少女の友情の絆・ナポリ4部作の第1巻

7. Das Juwel. Der Schwarze Schlüssel
Amy Ewing エーミー・ユーイング
宮廷を舞台にした少女小説「宝石」第3巻。黒色の鍵

8. Elefant
Martin Suter マルティン・ズーター
遺伝子工学から生まれた小さな象を巡る強欲と憧れの物語

9. Sie kam aus Mariupol
Natascha Wodin ナターシャ・ヴォディン
ウクライナからドイツに連行された亡き母の「過去」を回復

10. Schlafen werden wir später
Zsuzsa Bánk ツージャ・バンク
2人の女性、家庭をもつ作家と独身の教師の間の書簡小説