「里親を始めた初期のころは、なぜか、こどもがかわいいと思えないときが続いて、苦しかったです」
神奈川県厚木市で養育里親をしている早川麻耶さん(35)、加藤靖教さん(41)夫妻は、こう振り返ります。共働きをしながら、郊外のマイホームで長男(6)、長女(4)、里子(2)の5人で暮らしています。里親になることは早川さんの強い希望で、実子とはきょうだいのように育てていました。1年が経ったころ、「うちでは無理です」と児童相談所の里親担当職員に伝えました。早川さん、加藤さん夫婦がどうやって乗り越えることができたのか。この葛藤は、初めて里親をする人たちにとって共通した悩みなのかもしれません。
家事と育児は夫婦で半々ぐらい
児童精神科の看護師であるとともに大学院生でもある早川さん。こども3人の保育園への送迎は、市内で会社を経営する加藤さんが主に担当しています。加藤さん自身、こどものころから家の手伝いをしてきたこともあり、家事も育児も自然にこなしています。
「家事の分担はしていません。好きな家事をそれぞれがやっている感じですね。こどもに関わるのは私の方がちょっと多いかもしれませんが、家事と育児は半々ぐらいでやっています」(加藤さん)
「私の父は、『昭和時代の父』という感じで、家事や育児は何もやりませんでした。その分、こどものころから家事を手伝わされていました。当時は理不尽に感じていましたが、いまは家事をするのは当たり前という感覚です」(加藤さん)
「里親でもワンオペ育児の話をよく聞きますが、ワンオペ育児は里親でも里親でなくても子育てに共通した問題ですよね」(早川さん)
「座っていることができないんです」(加藤さん)
早川さんはこどもや子育てについてこんなイメージを持っていました。
自分はこどもが大好きというタイプではない。キャリアを考えると、いま子育てに時間を取られたくない。でも、夫は6歳上なので出産が遅くなると、だんだん子育てが大変になるかもしれない――。
夫婦で話し合って長男を出産すると、早川さんの育児に対するイメージは大きく変わりました。出産2週間前まで仕事をし、保育園にこどもを預けて2カ月で復職。保育園への送迎の協力もありました。
「あくまでも私の場合ですが、キャリアにロスはなかったし、子育てって言われているほど大変なことじゃないんだ、と気づきました」(早川さん)
里親登録しやすい研修であってほしい
早川さんは児童精神科の看護師。仕事として児童養護施設に行くことがあったり、病院を受診するこどもたちにふれたりする機会が多く、「この子たちが家庭で暮らせたらいいのに……」と考えるようになってきました。学生時代から、海外では多様な家族のかたちがあることは知っていました。長男を出産後、「私でも1人ぐらいなら養育できる」と思い、夫婦で話し合って児童相談所に「里親になりたい」と問い合わせました。
里親登録のためには、児童相談所の面接を経て、必要な講座の受講、乳児院での実習を行い、夫婦ともに修了する必要があります。講座や実習の開催頻度が多くないため、順調に参加できても時間がかかります。職員から「(実子が)3歳ぐらいになったら」という説明もあり、第2子が2歳になったとき、登録のための研修の受講を始めました。
里親制度には、里親登録のための研修、里親登録した後に実際にこどもを受託するための準備も必要です。都道府県や児童相談所によって違いがありますが、必ずしも登録しやすい環境が整っているわけではありません。
「里親登録するための研修には託児がないので、そういう点も改善していくと、もっと受講しやすくなると思います」(早川さん)
「夫婦で修了しなくてはいけないので、自営業でない人でも参加しやすい研修スケジュールだといいですよね」(加藤さん)
このほかにも、登録後にあったおむつ交換や沐浴(もくよく)、授乳、寝かしつけの実習などは、すでに実子の子育てを経験している受講者は簡略化できるのではないかと提案します。
「嫌いというのではなく、かわいいと思えなくて苦しかった」
早川さんの周囲には職業上、児童精神科の医師や臨床心理士、ソーシャルワーカーがおり、もし里子に発達障害などがあっても親子を支援する療育制度があることを知っていました。「どんなことが起きたら、誰に相談すればいいのかはわかっていました」(早川さん)
そんな早川さん、加藤さん夫妻ですが、里子を迎え入れてから「かわいいと思えなくて、苦しい」と感じてしまうことがあり、1年後に児童相談所の里親担当職員に「うちではもう無理です」と吐露するまでになってしまったのは、なぜなのでしょうか。
「私は、どの子でもかわいいと思えると考えていました。何でだろう、と夫婦で考えましたね」(早川さん)
そんな2人を救ったのは、児童相談所の里親担当職員の言葉でした。
「『かわいいと思えないときがあってもいいんです。ご飯をたべさせている、保育園に通わせている……。十分がんばっているじゃないですか』といった言葉に救われました」(加藤さん)
「嫌いというのではなく、(やりたいと強く思って里親になったのに、なぜか里子が)かわいいと思えなくて苦しかったです。こういう感情に苦しんでいる私たちに児童相談所の里親担当職員の方が『それでもいいよ』と言ってくれ、すぐ里親家族支援部門の人が集まったカンファレンスや里親サロンを開いてくれました」(早川さん)
「自分たちだけではないんだ」と知って楽になった
里親サロンは、同じように里親をしている家族が集まり、お互いの経験を語り合う中で学んだり、支え合ったりする自助グループです。夫婦のためのサロンや、里父のためのサロンを何度も重ねていくうちに、ベテランの里親でも同じような気持ちになることがあると聞き、「自分たちだけではないんだ」と思えるようになりました。
早川さん、加藤さん夫婦は、実子と里子の3人には幼いなりにわかるように関係性を説明し、実親の写真も見せています。また、里子を生後5日目から育ててくれた乳児院には、1年に1冊、成長を記録したフォトアルバムを渡し、交流を続けています。
SNSですぐつながれる安心感
子育てでも孤立が大きな課題になっています。里親になった人たちは、社会的養護を理解したうえで自らの意思で家庭養育の輪に加わっています。そのため、時間のすき間なく愛情を注いでいなくてはいけないと考えてしまったり、実子でもかわいいと思えないことがあることがわかっていても里子に対してかわいいと思えず悩んでしまったりする人がいます。また、世間では「里親は聖人君子のような人がやっている」と思われていることが多いことが、無意識のうちに愛情をそそぎ続けなくてはいけないと思い込み、プレッシャーになっているのかもしれません。
「いま思えば、実子でもかわいくないと感じるときはありますよね。里親サロンにいくと、同じような悩みを持っている里親が多くいて驚きました。その場で『LINE交換しよう』と言われ、児童相談所の里親担当職員も加わって、いつでも相談できたり、愚痴を言えたり、日々の出来事を報告できたりするようになりました。すぐつながれることは安心感につながっています。日常生活は3きょうだいのように育ててきたので、時間をかけてなれてきた感じです」(早川さん)
「里親同士のつながりがこんなにあるとは思ってもいませんでした」(加藤さん)
2~3カ月に1回ぐらいの頻度で里親サロンや里親会での行事で会う以外に、自宅に同世代の里親家族を招いてバーベキューをするほどまでのつき合いになっています。
里親体験をもっと語りやすくすることが登録拡大への第一歩
早川さんは30代、加藤さんは40代ですが、このような比較的若い世代で里親をすることの良さもあります。たとえば、実子と年齢が近い里子の養育なら、おもちゃなどを共有することができるほか、週末の外出でも家族で行動しやすい面があります。また、保育園が同じで、実子のママ友が里子のママ友になっていることもあります。そのため、里親と里子の関係であることもオープンにしています。共働き時代なので、実子と里子の育児を一定期間にまとめて取り組めるというメリットがあると考えています。
「里親制度は、まだまだ知られていないと思います。私にできることは限られますが、保育園のママ友も自宅に呼んで、きょうだいげんかをしたり、いけないことをしたら私が怒ったりしている日常を見てもらうようにしています。(家庭で実子以外のこどもを育てることが)特別なことではないと思ってもらいたいためです」(早川さん)
「里親になろうかなと考える人たちは、やっぱり里親体験について知りたいんです。里親がもっとオープンに語れるようになった方が、理解が進むと思います。我が家も里親手当がでることさえ知りませんでしたからね。『子育てにはお金がかかる』というのが常識の時代なので、気持ちがあっても一歩前に進めない家族は多いと思います」(早川さん)
気持ちがついていくかは個人差がある
神奈川県厚木児童相談所の里親担当児童福祉司で、早川さん、加藤さん夫婦を担当する川本由美子さんは、里親をやろうとする人の理由は、こどもに恵まれずいずれ養子縁組をしたい人、実子と一緒に育てたい人、社会貢献したい人など多様だと言います。川本さんは「あれ、こどもがかわいいと思えない」と感じても、「それは当たり前のことです」と説明します。
「こどもの委託までのマッチング期間は3カ月から半年です。乳児院に通っているけど、気持ちがついていくかは個人差があります」(川本さん)
早川さん、加藤さんの相談と同時期に、同じような相談が複数の里親からあったため、すぐそのような悩みを持つ里親に声をかけ、里母、里父と別々に4~5人と川本さん、里親支援専門相談員などによるサロンを開きました。思いを語り合う機会をつくり、「自分だけじゃないんだ」ということ、「誰にでもそういうことがあるんだ」ということを知ってもらうためです。
「『無理にかわいいと思わなくていいよ。普通に生活しているし、不適切な養育をしているわけでもなく、すくすく育っているのでそれだけでいいよ』と声をかけました。里親の中でも自分の気持ちに注目される方々は、どんどん考え込んでしまうことがあるためです」(川本さん)
神奈川県では、児童相談所と里親相談員、里親支援専門相談員が連携し、初めて委託を受けた里親や一時保護のこどもを迎え入れた家族には、細かなフォローアップをする体制を敷いています。また、児童相談所は、「課題」が起きたとき、リスクアセスメントもしています。里親やこどもと十分話し合ったうえで、こどもの養育の委託を解除することもあります。
川本さんは里親希望者で注目しているポイントがあります。
「里親を始めた後に孤立しないため、どれだけ自分を開けるか、という点がとても大切です。ご近所づき合い、親戚づき合いなどで里親であることを周囲に話すことができるか。もう一つは相談する人がいるか。三つ目は夫婦関係で、ワンオペ育児で孤立することはないかです」(川本さん)
厚木児童相談所などでは最近、比較的年齢が低い実子が複数いる家庭から「里親になりたい」という相談が増えているそうです。
「里親をされている人たちが、日常生活のつき合いの中で、里親をしていることを特別なことでなく話をされていることも、里親の輪が広がってきていることにつながっていると思います」(川本さん)
はやかわ・まや/1986年、宮城県仙台市生まれ。非常勤で複数の医療機関に勤務する看護師。2019年から里親をしている。
かとう・やすのり/1980年、神奈川県厚木市生まれ。不動産会社を経営。
かわもと・ゆみこ/東京都生まれ。乳児院、幼稚園などを経て、2005年に神奈川県の里親対応専門員、2018年から神奈川県厚木児童相談所の里親担当児童福祉司。現在、里親41家族のほか、里子や一時保護のこども約70人を担当している。