里親や養親になることを検討する人にとって、勤め先が里親制度や養子縁組制度についての理解をしてくれるかは気になるところです。養育里親の場合や、養子縁組しても育休の対象年齢でない場合の育児のための休暇制度はどうなっているか。「血縁関係のある家族」と同等のサポートは得られるのか。共働きでいられるのか……。こうした懸念を解消するために、雇用環境をいち早く整えた組織があります。実際に養親となったスタッフと、人事労務担当の2人に話を聞きました。育児・介護休業法について、専門の社会保険労務士の方による、2017年の育児・介護休業法改正を踏まえた解説とともに紹介します。
突然の連絡! 準備に追われて
共働きが夫婦全世帯の約7割を占める現在※1、里親・養親の共働き家庭も増加の一途をたどっています。そんな中、法律で定められた育児休業とは別に、独自の「育児特別休暇」制度を就業規則で定めているのが認定NPO法人フローレンスです。特別養子縁組の監護期間(試験養育期間)中や里親を検討しているスタッフのために整備したといいます。※2
フローレンスは幅広い保育事業や子育て支援などを通じて、親子をめぐる社会課題の解決に取り組んでいます。石原さんはここで働いていて、特別養子縁組で生後5日の赤ちゃんを迎えた際、この制度を利用したそうです。
※1総務省統計局「労働力調査」(2024年)より。
※2フローレンスが就業規則を改定した2015年・16年当時は、特別養子縁組の監護期間や養子縁組里親などは育児休業の対象ではなかった(詳細後述)。
石原さんは「当時は不妊治療を続けていたのですが、こどもを授かることができず、40歳に近づいたころに特別養子縁組を検討し始めました」と振り返ります。「もともと幼児教育を学んでいたこともあり、そうやってこどもを迎えるのも選択肢のひとつと思っていました。それを夫に伝え、夫婦で検討を始めたのが2015年ごろでした」
このことを互いの両親や職場の上司に伝え、養親になるための研修などを経て、実際にこどもを迎えたのが2016年6月のこと。養親候補者としての待機登録を終えた数日後に、出産の連絡が突然入ったため、こどもを迎えるまでの5日間はひたすら準備に追われたそうです。
「職場の人たちもいろいろな赤ちゃんグッズを持ってきてくれました。特別養子縁組を検討しているという話をしたときも、上司を含めてみんなから『楽しみだね』と喜んでもらえてうれしかった。本当に、多くの方に助けられたと思っています」
少数派だった共働きの養親
当初は業務の引き継ぎがあったので、「半休暇状態」だったという石原さん。それから2カ月弱を過ぎたころ、「育児特別休暇」を取得し、こどもが1歳になる年の春に職場復帰したそうです。育児・介護休業法の改正により、育児休業の対象となるこどもの範囲が拡大されたのは2017年のこと。石原さんは、これに先駆ける形でフローレンスの「育児特別休暇」を取得したのです。

一方で、「私が養親になった頃は、こどもを迎えるために仕事を辞めた方もいました」と石原さん。「私と同世代で、共働きの方は少数派でした。仕事を辞めた方に聞くと、やはり周囲の理解を得るのが難しかったようです」
共働きを続けるために、周囲の理解に加えてもう一つ大事なのは、復帰後の働きやすさです。「私がスムーズに復帰できたのは、『業務のノウハウを個人ではなくチームに蓄積する』というフローレンス創業時代からの文化があったからこそ」だと、石原さんは指摘します。
「一人で抱えずに仕事を進めてきたことは、休暇を取得するときも復職のときもすごく役立ちました。また、引き継ぎ期間中はフローレンスの『抱っこヘルプ』という仕組みもありがたかったですね。フローレンスが運営する保育園で保育者の手が足りないとき、事務局のスタッフが園に行って赤ちゃんをひたすら抱っこするなどしてサポートする仕組みです。これを私の自宅にも適用するよう、会社が考えてくれたんです。打ち合わせなどリモート会議の時に、こどもが泣いても席を外すことがなく、とても助かりました」
企業の風土に就業規則の整備も伴って、働き続けることと子育てしやすさを両立させているフローレンス。これは里親や特別養子縁組に限らず多様な家族に寄り添う企業の、モデルケースの一つといえそうです。
“知る”ことが大きな推進力に
「理解が進む不妊治療に比べて、里親制度や特別養子縁組制度についてはまだまだ理解が足りていないように感じますただ、企業によっては寄り添うために前進しようとしているところもあります」
石原さんによると以前、ある企業から、特別養子縁組制度についての研修依頼があったそうです。目的は、「多様な家族のあり方を従業員に知ってほしい」「知らずに不用意な言動で相手を傷付けてしまうことを避けたい」とのことでした。その研修を受けて共感した人が後日、転職先で人事・総務担当者向けの「特別養子縁組対応支援ハンドブック」を作成してくれました。
「役に立てたんだ、とうれしかったですね。まずは“知る”ことが大きな推進力になります。企業として知ってもらうところから進めてほしいですね」
そして、里親や特別養子縁組を検討しながらも仕事との両立に不安を持つ人に向け、石原さんは訴えます。
「こどもを迎える前は、周囲に伝えたときにどんな反応が返ってくるか、私も不安でした。当事者の方が身近にいませんでしたから。でも、実際にこどもが来ることを伝えると、『おめでとう』『良かったね』とポジティブな言葉をたくさんいただいたんですね。縁組でこどもを迎えることがこんなにも喜んでもらえることだというのは、こどもを迎えてみるまでわかりませんでした。」
「現在は、里親や特別養子縁組という家族の形があることへの理解も少しずつ広がっています。いろいろな不安はあるでしょうが、喜んでもらえることも多い。まずは家族でたくさん話をして、自分たちにとって一番良い家族の形を考えながら進むとよいのではないでしょうか」

「多様な家族」を当たり前にしたい
石原さんのように里親制度や特別養子縁組制度でこどもを迎えた従業員が「育児特別休暇」を取得できるよう、フローレンスは2015年と2016年の二度にわたって就業規則を改定しました。2歳までのこどもで養育している実態があれば、里親・特別養子縁組に関わらず、「育児特別休暇」を取得できるという内容です。フローレンスの代表理事であり、人事労務を担当する赤坂緑さんによると、この改定は育児・介護休業法の改正前だったため、手探りで進めていったのが実情だったそうです。
「すでに法改正の動きが出ていたので、それも見据えてまずは対象を広げるところから始めました。当時、特別養子縁組の監護期間中や養子縁組里親は育児休業が法律で認められていなかったので、それをカバーするために先んじて取得できるようにしたのが大きなポイントです。そのうえで、利用者「第1号」である石原さんが取得する際に、細かな箇所を修正しながら一緒に進めていったという経緯があります。実際に利用する人が出ないと、実態に合わせた制度設計が難しいので」
現在、フローレンスで特別養子縁組にかかる育児特別休暇を取得した従業員は2名。最初に石原さんと細かく修正したことで、2人目のときは「だいぶスムーズに休暇を取得できた」のだそうです。実は2015年以前にも、事実婚や同性婚の従業員が休暇を取得できるように就業規則を改定しているというフローレンス。改定の背景には、「多様な家族の形がもっと認められる社会にしたい」というポリシーがあります。
「法律に基づいた結婚に限らず、パートナーとの事実婚でも認めていきたいというのが私たちの願いです。こどものことも、その延長線上にあります。いろいろな家族の形を広めていきたいですし、それが当たり前の世の中にもしていきたい。だからこそまずは自分たちが変えていこう、というのが改定に至った経緯ですね」
フローレンスでは、育児特別休暇の取得に必要なのが、関係性を証明する書類です。特別養子縁組の場合は、実親から譲り受けた母子手帳や同居届、縁組申し立てに関する事件係属証明書などが含まれます。石原さんが取得する際は、必要書類をまだ明確に定めていませんでした。人事担当者と「どれを提出したらいい?」などと相談しながら決めていったそうです。

様々な人が活躍できる場を
「多様な家族のあり方について、職場では当たり前のように話題に上っているので、従業員たちもごく普通のことと捉えています。こどもを迎えるにはいたりませんでしたが、里親を検討した人もいました。私たちはそういう文化を広めていきたいから、実現する手段のひとつとして就業規則を改定しました」と赤坂さん。
ただ、「何を大事にしていきたいかというスタンスは企業それぞれであり、フローレンスのように、突然改正するのは難しいと思います。まずはそのスタンスを『どうしたら実現できるのか』『どこまでならできるのか』という具合に考えてみてはどうか」とも話します。
「もちろん、特別扱いする必要はありません。法制度が整った現在は、特別養子縁組の監護期間中や養子縁組里親でも育児休業を取得できる権利があります。ただ、実際に運用してみると困るところも出てくるので、それぞれの企業が自分たちに合わせながら考えていけると良いと思います。全従業員が納得できるような説明をしたり、理解を浸透させたりといったことも大切です」
そうやってさまざまな家族の形が広まれば、本当に生きやすい世の中になると、赤坂さんは考えています。
「こどもを育てる、介護が必要になる、障害がある、病気を抱えるといったことは誰にでも起こり得ます。そういうのが何もない、元気な人だけ選んで働いてもらうのは現実的ではありません。だから様々な人たちが活躍できる場をつくったほうが、絶対にいい。これほど人材不足の時代なわけですから。多様な働き方を用意して多彩な人材を起用するのは、企業にとってもメリットしかないのではないでしょうか」

石原綾乃(いしはら・あやの)/2014年に認定NPO法人フローレンスに入職し、障害児支援事業に携わる。2016年6月に特別養子縁組で民間あっせん事業者を通じて乳児を迎え入れ、育児特別休暇を取得(養子縁組成立は2017年3月)。2017年4月に職場復帰し、2022年からは妊産婦の方を対象に、孤立を防ぐための支援事業に従事している。
赤坂緑(あかさか・みどり)/認定NPO法人フローレンス代表理事、保育園事業・人事部門ディレクター、保育士・キャリアコンサルタント。消費財メーカーのダイレクトマーケティング、人材育成などの経験を経て、2014年にフローレンスへ入職。全社の人材・組織開発、主に保育事業を中心とした事業運営や政策提言全般に携わる。
【解説】社会保険労務士 島麻衣子さん

改正を重ねる育児・介護休業法と、企業がこれからできること
改正前の育児・介護休業法では、原則1歳未満のこどもを養育するための育児休業を取得するには、法律上の親子関係が必要でした。それが2017年の改正時に、法律上の親子関係に準ずる関係も含まれるよう、適用対象が三つ増えたのです。
① 特別養子縁組で監護期間中の子
② 養子に迎え入れることを前提とした養子縁組里親に委託されている子
③ その他これらに準ずるもの
②は名称に同じ里親が付いても、養育里親は対象外となります。③の場合、具体的には実親などの反対によりやむなく養育里親に委託されている子が該当します。
近年、育児・介護と仕事の両立支援の必要性が高まっており、育児・介護休業法は数年に1回のペースで改正されています。2017年の改正で、適用対象が広がりました。
とはいえ、従業員から里親や特別養子縁組に関する相談を受けたという企業は、まだあまりないように見受けられます。そのため、もし従業員から相談を受けたら、まず必要なのは企業側がしっかりとヒアリングすること。どういう助けが必要なのか、どんな休みが必要になるのか、在宅勤務にしたほうが良いのか、といったことを個別に聴くことが大切です。
その上で、育児特別休暇や家族休暇などの任意の休暇を適用できる制度を整えるのも一つの方法です。最近は多くの企業で従業員のワーク・ライフ・バランスを重視するようになってきているため、任意の休暇制度も増えてきています。失効した年次有給休暇を積み立てて自由に使えるようにするなど、独自の制度を設ける傾向もあるので、今後、里親・特別養子縁組が広がってくればこうした休暇制度の活用が期待されます。
現状ではまだ、多くの企業は里親制度や特別養子縁組制度にあまり目を向けていないのが実情ですが、こうした制度を支援する姿勢をアピールすることは、企業にとってもブランディングの一つとしてメリットになるものと考えます。
企業の社会的責任と貢献、SDGsといった観点からも、里親・特別養子縁組といったこどもの福祉のための制度はとても重要。そこにアプローチすることで、イメージ戦略の助けにもなるのではないでしょうか。制度自体がまだ浸透していない今の日本では難しいかもしれませんが、これらの制度についての取り組みを行う企業が増えていくことで、里親制度・特別養子縁組制度も少しずつ広がっていくのでは、と期待しています。
島麻衣子(しま・まいこ)/社会保険労務士法人ヒューマンテック経営研究所 法人社員(役員)、特定社会保険労務士、キャリアコンサルタント、産業カウンセラー。1996年に社会保険労務士資格を取得し、大手社労士法人に勤務。2012年に独立し、社会保険労務士 島 麻衣子事務所を開業。同事務所代表を務めた後、2018年にヒューマンテック経営研究所に入所。