こどもを育てるのに、相談できる相手がいることは大切なことです。特に里親の場合、里親特有の事情や悩みを理解できる人がすぐそばにいるとは限りません。そんなときに頼れるのが地域の先輩里親や、児童相談所を通じて知り合う里親仲間です。新米里親と先輩里親は、どうやって連携を取っているのでしょうか。里親になって6年目の森田陽一さん・恭子(やすこ)さんご夫妻と、先輩里親で里親会「南はなみずき会」を運営する石井敦さん・佐智子さんご夫妻に経験談をうかがいました。
長期にわたった交流期間、励まされ乗り越えた

――森田さんご夫妻は2019年に当時5歳の女の子「いちごちゃん」(仮名)を委託され家庭に迎え入れました。そのときのいきさつについて教えていただけますか。
陽一さん:私たちは2012年に結婚しました。2017年に里親登録を完了し、いちごと1年ほど交流したあと、2019年に正式に委託を受けました。
恭子さん:結婚してしばらくしてもこどもを授からなかったので不妊治療をしたのですが、2年ほどやっても結果が出なかったものですから「里親という選択肢もあるよね」と夫婦で話をしました。もともとこどもと血縁があることにこだわりはありませんでした。夫婦も、もともとは他人です。他人同士が家族になれるのだから、と。
陽一さん:ふたりとも、こども向けのボランティアをしていたほどで、「こどもが好き」という気持ちがまず先にありました。ただ里親についての知識がなかったので、まず児童相談所に電話をして、正しい知識を得ることにしました。

――児童相談所への相談や研修などを経て里親として登録をしてから、いちごちゃんを迎えるまでの交流期間が1年あったのですね。研修や登録、交流で感じたことを教えてください。
陽一さん:児童養護施設や乳児院に実際に行っての研修があったのですが、こどもを抱っこさせてもらったときに本当に可愛くて……。公園に一緒に遊びにいったときはとてもなつかれて、可愛くて楽しかったですね。
恭子さん:研修を受けて一番印象に残っているのが、「里親制度というのはこどものための制度であって、こどもが欲しい大人のための制度ではない」と言われたことです。「こどものための制度なんだ」と思ったとき、すっと納得ができ、里親になりたい気持ちが強くなりました。こどもを中心にして、こどもの立場を第一にして周りの大人たちが動いていく……自分たちもそうしたいと思えたんです。
陽一さん:登録後約1年間はこどもの紹介がありませんでした。いちごを紹介されたあとも、委託までに約1年かかりました。いちごは赤ちゃんではなく、物心がついている年頃だったので児童相談所も交流を慎重にしていたのだと思います。
恭子さん:交流期間が長かったので、ときどき不安になることはありました。「いちごはやっぱり施設で育ったほうが幸せなのかな」と悩むこともありました。

――不安な気持ちになったり悩んだりしたとき、相談できる人はいましたか。
恭子:研修の段階で里親会の「南はなみずき会」にお声がけいただき、入会していたので先輩里親からはいろいろなアドバイスをもらえました。
陽一:クリスマス会などでたくさんの里親子に会えて「生の姿」を見せてもらえました。なかなか紹介がないときは先輩里親から「今のうちにふたりだけの生活を楽しんでね」と言っていただけて気持ちが楽になりました。
恭子さん:こどもとの交流のことは人に詳しくは話せなかったのですが、いちごとの交流期間が長くなり不安だったときは、南はなみずき会のイベントに参加することでリフレッシュすることができました。「今のうちにふたりの生活を楽しんで」と言っていただけたことで気持ちを切り替えられましたし、会の皆さんはご自分の経験を私たちに話してくれることで支えてくれました。
心強かった仲間のサポートと、ハッとさせられた佐智子さんの言葉
――委託を受ける前後で先輩里親からの支えはありましたか。
恭子さん:石井さんご夫妻と初めてお会いしたのは、南はなみずき会のクリスマス会でした。佐智子さんがすごく親身になって新米里親や里親希望者に寄り添ってくださったんです。会には「仲間どうしのサポート」が根付いていて、先輩里親のおうちに呼んでいただいてお話を聞かせてもらったり、委託後は我が家に来てこどもをみてくれて息抜きさせてくださったりしました。
石井さんご夫妻は色々な年齢の子を育てるなど、とにかく経験が豊富なので色々なバリエーションのお話をしてくださるし、いちごに対してどう接すればいいのかなどの相談にも乗ってくれましたね。

――委託を受けていちごちゃんがご家庭にやってきてからはいかがでしたか。
恭子さん:施設と幼稚園しか知らなくて、家庭を知らない状態だったので、特定の大人、「お母さんとお父さん」と、それ以外の大人の区別が最初はついていないようでした。例えば南はなみずき会の旅行に行ったとき、ほかの里親のところに甘えて手をつなぎに行ってしまうこともありました。「何で私たちのところに来てくれないんだろう」と、悲しい気持ちにもなりました。
陽一さん:見知らぬ人のところから引き離すときに怒ってしまうこともありました。「危ないから注意される」と「怒られる」の区別がついていないようでした。たとえば道路で前から自転車が来たときに「危ないよ」と言うと、それだけで怒って他の見ず知らずの人のところについていってしまうこともありました。慌てて引き離すとまた怒ってしまって……。
恭子さん:そんなときに佐智子さんに言われてとても覚えているのが「いちごちゃんは、あなたたち夫婦に向かって怒っているんじゃないのよ」という言葉です。「『どうして私は施設にいなければならなかったのか』という悲しみや怒りをぶつけているのよ」と。その言葉を聞いて「ああ、いちごはこうやって怒れるようになったんだ」と思いました。佐智子さんの言葉を聞かなかったら、私たちに怒りをぶつけたり、私たちではなく他の大人に甘えたりするいちごを前に、むなしさを感じてしまっていたと思います。
佐智子さんは本当にいちごを可愛がってくれて。旅行の夜もずっといちごを抱っこしてくれて、寝かしつけてくれたんです。
陽一さん:今いちごは小学5年生で、森田家での年月のほうが長くなりました。僕とくだらない冗談を言い合う、歌と踊りが大好きな女の子になりました。「まとめ役」になるのが好きで、学校の委員会に立候補もする、積極的な子になりました。
恭子さん:夫とのやりとりは漫才みたいです(笑)。時間の積み重ねでゆっくりゆっくり「家族」になれてきたなと思います。

周りを頼って「助けて」と言っていい
――おふたりもいまや先輩里親のお立場です。新米里親や里親希望者へ、メッセージはありますか。
恭子さん:夫婦だけ、自分だけで育てると思わず、周りを頼ってほしいです。先輩里親でも、児童相談所でも、地域や学校の先生方でもいいです。できれば限界が来る手前で「助けて」と言ってほしいです。助けてと言っていいんです。
陽一さん:自分たちも助けてもらう経験をしたので、いくらでも頼ってほしいですし、ひとりひとりこどもは違うので対応は変わりますが、話を聞きますし、ぜひ頼ってほしいです。
30年の里親人生、多くの人に支えられた

――石井敦さん・佐智子さんご夫妻は南はなみずき会の会長と監事を務めていらっしゃいます。里親登録をしたのは1995年で、大ベテランの里親ですね。
敦さん:我が家の4兄弟は長男(29)と三男(22)が特別養子で、次男(27)が実子、四番目は6歳前に里親として委託されたこどもです。長男と三男は、最初は里親として委託を受けました。ファミリーホーム(※)も運営していまして、高校3年生から幼稚園年長の子まで、6人の子をお預かりしています。
佐智子さん:これまで一時保護も含めて27人のこどもを育ててきました。最初に長男の寿紀(としき)を迎え入れたときはやっぱり大変で。夫が仕事に出かけた瞬間に寿紀がワーッと泣き出すんです。抱っこしてあやしていると家事もできません。すると、受け入れて2、3日目にお向かいに住むおばあちゃんがプラスチックケースいっぱいにお孫さんのミニカーやブロックを入れて訪ねて来られました。きっと泣き声が家の外にも響いていたんでしょうね。おばあちゃんが「私が赤ちゃんをみているから、お母さんその間に家事しちゃいなさい」と言ってくださって、おかげで家のことをすることができました。本当にありがたかったです。
敦さん:先輩里親にも助けられました。里親登録をして間もないころのことです。私たちの住む地域で里親だけの交流会に声をかけていただきました。市役所の方もバックアップしてくれている会で、そこで大先輩の里親と話をすることができました。色々なお子さんと会えましたし、「まだこどもは委託されていないけれど、イベントに参加しなよ」と言ってもらって。先輩里親と里親会の旅行に行くこともありました。「同じ仲間がいるんだ」という安心感と、これからこどもを迎える期待感が高まったのを覚えています。

まずは里親が自分自身のすてきなところを思い出してほしい
――おふたりもかつては新米里親として、周囲に支えてもらっていたのですね。現在運営されている南はなみずき会について教えていただけますか。
敦さん:里親の交流のための里親会は全国にあると思うのですが、南はなみずき会は同じ児童相談所管内の里親や養親が集まる会です。委託中の里親だけでなく、未委託の里親、特別養子を迎えた方、ファミリーホームの養育者など、広い意味で「社会的な養育」に関わっている仲間が分け隔て無く交流して励まし合い支え合っていこうという集まりです。現在は73組、135名のメンバーがいらっしゃいます。
――新米里親の悩みや困りごとには、どんなものが多いのでしょうか。
佐智子さん:まずは皆さん、期待に胸をふくらませて里親になられるのですが、初めはなかなか委託が来ない方もいて、戸惑われることもあります。
また、迎え入れたこどもとは生まれたときから一緒にいるわけではなく中途養育になります。24時間一緒にいる、寝る時間起きる時間も自分たちではなくこどもに合わせるということに、最初は慣れない方もいます。
一生懸命作ったごはんを「いらない」と言われることもありますし、寝てくれないこともある。そんなとき、待望のお子さんなのに可愛くないと感じてしまう瞬間があり、そんな自分を責めてしまう方もいます。自分は冷たい人間なのではないか、と。

そういったご相談を受けたときは、「まずはご自分のすてきなところを思い出してほしい」とお話しします。そして、時間が過ぎたらお子さんのことを可愛く見えたというような例も挙げてお話しさせていただいています。
私たちも人間ですので、子育てで限界を感じることもあります。そんなときに仲間に会って話して、共感してもらうことが大切です。トンネルはいつまでも続く暗いトンネルじゃないよ、必ず出口がありますよと。
敦さん:里親仲間と会って吐き出すことも大事ですし、「こんなことでうれしかった」「こんなことをやってみたらうまくいった」など、楽しい話、良かった出来事を聞くことも良い刺激になります。

佐智子さん:私たち自身も、若い里親たちに学ぶことは多いです。若い里親から「愛着が形成されるまで待つこと」の大切さを教えてもらったこともありました。看護学校で教えていらっしゃる里親から緊急時の対応の仕方を教えてもらったこともありました。森田さんご夫妻も、陽一さんがクリスマス会でサンタ役をやってくれたり、恭子さんがプレゼントの絵本を選んでくれたりして関わってくれました。いちごちゃんもトナカイ役をやってくれたんですよ!
敦さん:陽一さんは鉄道のお仕事をしているので、鉄道関係のイベントにもこどもたちを誘ってくれました。様々な職業の里親がいるおかげで、こどもたちも豊かな経験をすることができています。
里親会は全国にあり、独自の活動をされていますし、行政も色々なかたちで里親をサポートしようとしています。こどもの受託前後の里親支援事業を、里親会が各都道府県市から受託して里親をサポートしている事例などもありますので、とても参考になります。お知りになりたい方は、まずはご自分が住んでいる地域の里親会に問い合わせてみてほしいです。連絡先がわからなかったら、まずは児童相談所に聞いてみてください。

――里親を検討されている人たちへのメッセージをお願いします。
佐智子さん:いざ里親になろうとしたとき、「育てられるかな」など色々な心配があると思います。一歩踏み出していただければ、同じ経験をしたたくさんの仲間がいます。もし、親戚やお子さんが里親を検討しているという方がいらっしゃいましたら、一緒に情報収集をしてあげて、応援団になってもらったらありがたいです。地域の人も、学校も、一緒に応援してほしいですね。
敦さん:長男や三男、他のこどもたちを見ていて、こどもは家族の一員として育つことに意味があるのかなと思っています。「自分はたまたまこういう境遇で生まれたけれど、一回しかない人生を自分らしく生きていこう」と夢を描けるように、家族の中で育ってほしい。
「日本の未来を担うこどもたちを社会全体で育てていこう」という思いで、里親を考えている人も、里親仲間も、一緒になって子育てをしていってほしいです。

森田陽一(もりた・よういち)/1978年、東京都出身。鉄道の運転手をしている。「いちごはパパが鉄道の運転手ということが自慢らしいです」
森田恭子(もりた・やすこ)/1972年山形県出身。専業主婦としていちごちゃんの育児に奮闘している。
ふたりは2012年に結婚。17年に里親登録を完了し、19年にいちごちゃんを委託された。

石井敦(いしい・あつし)/1958年生まれ、大阪市出身。首都圏の児童相談所管内の養親や里親による「南はなみずき会」の会長を務める。里親関連の一般社団法人理事長などを歴任。特別養子縁組のあり方や制度改正に関する研究会・検討会などでも積極的に意見を述べている。現在は会社を退職し、サザンヴィレッジでこどもの養育に携わっている。
石井佐智子(いしい・さちこ)/1959年生まれ、福島県出身。「南はなみずき会」では敦さんの前に会長を務めており、地域の民生委員やスポーツ少年団の役員として地域に溶け込んで活動している。独身のころから里親になりたいと考えており、プロポーズを受けた時、里親になることを条件に結婚をOKした。2022年4月、代表者としてファミリーホームのサザンヴィレッジを開設した。