増え続ける児童虐待や、事故などで親を失ったこどものニュースに、心を痛めることはありませんか。「どうにかして助けてあげたい」、「自分にできることはないだろうか」と考える人も少なくないのではないでしょうか。里親になることでこどもの生活を支え、未来を明るいものに変えることができるかもしれません。二葉乳児院副施設長で自身も養育里親としてこどもを育てる長田淳子さんは「自分を必要としてくれるこどもがいると思い、里親になった」といいます。

里親家庭が必要なこどもってどんな子たち?

二葉乳児院の一室
二葉乳児院の一室

――長田さんは乳児院にお勤めされながら、プライベートでは養育里親もされています。施設で暮らすこどもをたくさん見ていると思いますが、里親家庭を必要とするこどもはどんな子たちなのでしょうか。

里親家庭での養育が必要になる子というのは、まず、実親さんと一緒に暮らすのが難しいお子さんたちです。実親さんと暮らせない期間が短期であっても、長期であっても対象になります。

実親さんと暮らせない事情はさまざまです。経済的にこどもを育てるのが難しい場合、親御さんが病気で療養中のケース、予期せぬ妊娠・出産だったケースなど多岐に渡ります。こどもが虐待を受けていたケースも、とても多いです。

そのような子たちは里親家庭や施設で暮らすことになります。実親さんとの別れを経験しているわけですが、多くの場合、きちんと説明を受けて離別したわけではなく、訳もわからないまま連れてこられたと感じている、自分がなぜここにいるのかわからないと感じています。

幼心に「また同じことが起きるのではないか」、「自分の知らないうちにまた世界が変わってしまうのではないか」と感じ、不安な気持ちになったりそわそわしたりしている子が多いです。たとえ虐待を受けていたとしても「自分が悪い子だったから親はいなくなった」と、親ではなく自分を責め、自己肯定感が低くなりがちです。

「特定の大人」がいることの大切さ

――きょうは二葉乳児院でお話をうかがい、こどもたちの様子も見ることができました。こどもとの向き合い方も含め、職員がとても手厚く保育されていると感じましたが、なぜ施設だけではなく里親家庭で育つことがいいのでしょうか。

職員は24時間体制でこどもの世話をしていますが、一人の子に常に同じ職員がついているわけではありません。職員にも私生活がありますし、仕事はシフト制です。また異動や転職などもあり、何年もずっと施設でこどもの成長をみられるわけではないですよね。そもそも乳児院で暮らすのは限られた期間です。同室のお友達のなかにも、実親さんが面会に来る子もいれば、全く来ない子もいて、そこで「自分には来ないんだ」と感じている子もいます。

こどもにとっては、やはり「掛け値なく自分だけをみてくれる特定の大人」の存在はとても必要で、それは家庭だからこそ実現できることでもあるのです。こどもも職員によって対応を変えることもあります。もちろんみんなに可愛がられますが、「自分のためだけにいてくれる」人がいないことに物足りなさがあるのは事実です。

例えば夜寝るとき、乳児院の職員も添い寝で寝かしつけてくれますが、夜勤体制などの関係で一人の職員が夜を一緒に過ごすのは、週に1回ほどです。

私はいま小学2年生の男の子を里親として育てていますが、彼が我が家に来たばかりのころ、私が隣で一緒にぐっすり寝入ることに対してとても驚いていました。施設では職員はこどもが寝付くまで隣にいるけれど、本当に寝ませんよね。里親家庭だと特定の大人が毎日一緒にいてくれて、一緒に寝て、こどもとの関係を深めていく。施設ではなかなか得られない「当たり前の家庭」の経験が、里親家庭ではできます。

「当たり前の家庭」を経験することは、こどもが自立した後のためにも必要です。一人暮らしをする、家庭を持つということになったとき、自分が経験していないことをするというのはとても難しいです。家族のイメージ、夫婦のイメージがなければ、家庭で暮らすことがうまく出来にくいかもしれない。だから小さな単位の家族で暮らすことは、大人になった後のためでもあるのです。

自分を必要としてくれる子に、できることがあるならば

――社会的養護の子に向き合うお仕事をされながら養育里親になったのは、どのような思いからですか。「社会貢献」という意識があったのでしょうか。

社会貢献というよりも、「こどものためになるなら」という思いでした。里親候補の方たちとこどものマッチングはすべてがスムーズにいくわけではありません。年齢や実親さんとの関係など、色々な事情からマッチングが進まず、長く施設にいる子もいます。そういう子で、我が家とマッチする子がいるならば迎え入れたい、そんな気持ちからですね。

二人目の実子の育児が少し落ち着いたところでまずは短期からと、最初は一時保護や短期の養育などで何人かのこどもを受け入れて少しずつ経験を積み、夫も説得し、「今なら(長期養育も)できるんじゃないか」と自信を付けていきました。

「自分たちを必要としてくれる子がいて、できる自分たちがいるのなら、やってみようじゃないか」という思いでしたね。

院内にはさまざまなこどものおもちゃや生活道具が置かれていた
院内にはさまざまなこどものおもちゃや生活道具が置かれていた

――夫さんは最初ためらわれたと聞きましたが、共働きで実子2人もいるなかで大変だなという気持ちはなかったのでしょうか。

夫は長期で養育することの大変さや、実子との違いをその子が気にしないかなどを心配していたようです。私は里親をサポートしてくれるさまざまな制度を知っていたので、大丈夫だろうと思っていました。

保育園入園に関しては自治体の方がフォローしてくださったので非常にスムーズでした。児童相談所や、二葉乳児院でも実施していますが、里親家庭を支える「フォスタリング機関」の方たちは、保育園や小学校に里親制度について説明もしてくれました。役所での住民票の手続きなどにも、児童相談所の方が付いてきてくれましたし、負担なく手続きを進められたのはとてもよかったです。保育園での預け方などについては、実子と差を付けることなく同じようにしていただきました。

里親が体調を崩したり養育に疲れてしまったりしたときはほかの里親さんにこどもを預かってもらう「レスパイト」もできますし、そういう支えは本当にありがたいなと感じています。

家庭で育てて感じたこどもの変化と成長

乳児院の副施設長として感じるのは、里親さんたちがとても一生懸命でまじめだなということです。こどもを迎え入れるとなると、もちろん張り切りますよね。抱っこするために急に筋トレを始めたり、栄養満点のごはんを作ってあげようと頑張ったり。短期の受け入れでは遊園地につれていってあげようとしたり。

でも、家庭では普段通りでいいんです。お出かけも普段の公園でいいし、食事もいつも通りでいい。

ちょっと近所に出かけるだけでも、こどもにとっては特別なんです。交流のために定期的に自分に会いに来てくれる人がいることだけでも「自分のために誰かが会いに来てくれる」と新鮮に感じる子も多いです。でも、特別だからこそ不安に感じることもあります。「いなくなるんじゃないか」とか、「何が起きているんだろう」とか感じて、気持ちが揺れるのです。

我が家のこどもも、お出かけするときに「どこに行くのか」、「いつ帰ってくるのか」としきりに尋ねてくるなど、不安な様子は数年ありました。最近になって、自分で自宅を出てお友達のおうちに遊びに行けるようになりました。ここに自分の家があって、変わらずに待ってくれている人がいて戻ってこられるということをわかってくれたのだなと思います。

ほかの里親さんの家庭を見ていても、迎え入れられた子が実子たちとけんかをしたり、こどもらしく大声で泣いたりしている姿をみると、ああ、家族になったんだなと感慨深いですね。

こどもたちの世話をする二葉乳児院の職員たち
こどもたちの世話をする二葉乳児院の職員たち

――長田さんのご家庭のように長期養育ではないケースもありますし、実親さんのもとに帰る子もいますね。

実親さんがこどもを育てられる状況になって、そこにこどもが帰って安心安全な場所でいられるなら、家庭に戻ることはとてもいいことです。もし実親さんのもとや施設に戻ることになってうまくいかないことが起きた場合、たとえ短い間でも里親さんのもとで暮らした記憶は、その子のよりどころになると思います。自分のなかに家庭のイメージがあって、安心できる場所はどういう場所なのかという「安全モデル」があれば、いまの状況を客観的にみて、うまくいかないときも気持ちを整理することができるのではないでしょうか。

うちの子には、我が家は怒っても泣いてもいい、自分の気持ちを出せる安全安心な場所なんだよということを伝え続けていきたいと思っていますし、そうやって家庭で暮らせる子が増えていってほしいと思っています。


長田淳子(ちょうだ・じゅんこ)

ちょうだ・じゅんこ/1976年、京都府生まれ。児童相談所の虐待対応相談員を経て2005年から社会福祉法人二葉保育園の二葉乳児院に入職し、20年から現職。16年に養育里親として登録、実子も含む3人を育てている。臨床心理士・精神保健福祉士・公認心理師・保育士。