里親になることを考え始めた時、避けて通れないのがこどもを養育するためのお金に関する不安です。食費やこどもの日用品に係る費用、医療費、幼稚園や学校、塾の費用……具体的に里親になることを考えれば考えるほど、それに伴う支出を賄えるのかという不安が出るのは当然のこと。そこで、里親として活動している先輩2人に、委託児童にかかる「お金事情」を語ってもらいました。
生活や学校にかかる費用などのほか、里親手当も
「基本的な子育て費用は支給されるので大丈夫」
大前提として押さえておきたいのが「里親手当」などの財政支援についてです。里親がこどもを養育するために必要な経費を支援する措置費は、国と自治体が半分ずつ負担し、支給されます。里親には、「養育里親」「専門里親」「養子縁組里親」「親族里親」の4種類がありますが、例えば養育里親の場合、1人当たり月額9万円が里親手当として支給されます。さらに、委託児童にかかる食費など日常生活を送るうえでかかる費用が「一般生活費」として月額約5万円(乳児は約6万円)支給されます。
[里親手当(1人当たり月額)]
養育里親 90,000円 (2人目以降 90,000円)
専門里親 141,000円(2人目:141,000円)
[一般生活費(1人当たり月額)]
食費、被服費、日用品代やお小遣いなど、委託児童の生活にかかる費用として。
乳児 62,020円
乳児以外 53,710円
[その他]
幼稚園費、教育費、入進学支度金、就職支度費、大学進学等支度費、医療費、通院費、予防接種費など、さまざまな補助がある。
(2024年1月末時点)
「基本的な養育費用は措置費から賄われるので、不安なく生活できます」と話すのは、都内で里親をしている齋藤直巨(なおみ)さん。2023年12月現在、高校2年生の女の子を3歳の時に委託児童として迎え、2人の実子と3人姉妹のように育ててきました。
「社会的養護のこどもたちに向けての奨学金などがあることを知っていたので、何とかなるだろうと思っていました。毎日一緒にご飯を食べてお昼寝して、のんびり生活する仲間にだったらなれる」という思いで里親を始めた、と齋藤さんは振り返ります。
いざ里親になってみると、部活動や通学費、学習塾の費用など、生活・進学に不可欠な費用については、措置費として自治体から支給されました。コロナ禍においてもマスクや消毒液の費用など、細やかなサポートもあって「すごく助かった」といいます。
齋藤さん宅の委託児童は現在私立高校に通っていますが、学費負担もほぼゼロだといいます。
進学に向けて奨学金の情報を提供 「大学に行ける」安心感が意欲を高める
一方、成長に応じてかさんでくるのが、「衣・食・遊」の費用です。これは実子でも同様ですが、育ち盛りで食べる量が増え、靴や洋服は数カ月でサイズアップする必要が出てきます。サッカー部に入部したため、スパイクなどの買い替え費用のほか、試合後のミーティングで外食する場合などにもお金がかかったそうです。
また、家族旅行など、一般生活費を超えたレジャー費用については里親の負担です。齋藤さんは、委託児童も一緒に海外に数回旅行したことがあるそうですが、「お金はかかっても経験値を積むことができるチャンスはできるだけ作ってあげたい」と話します。このほか、塾の夏期・冬期の講習や滑り止めの受験費用など、里親の先輩が負担しているというのを聞いて不安を感じていました。
委託児童は大学進学を目指していますが、大学の費用に関しては「実子より手厚いかも」と話すほど、さまざまなサポートがあります。里親や児童養護施設等で生活しているこどもなどを対象とした給付型の奨学金のほか、貸与型のなかにも、例えば卒業後に仕事に就くなどの一定の条件を満たせば返済が免除される奨学金もあるため、齋藤さんは委託児童に、中学生の頃から奨学金などお金にまつわる情報を伝えてきました。さらに、児童相談所の職員にマネープランなどの説明をまとめた“自立支援のファイル”を作ってもらい、それを渡して将来に向けた細やかな情報提供を心がけていました。
「早い段階から情報を伝えることで、本人も時間をかけて進路を考え、納得のいく判断ができます。『奨学金などのサポートを利用すれば、自分はちゃんと大学まで行ける』という安心感があれば、学校生活や勉強のモチベーションも高まります」
里親は「こども時代を守る担当者」 里親同士で支え合う
ただ、里親手当をはじめとした措置費が充実しているとはいえ、さらなる充実を望む面もあるといいます。例えば受験した学校の受験料や入学金等は、支給はされますが、一時的に里親が立て替える必要があります。
また心に傷を抱え、学校に通えなくなったこどもたちがフリースクールに通う場合についても、齋藤さんは「ケースによっては支給されないこともあると、里親仲間から相談を受けました。より多くの里親さんがこどもの受け入れをしやすくなるよう、さらに体制を整えていってほしい」と話します。
齋藤さんは2016年、里親と養親の交流団体「グローハッピー」を設立しました。地元で養育里親による悲しい虐待死事件が起きてしまい、「これ以上同じような事件が起こってはならない」と強く思ったのがきっかけです。
「里親が誰にも相談できず孤立してしまうと、こどもも同様に孤立し、双方が追い詰められてしまいます。里親同士で子育ての知恵をシェアしたり、気軽に相談したりする場を作ることができれば、親子それぞれが仲間とのつながりを持てるようになると考えたのです」
そして、より多くの人に里親の仲間に加わってもらい、親元で暮らせないこどもたちの「こども時代を守る担当者」の役割を担ってほしい、とも願っています。
「子育てに困った時、一番頼りになったのは里親の先輩でした。不安を抱えた時も、経験豊富な里親の仲間がきっと支えになってくれるので、ぜひ一歩を踏み出してみてください」
困った時は「どんどん問い合わせる」
関西地方で暮らす伊藤さん(仮名)は、現在高校3年生の男の子と女の子の里親をしています。自身も養子当事者として育ち、こどものために何かしたいという思いから、実子もいながら16年ほど前に2人のこどもを迎え入れました。里親を始めた当初、里親手当は3万円程度だったそうで、「生活に余裕はありませんでした」と振り返ります。ただ、当時住んでいた東北地方では、近所の人が食べ物を分けてくれたりこどもたちと遊んでくれたりするなど地域のネットワークにも助けられ、生活に不自由は感じなかったそうです。
「今は奨学金や手当が格段に充実しましたが、それでも中学に進学して以降は、学費や交遊費をはじめとした家計の負担が増えました」
委託児童が2人とも、地元の公立中学ではなく私立中学への進学を希望したため、年間の学費が思ったよりもかかったり、友人との交遊費の水準もぐっと高くなったりし、やり繰りは大変だったそうですが、伊藤さんは「2人の将来を考えるとその甲斐は十分あった」と話します。
小さい頃から海洋生物が好きだった男の子は、中学を卒業すると他県の水産高校へ進学。「地域みらい留学(※)」の仕組みを使ったことで学費はほとんどかからず、食費や光熱費込みの寮費は月約5万円で済んでいます。
※地域みらい留学:都市部ではなく、北海道から沖縄までの地域の公立高校に留学する制度。寮やホームステイで生活しながら高校生活を送る。
また、女の子は高校3年生の夏に思いがけず脳の病気が見つかり手術をすることになったそうですが、自治体の医療費助成制度を超えた医療費に関しても支給があり、とても助かったといいます。元気になった今は、病気を経て将来への考えが変わり、自分が本当に好きなことができる大学への進学が決まったそうです。
その他、措置費による支援はさまざまあるので、わからないことは自治体や児童相談所の担当者に相談することが大切です。
「使える補助制度がないか、行政にどんどん問い合わせています。相談してみると、何かしらの補助に該当することもあったりするんです」
他の里親と情報交換することで知らなかった情報を得たり、里親の支援を担う「フォスタリング機関」に頼んで必要な情報を集めてもらったりすることもできるそうです。
こどもがさまざまな経験をできるようサポートしてあげてほしい
伊藤さんは、こどもたちが里親家庭で育つことの最大のメリットを、一人ひとりに合ったさまざまな経験を積ませてあげられることだと考えています。そのために、里親や奨学金の制度や仕組みを学び、ひとつずつの課題をクリアしてきました。
現在水産高校へ通っている男の子は野生のシャチに興味を持ち、海洋生物系の大学への進学を希望。高校3年生の夏休みには、著名な研究者のいるオーストラリアへ2週間の留学も果たしました。この時は、外務省の海外派遣プロジェクト「トビ立て!留学JAPAN」に選ばれたことで、費用の約2分の1を補助してもらえたそうです。
「研究者に会って将来の自分をイメージできるようになり、刺激を受けて帰ってきました。そして本人の希望通り、海洋系の大学へ進学が決まりました。これらの経験を、今後の人生の糧にしてほしいと願っています」
里親に関心を持つ方に向けて、「意欲があればぜひ踏み出してみてほしい」と伊藤さんはいいます。「お金は何とかなる、というのが正直なところです。里親としてこどもの将来について『こんな道やこういう道もあるよ』と一緒に考えて、選択肢を提示するのが大切だと思います。多様な経験を通じてこどもの自己肯定感が高まると、これまでの人生に対しても肯定的に捉えられるようになります。わたし自身も、里親になってこどもと一緒に色々な体験をしたことで、人生の深みや厚みが何倍にもなりました。里親になることに今迷っている人も、ぜひ里親になって、こどもたちに豊かな経験をさせてあげてほしいです」