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挫折を乗り越えて歩む科学者への道 若き研究者が沖縄で得た「信念」と「成長」

美ら島の国境なき科学者たち 更新日: 公開日:
自身で発案した交流会で司会を務める朝永さん(右)。OISTの理事会メンバーがパネリストとして出席した(提供:OIST)
自身で発案した交流会で司会を務める朝永さん(右)。OISTの理事会メンバーがパネリストとして出席した=2023年10月、OIST提供

科学研究は面白くてやりがいのある仕事です。博士課程に進んだ沖縄生まれ沖縄育ちの学生に、なぜこの道を選んだのかを、同じく博士課程で研究しながらサイエンスライターを目指す学生が聞きました。

挫折した物理学者への夢

科学的な発見は、数え切れないほど社会の進歩に役立っています。また、一般の人には理解できないような謎や不思議に包まれています。2024年4月15日(月)から4月21日(日)は文部科学省が定める科学技術週間でした。この科学週間に合わせ、私(筆者のラヘル・コリヤー ホア)が通う沖縄科学技術大学院大学(OIST)の後輩でもある朝永主竜珠(ともなが・すたしゅ)さんになぜ科学者を目指すのか聞きました。

OISTキャンパスでインタビューを受けるOIST博士課程学生の朝永主竜珠(ともなが すたしゅ)さん
OISTキャンパスでインタビューを受けるOIST博士課程学生の朝永主竜珠(ともなが・すたしゅ)さん=2024年1月、OIST提供

実を言うと、私が博士課程進学を決めたのは、科学的好奇心が修士号だけではまだ満足できなかったことと、日本という魅力的な国で経験を積めるというOISTの博士課程に魅力を感じたからなのですが、朝永さんの理由は少し違うようです。

沖縄で育った朝永さんは、OISTで博士課程学生として神経計算ユニットに在籍し研究を進めています。また、OISTの学生を代表する学生評議会のメンバーでもあります。「家族に科学者はいません。家族の中で大学院に進学したのは、姉と私が初めてでした」と朝永さんは振り返ります。

幼い頃、科学に興味を持った朝永さんを、両親は全力でサポートしてくれたと言います。「両親はよく本を買ってくれましたし、小学5年生のとき、OISTのオープンキャンパスに連れてきてくれました。それがOISTとの最初の出会いです」

特に物理に興味を持ち、テレビで見たノーベル賞受賞者に憧れていた朝永さんは、高校に入学する前から物理学者になることが夢でした。「ノーベル賞受賞者をはじめとする立派な科学者は、私にとってはテレビで見るだけの存在で、まさか彼らのような人たちと直接関わる日が来るとは思ってもいませんでした」

米国人の父親と沖縄出身の母親の間に生まれた朝永さんは、日英バイリンガルの環境で育ちました。沖縄カトリック中学高等学校に進学した朝永さんにその時の成績はどうだったかと聞くと、「数学も物理も得意ではあったのですが、英語がネイティブだったのにも助けられました」と言います。

その後、朝永さんは早稲田大学の電気・情報生命工学科 へ進学しましたが、実は他の大学の物理学科へ進学したかった朝永さんは、自分の希望が叶わなかったことに、挫折感を味わいます。

浪人して物理学科を再受験するか、分野を変えるか悩んだ末、朝永さんは後者を選び、生命・電気・情報工学の勉強を始めました。「当初はとても不満でした。それまでの10年間、物理学者になるんだとみんなに言っていたのに、突然それが終わってしまったのですから」

しかし、朝永さんは、気持ちを切り替え、大学で機械学習の分野に打ち込みました。学業は非常に楽しく、自分が取り組む問題への好奇心も強かった一方、「機械学習の研究は、私でなければできないことなのだろうか? 私はこれを人生の目的とするつもりなのだろうか?」という迷いが生じます。

コロナ禍で芽生えた新たな興味

大学3年生の時、朝永さんは、小学生の時に出会ったOISTでインターンをすることになりました。インターン中は、力学と材料科学ユニットで、「メビウス・カライドサイクル」という、何個つなげても無限に回せる不思議な鎖の構造物について、理論的なプロジェクトに取り組みました。

「大学ではやっていなかった物理学の研究をやってみたかったのですが、OISTのインターンシップで、それが可能になりました。OISTでは、経験豊富な研究者たちと緊密に研究する機会を得ました」と朝永さんは言います。

研究室で自分の研究を紹介する朝永さん(提供:OIST)
研究室で自分の研究を紹介する朝永さん=2023年4月、OIST提供

インターンをしていた時にパンデミックが発生。コロナ禍では、朝永さんはアイデンティティクライシスに見舞われました。「この時期はとても大変でした。人間関係において、自分が批判したり軽蔑していた行動や振る舞いを、自分自身が無意識に繰り返していたことに気がつきました。そこで心理学、行動療法、感情制御、行動遺伝学などの文献を読み始めました。最初は調べれば調べるほど怖くなったんです」と説明します。

心理学や神経科学に興味を持った朝永さんは、博士課程1年生時にいくつか異なる分野での研究を経験できるOISTに入学して研究を続けることにし、神経科学や認知科学、AIなどの研究室を渡り歩きました。

最終的に出会ったのが機械学習を用いて人々のメンタルヘルスを最適化する研究ができる、銅谷賢治教授の率いる研究室です。そして、新たに見つけた興味をキャリアの目標に変えることを決意しました。

憧れだけではない科学者への道

この視点の転換は、学業やキャリアにとどまらず、私生活にも影響を与えました。「より高次の目的を持つほど、小さな行動に対する不安は少なくなります」

朝永さんは、新しい視点がどのように科学者としての資質を高めたか例を挙げます。

「物理が好きで、関連する本もたくさん読みましたが、なぜ物理学者になりたいのか考えたことはありませんでした。深い理由がなく、ただかっこいいと思っていたからだと気づきました。物理学科には入れなかったことで、自分の存在意義を揺るがす危機を経験しました」と朝永さん。

さらに、「物理をやることが人生の目的になっていたのに、突然それがなくなってしまいました。しかし、特定の問題を解きたいという理由である本を読むのであれば、その本のすべての情報を覚えなくても問題ないですよね。本はいつでも読み返せますし、別の本を手に取ることもできます。より大きい課題を解決するための一つの手段にすぎないのです」と話します。

地元の高校生と交流する朝永さん(提供:OIST)
地元の高校生と交流する朝永さん(中央)=2024年2月、OIST提供

ウェアラブルデバイスをテーマに、新たな数理モデルを研究

憧れだけではなく、自分自身を向上させること、そしてその過程で身近な人々や、より広く、同様の経験をして精神的に悩む人々の助けになれるようなことをしたいという新たな信念を科学者としての原動力とした朝永さんは、そのことを博士論文のテーマに選びました。朝永さんは現在、ウェアラブルデバイスが生成する非常に変動しやすいデータに基づいて仮定を立てる新しい数理モデルの開発に取り組んでいます。

ウェアラブルデバイスは、例えばスマートウォッチや、センサーを内蔵した指輪などがあり、健康指標を長時間にわたりリアルタイムで追跡することができます。

心拍数を記録したり、睡眠を追跡したりするデバイスが最もよく知られていますが、この技術は急速に進化しており、将来的には装着者の精神的な健康状態など、もっと多くのことを追跡できるようになるかもしれません。

しかし、現在の数理モデルは、従来のデータ収集方法に基づいて開発されています。そのため、生成されたデータを解釈する新しいモデルを開発する必要があります。朝永さんは心拍数測定を例に説明します。

「往来の研究では測定時の様々なノイズを抑えるために、統制された実験室内で被験者が安静の状態で行われてきました 。しかし、実用的な理由から、この測定方法では15分から数時間が限度です。このように短時間で収集された非常に一貫性のあるデータは、人々の日常生活の生理的状態を正確に表すには理想的とは言えないのです」

人々が日常生活の中でウェアラブルデバイスを装着しデータを測定することができれば、研究室と実際の生活におけるデータの相違を埋めることができます。とはいえ、このような長時間の測定には新たな制約も発生します。

自身で愛用しているウェアラブルデバイスを見せる朝永さん(提供:OIST)
自身で愛用しているウェアラブルデバイスを見せる朝永さん=2024年1月、OIST提供

例えば、デバイスを装着し忘れたり、バッテリーが切れたりすると、データには欠陥や欠損が生じます。したがって、このデータを解釈するために使用される数理モデルは、従来のモデルとは別の要請を加えなければなりません。データの変動が大きくなることや、記録にギャップが生じる可能性に対応させることなどが挙げられます。

これらの課題を克服するより基礎的なモデルを構築できれば、そのモデルは未来の膨大なウェアラブルデバイスのデータに適用でき、将来的には、より良い健康管理を行い、苦しみを和らげることに貢献することが期待されます。

朝永さんの「自分と同じように苦しんでいる人の助けになりたい」という思いは、研究だけにとどまりません。OISTの学生評議会に何度か選出された朝永さんは、「人は、責任を持つと最も成長するんだ、という経験則からくる持論があります」と話します。

他大学と同様、OISTでは、学生が意思決定のプロセスに参加できるような仕組みがあります。全学生287人を代表するのは、選挙で選ばれた19人で構成される学生評議会です。「学生評議会の役割は、学生からの情報や要望をできるだけ透明性を持って、誠実に大学側に伝えることです」と朝永さんは説明します。

朝永さんは、学生評議会の委員長を務めましたが、その時、朝永さんが発案し、研究科や学長室などからの協力を得て、学生や研究者がOISTの管理運営に責任を持つOIST理事会のメンバーと直接交流し意見交換ができる場を設けました。

ノーベル賞受賞者やビジネス界のリーダー、大学経営者など、各界で活躍する約20人が名を連ねる理事会のメンバーと、直接対話する機会を得た朝永さんは、博士課程で、人生における情熱を見出しただけでなく、科学研究の世界で自分の居場所を見つけ、子どもの頃に憧れた人物たちとはまた違った、自己の正しい道を歩んでいると実感しています。 

朝永さんの発案した交流会は、参加した全員にとって非常に有意義なものになって評価が高く、今後も引き続き定期開催し、学生とOISTのリーダーとの交流を深める予定です。

執筆者ラヘル・コリヤー ホアさん(右)と朝永さん(提供:OIST)
執筆者ラヘル・コリヤー ホアさん(右)と朝永さん=2024年1月、OIST提供

執筆:ラヘル・コリヤー ホア(Rahel Collyer-Hoar)、OIST博士課程学生
編集:大久保知美、OIST広報部メディア連携セクションマネジャー