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『ローズの秘密の頁(ページ)』 女性は自由になれる

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
『ローズの秘密の頁』より © 2016 Secret Films Limited

濃淡はあれど、今も昔の洋の東西を問わず、自立し主張する「少数派」の女性は大変な目に遭いがちだと痛感させられる。3日公開のアイルランド映画『ローズの秘密の頁(ページ)』(原題: The Secret Scripture)(2016年)は、有数のカトリック国アイルランドでかつて起きた女性への悲劇を浮き彫りにする。意志を貫く大切さをも教えてくれる作品、これを今撮った意義をジム・シェリダン監督(68)に電話で聞いた。

北アイルランド国境にほど近い、アイルランド北西部の海沿いの街スライゴが主な舞台。聖マラキ病院の精神病棟で若い頃から何十年もの間、入院によって事実上閉じ込められてきた年老いたローズ(ヴァネッサ・レッドグレイヴ、81)は、自身の赤ん坊を殺した罪を負っていたが、本人は頑として否定していた。病院が取り壊されることになり、転院か退院かを決める再診察のため招かれた精神科医スティーヴン・グリーン(エリック・バナ、49)は、ローズが聖書に密かに日記をつづっていたことを知り、彼女の若き日に耳を傾け始める。

アイルランドの人気作家セバスチャン・バリー(62)が英文学賞コスタ賞を受賞した同名小説をもとに、シェリダン監督が共同脚本を書き、撮影した。シェリダン監督は、アカデミー賞2冠のアイルランド・英映画『マイ・レフト・フット』(1989年)でダニエル・デイ・ルイス(60)に初のアカデミー主演男優賞をもたらし、英映画『父の祈りを』(1993年)でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞したアイルランドの名匠だ。

ジム・シェリダン監督 © 2016 Secret Films Limited

回想を通して描かれるローズの悲劇的な状況を考えるにあたっては、アイルランドの厳しくも悲しい歴史を踏まえる必要があるだろう。若きローズ(ルーニー・マーラ、32)は英国領の北アイルランドで育ったプロテスタント。両親はすでに亡く、第2次大戦の勃発でドイツ軍の空爆が激しくなる中、中立国だったアイルランドにいるおばの元へ逃れたが、カトリック国のアイルランドで、プロテスタントのローズは少数派。街を歩けば奇異な目で見られた。街の若者マイケル・マクナルティ(26)と親しくなるが、それも彼が同じプロテスタントなればこそだろう。そのマイケルは英軍に従軍、カトリック系武装組織アイルランド共和軍(IRA)の地元グループをさらに敵に回してゆく。

シェリダン監督(68)は電話越しに語った。「ローズは国境に近い街で、多くの人たちの抑圧下にあった。プロテスタントの彼女はアイルランドではよそ者だ。彼女を守ろうという人など、いない状況だった」

ローズには意図せずして男性を惹きつける魅力があり、カトリック神父ゴーント(テオ・ジェームズ、33)や、地元のIRAリーダーの若者らが軒並み惹かれていく。宗教的な違いによる相克のみならず、保守的な小さな街では、独身女性が結果的にせよ性的魅力を振りまいているように映るのはご法度だ。そして男性たちは、ローズに袖にされた途端、手のひらを返したように彼女にひどい仕打ちをしていった。アプローチした側の男性が、相手が思い通りにいかない「自立タイプ」とみるや逆ギレし攻撃に回るという、今もどこでも起こっている現象でもある。

『ローズの秘密の頁』より © 2016 Secret Films Limited

ただ、シェリダン監督によると、「ゴーント神父は、ローズにひどいことをしているという自覚はない」。なるほど…… 。ゴーント神父がどんな「ひどいこと」をしたか、作品でご覧いただければ、いかに現代に通じるものがあるかおわかりいただけよう。

「ゴーント神父は原作ではとても年老いていたが、映画化にあたって彼を、支配欲の強い若い男性にした。ローズのような女性をもともと好まないステレオタイプの老年男性ではなく、苛立ちを抱え、本当は神父になるタイプではない、それでいて見た目のよい男性にした。ローズとの間に危険な感じを醸し出した方が興味深い展開になると思った。女性と交わらない前提の神父の世界は私にはまったく理解できないけれども」。シェリダン監督は語った。

厳格なカトリックの価値観を重んじた当時のアイルランドでは、未婚の母はその理由や状況にかかわらず、「罪深い女性を矯正する」という名目で囚人のように隔離・収容された。出産すると子どもを奪われ、孤児院に送られたり養子に出されたり、悪い場合は殺されたという。そうしたアイルランドの負の歴史は、アカデミー賞4部門ノミネートのジュディ・デンチ(83)主演作『あなたを抱きしめるまで』(2013年)でも描かれている。

『ローズの秘密の頁』より © 2016 Secret Films Limited

シェリダン監督は言う。「若い女性が赤ちゃんを奪われた物語にとても心惹かれた。こうした子どもたちがどのようにして母親たちから引き離されたか考えるのはとても大事なことだと思った。何十年も前の話だが、過去のこうした事実が今どんどん明らかになっている。だから私は、今起きているテーマとしてこの物語に惹かれた」

「女性の物語を撮るのは初めて」と言うシェリダン監督。「ある意味、女性が『勝つ』ものとしたかった。世の中にはあまりにも、女性が敗北感を感じる映画ばかりが目立つからね」と語る。確かにそうだ。例えば私の好きな米映画『テルマ&ルイーズ』(1991年)は、抑圧から次第に自立し強くなってゆく女性2人を描いてアカデミー脚本賞を受賞したが、抑圧から脱した行方は決して「勝った」と言えるものでもない。あれから約四半世紀、映画の中の女性はもっと自由で強くなったが、従属的な描かれ方はまだまだ世界中で目にする。「今作が示すように、女性たちは最終的には強くなり、過去から自由になれる。それを日本の人たちにも感じとってほしい」とシェリダン監督は話した。

地元ではどう受け止められたのだろう。「観客の反応はよかった。女性たちは多くが、すごくいいと言ってくれた。ところが批評家はあまりよく書かなかった。なぜかはわからないけれど、恐らく多くは男性の批評家で、共感できなかったのではないか」

『ローズの秘密の頁』より © 2016 Secret Films Limited

シェリダン監督はそう言って、「あなたは気に入った?」と尋ねてきた。ええ、私は最後に、泣きました。

アイルランドでは、離婚すら1995年まで違法だった。だが司祭による児童虐待などが明らかになってカトリック教会への批判が噴出する中、2015年には同性婚が、国民投票による結果としては世界で初めて合法となった。2017年6月には、同性愛者だと公言するレオ・バラッカー(39)が同国で初めて首相に。今も人工妊娠中絶は強姦被害の場合でも憲法修正条項によって禁じられているが、この廃止をめぐる国民投票が2018年5月に実施されることにもなった。「アイルランド社会は大きく変わったと思う。人々の考え方も進んできた」とシェリダン監督は話した。

シェリダン監督いわく、性的被害を告発する「#MeToo」運動は、アイルランドではさほど大きなうねりとなっていないという。それでも、「女性たちの声は以前より強くなり、彼女たちはさまざまな分野に進出している。この映画はそうした流れにも沿うと思っている」と語る。

ジム・シェリダン監督 © 2016 Secret Films Limited

米国を舞台にした映画を多く撮ってきたシェリダン監督だが、今作で久々に故国を舞台とした。「米国の映画はもう十分やった。なじみのあるアイルランド社会について撮ると、家に帰ってきた気持ちになる」。今後もアイルランドで撮り続けるといい、すでにダブリンを舞台に思春期を描いた作品と、IRAから逃れる人物の物語の脚本を書いたそうだ。

英国の欧州連合(EU)離脱をめぐり、アイルランドと英国の国境をめぐる議論が続いている。「影響が大きいのは英国だろうね。英国人にとっては大変な時代だ。こうした先行き不安はよくない。どうするか解決しないと、国境付近の地域には問題が大きくなる」。国境の街で人生を大きく翻弄されたローズの物語を撮った監督のインタビューは、こんな言葉で締めくくられた。