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中国SF小説「流浪地球」の劉慈欣氏、宮崎駿監督や「エヴァ」「銀河英雄伝説」から影響

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劉慈欣

対談した劉慈欣氏(中央)と古市雅子氏(左)、西村大輔GLOBE編集長
対談した劉慈欣氏(中央)と古市雅子氏(左)、西村大輔GLOBE編集長=劉氏と古市氏の写真は本人提供

西村大輔 代表作の一つ「流浪地球」は、地球そのものを太陽系から離脱させて別の恒星に向かう壮大なテーマです。この構想はどこから生まれたのでしょうか?

劉慈欣 私たちの宇宙船が広大な宇宙を飛ぶとすると、小さすぎるのではないかと思いました。当初の構想としては、宇宙旅行の最中にどこかの星に着いた際、そこの素材を使って宇宙船のサイズをどんどん大きくして、最後には地球くらいのサイズにできるのではないかと考えました。

それならば、いっそ地球そのものを宇宙船にしてしまったらいいと思ったのです。そうすれば人類自体は移動する必要がない。社会も安定するし、文化も継続できる。

その後何年もしてから、地球を宇宙船に仕立てるという考えは昔からあったことを知りました。昔のSF小説や科学者の論文などにもあったようで、探し当てることができる一番古いものとしては1930年代ぐらいにまで遡るようです。

銀河系の中には、どの恒星にも属さず、ただひたすら銀河系の中を漂流する星があるそうです。もしかしたら、その星の人たちは自分たちの星を宇宙船に仕立てて飛んでいるのかなと思っています。

「流浪地球」の映画の予告編=NetflixのYouTube公式チャンネルより

西村 「流浪地球」では、太陽系から離脱するかどうかをめぐり人類が真っ二つに分かれ、反乱が起きるなど人間社会の闇を映すような情景も描かれています。この作品を通じて読者にどんなメッセージを伝えたかったのですか。

 もし人類が本当にこんな災難に直面した場合、二つの可能性があると思います。生存するためにみんなで団結して努力する可能性と、更なる分裂を引き起こす可能性です。

人種の違い、国の違い、文化の違い、宗教の違いなどによって、災難に直面した時に更なる分裂が発生する可能性があります。私としては後者の可能性が高いと思っています。

ただ、災難に見舞われた際に人類が分裂したとしても、主流となる考え方に集約され、正しい方向に導いてくれると信じています。それも「流浪地球」の中で表したかった内容の一つでもあります。

私は理性的な楽観主義者だと思っています。私たちの未来は明るいものだと信じていますが、明るい未来に向かっていく過程で大きな代償を支払う可能性はあります。

古市雅子 壮大なスケールの物語の中で、一人ひとりの人間にものすごくリアリティがあり、それが小説を面白くさせているといった日本の読者の感想が多いのですが、登場人物の心の動きや行動は、普段の人間観察から作り上げているのですか?

 現実に私たちが直面する災難は、被害の場所も規模も限定的です。どこかで被害が発生しても、世界の他の場所でその人たちを助けることができる体制があるのが現実社会で起きている災難です。

でも、「流浪地球」の中で発生している災難は全く違います。もう本当に壊滅的、致命的な災難です。人間どころか細菌すらも生き残れないような災難です。

人類の歴史上、壊滅的な災難は2回ぐらいでしょうか。1回目が14世紀にヨーロッパでペストが大流行した時、2回目が20世紀の米ソ対立で、核戦争が勃発するかもしれない時期だと思います。

それでも災難の規模は小説と比べると小さい。救援できる人もいないような壊滅的な災いの中で、人類がどう反応するのかは推測するしかなく、憶測の域を出ないのです。

中国のSF小説作家・劉慈欣さん(左)にオンラインでインタビューする、北京大学の古市雅子准教授(右)と西村大輔GLOBE編集長
中国のSF小説作家・劉慈欣さん(左)にオンラインでインタビューする、北京大学の古市雅子准教授(右)と西村大輔GLOBE編集長=オンライン会議の画面から

古市 今回翻訳した短編「ミクロ紀元」などを読むと、小さいからといって弱いわけではないというメッセージを感じます。今の中国ではすごく新鮮に聞こえます。どんな心境で書いたのですか?

 「ミクロ紀元」と「流浪地球」は一つのシリーズで、災難が起きた時に人類がどう反応するかについていくつかの考え方を書いています。「ミクロ紀元」は、人の体積を細菌ぐらいの大きさにして生存能力を高め、危機を乗り越える考え方です。

生物にとって大きいか小さいかはあまり関係なくて、大きいから強くて、小さいから弱いということはありません。恐竜はあれだけ大きかったのに、地球環境の変化に耐えられずに絶滅しました。

地球上で生存能力が一番高いのはむしろ細菌といった小さい生物だと思います。ウイルスも生物と認識することができるのであれば、ウイルスはもっと強い生命力を持っているのではないかと思います。

単なるSF小説の想像に過ぎず、生物のサイズを大きく変化させると、人類の文明や文化、あるいは精神、社会構造といったものも全く違ったものになってしまい、そもそもそれは人類と言えるだろうかという話になってしまいます。人類とはまったく別の文明になっているかもしれません。

人間が壊滅的な災難に直面した際、生き残るために自らの生態的な特徴を変えてでも、人類でさえなくなった状態になってでも、生きて残る道を選ぶのか。その勇気があるのか。SFを通じて皆さんに考えていただきたい問題です。

劉慈欣さんのSF小説「流浪地球」と「老神介護」
劉慈欣さんのSF小説「流浪地球」と「老神介護」

西村 さて古市さん、一連の作品を翻訳してみて、翻訳者として感じた劉さんの文章の特徴や魅力は何ですか?

古市 中国語の元の文章は素っ気ないぐらいシンプルで、過剰な表現や装飾が何もない。本当に分かりやすいシンプルな文章なんです。

でも、それを読んでいくとはっきりとしたビジュアルが浮浮かび出てくるような、色が鮮明な映画のワンシーンのような映像が頭の中に浮かんでくるのが大きな特徴だと思います。

西村 中国のSF文学は世界的にもそれほど知られていませんでした。劉さんの成功があって一気に注目されますが、中国ではSFという分野はどんな位置づけだったのですか。

古市 一般的に知られているジャンルではありませんでした。SF作家が増えてきたのも1980年代以降だと思います。日本のようにSFファンがたくさんいて、マーケットがあるのではなく、本当に好きな人たちがインターネットの掲示板などで作品を発表するような形でした。

中国政府が宇宙開発政策を重要視していくとともにSF文学も注目され始めました。中国初のSF大作「流浪地球」の映画も中国で大ヒットしましたが、それ以前はほとんどSF映画は撮られていませんでした。

劉さんの登場で突然、中国SFが始まった印象を受ける人も多いと思います。もちろん、他にもすばらしい作家さんがいましたが。

西村 劉さんのSF小説は欧米の作品と比べて異なるところはどこですか?

 SF小説は海外から中国に入ってきた文学で、もともと中国の伝統文学にSFはないのです。私自身、欧米や日本のSFを見て育った人間で、そういったSFの影響を私自身が相当受けています。

「三体」は小松左京さんの「日本沈没」の影響をかなり受けました。特に大きな災害に遭った時の社会の描き方。ストーリーをどう構築していくかや災害に対する考え方なども影響を受けています。

それでも、小説の中にはかなり中国文化の要素は入ってくると思います。まず一つ目に中国のSFは、西側のSFや日本のSFとは関心のあるテーマが違うというところです。

特にアメリカのSFが関心を持っているのは、今の社会の問題です。ジェンダーや人種差別、技術によってもたらされる災難などです。

劉慈欣氏の「三体Ⅲ 死神永生」上
劉慈欣氏の「三体Ⅲ 死神永生」上(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ、泊功訳、早川書房)

中国のSFが関心を持つテーマは、人類の宇宙への発展といったことが多い。技術的に奇跡的なことが起こり、宇宙の発展に関わっていく、明るい未来を切り開いていくというテーマが、少なくとも私のSF小説のテーマでは多いですね。

もう一つ違うのが、欧米のSFはキリスト教の背景が色濃く出てきますが、中国のSFにはそういったバックグラウンドがないと言うところです。欧米のSFではとてもセンシティブで重要な問題が、中国のSFではそれほどでもないという風に描かれがちです。

例えば、人間の生命を作り出すといったことは欧米の人たちから見ると神の領域であるという考え方になります。もちろん中国でも重要なテーマではありますが、技術的な問題と捉えると思います。

西村 中国は非常に言論統制の強い国だと思います。SF小説といえども、自由にものを描けないということはありませんか?

 その点に関しては、中国だけではなく、ほかのどの国でも似たような状況が生じていると思います。SFのテーマでもかなりセンシティブなものがあって、アメリカでも人種差別ですとか、ジェンダーに関する問題をなんでも書いていいわけではないと思います。

ただ、中国でセンシティブと感じる部分と、欧米側が感じる部分の方向性というか、分野が違うだけではないかと思います。

中国でのSFに対する考え方は、超現実的な世界を描いていると多くの中国人は認識していて、政府もそういう認識です。

子どもたちに科学知識を普及させる、想像力を活発にさせるためのものという認識が、大多数の中国人や政府のSFに対するイメージですね。ですから、制約はあまり大きくはないと思います。

映画になった「流浪地球」では、北京が凍り付いた都市になっていたり、上海も氷に覆われて東方明珠タワーも少ししか見えないような、そんな描写があります。

災害が発生し、ランドマーク的な意味を持つ建物が破壊されるような描写は、以前なら絶対に許されなかったことですが、この映画では、審査する側もそうした制約を緩和している感じがしました。

劉慈欣氏=本人提供

古市 「流浪地球」では主人公が日本人女性と結婚します。高倉健と中野良子をほうふつとさせるようなイメージでした。小松左京の影響の話が出ましたが、日本のSFに限らず、日本の映画やドラマなどどんな作品を見てきたのですか。

 中国が改革開放政策をとって以降、文学や映画、テレビドラマなど日本の文化が大量に入ってきて、私の少年時代、青年時代にかなり大きな影響を受けました。

当時は海外からの映画やテレビドラマを導入するにあたって、二つ考慮された事がありました。一つは政治的な審査に通るかどうか。もう一つは価格でした。新作だと高くて買えないので、中国に入ってきたのは、興行成績が振るわなかった作品やかなり古い作品でした。

ヒットした作品はなく、同時代でありながら、アメリカ人や日本人が見ていたものと、私たちが見て影響を受けたものは違っていたと思います。

当時、中国でかなり影響があったのが、高倉健さんが主演した映画「君よ憤怒の川を渉れ」ですが、私の知る範囲では、日本ではあまりウケた作品ではなかったと思います。

でも、中国での人気はものすごくて、映画を見た人たちはみんな襟を立てて歩くようになったのです。逃亡犯役の高倉健さんがジャケットの襟を立てて歩く姿がとても印象的だったのです。

早い時期に触れたのは、星新一さんの短編小説ですね。SF映画だと「日本沈没」とか「復活の日」でしょうか。アニメでは「新世紀エヴァンゲリオン」や、田中芳樹さんの「銀河英雄伝説」も影響を受けました。

宮崎駿監督の作品は全部見ました。手塚治虫さんの作品も影響があります。日本の作品は東洋的な色彩、日本文化の色彩が強く出ていると感じます。

西村 今年は日中国交正常化の50周年の節目の年です。50年前だと劉さんは9歳だったと思いますが、当時、日本に関係するような思い出はありますか?

 中国は当時、ソ連ともアメリカとも敵対関係にあったころですが、私のあいまいな記憶では日本とは友好的な関係にあった気がします。民間の往来もかなりあり、両政府の関係も良かった記憶があります。ただ、日本の記憶が残っているのは改革開放以降ですね。

日中国交正常化交渉で、共同声明に調印する田中角栄首相と周恩来・中国首相
日中国交正常化交渉で、共同声明に調印する田中角栄首相(左)と周恩来・中国首相=1972年9月29日、北京・人民大会堂

西村 日本のアニメを多くの中国人が楽しんだり、最近では劉さんのSF作品を多くの日本人が楽しみに読んでいたり、日中間で文化交流は脈々と続いています。一方で、50年経っても両国の関係はぎくしゃくしたままです。何が足りないのでしょうか?

 複雑な要因があると思いますが、中日間の問題は今の大きな国際的な環境の中にあるのではないかと思います。足りないのは民間の文化交流や経済交流が足りないのではないかと思います。ただ客観的な要因もあって、コロナ危機になってから行き来ができません。

私はこの数年間に何度も日本に行く計画があったのですが、1回も行けていません。早くお互いの行き来が自由になればいいと思っています。東京しか行ったことがないので、京都とか北海道とかほかにも行きたいところがたくさんあります。お刺し身はとても魅力的です。

西村 ウクライナで戦争が起き、日々、多くの人が亡くなっています。エネルギーや食料が高騰するなど世界経済も揺さぶられています。コロナ危機も続き、気候変動への対策も待ったなしです。

「流浪地球」の世界ほどではないですが、現在の地球もかなり危機に満ちあふれています。SF作家の視点から、現在の混迷した世界情勢の根本的な問題は何だと感じていますか?

 むしろ私は、今の状況が正常なのではないかと思っています。これまでの30年間、比較的平和な時代だった方が異常だったのです。人類の歴史を俯瞰(ふかん)すると、ほとんどの時代は争いがあったり、経済的にも不安定だったりする時期がむしろ長かった。

SF的に見ていくと、人類の歴史では戦争も何もない、災害もない、感染症も発生していないような時期に降り立つ確率は低いと思います。

ウクライナとロシアの紛争が起きたり、新型コロナがはやったりといった状況の中で、私たちは努力して危機を克服したり、バランスを保って前に進んでいくことが大事なのではないかと思います。

今後、こうした危機に直面した際に、人類の全体の生産力を高めたり、科学技術力を高めたりするのと同時に、地球以外の空間に乗り出して行き、生存空間を見つけるのが根本的な解決方法なのではないかと思います。

ロシア軍による住民らへの虐殺が起きたとウクライナが主張するキーウ近郊のブチャ。両軍が激しく戦った通りには、黒ずんだ焼け跡が残っていた
ロシア軍による住民らへの虐殺が起きたとウクライナが主張するキーウ近郊のブチャ。両軍が激しく戦った通りには、黒ずんだ焼け跡が残っていた=4月8日、竹花徹朗撮影

太陽系にある水や鉱物資源などを全部合わせると、おそらく10万個ぐらい地球を養えるレベルの資源があると思います。新しく生存できる空間を開拓して行く必要があるのではないかとも思います。

西村 次の作品はこんな構想で書いてみたい、といった予定はありますか?

 途中まで書いて自信なくなったり、つまらないと思ってやめてしまったりしています。私自身がつまらないと思ったら、読者もつまらないと思うので。

でもずっと書く努力は続けています。テーマは、以前に書いた長編小説「三体」などとは違うものを書こうと努力しています。それが良い物になるかどうかは別にして、いずれは次の作品が出ると思います。 

SFでは今、難しい問題があります。何か新しいことを考えてそれを基本に書き進めていくようにしたいのですが、これだけインターネットが発達してしまうと何か新しい発想は、もう次の日には世界中に広まっています。新しいクリエーティブな発想でみんなを驚かせる状態を保つのがとても難しいのです。

私の作品は、新しい発想しか取りえがないので、今作品を作るのはなかなか難しい状況です。でも、努力は続けていますよ。

西村 SF小説以外の作品を書いてみようという考えはありますか?

 ずっとSF小説でいくつもりです。中国で一番良いSF作家になれる自信はないですが、最後のSF作家になれる自信はあります。

西村 「最後の作家」とはどういう意味ですか?

 中国でも世界的にもSFは衰退の一途をたどっています。SF作家が少なくなってきているので、私が最後まで書きつづけると、最後のSF作家になれるのではないかという意味です。

古市 日本の読者に伝えたいことはありますか?

 私のことを支持してくださる皆さんに感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。私の作品を読んで、好きでいてくれて本当にうれしく思っていますし、とても感動しています。

私の書いた小説を通じ、想像力を広げ、太陽を展望し、宇宙を展望し、未来を展望する視点を色々考えていただいて、みなさんが欲しいと思っているものを獲得して頂ければ幸いです。

SF小説というのはほかの文学と違い、国や民族や地域による違いがほとんどないので、SF分野だと人類は一体なんです。私たちがSF小説の中で直面する問題や課題、危機や災難は全人類共通のものです。

中国の読者も日本の読者も同じ人類というくくりになります。SFを通じてコミュニケーションの橋渡しができて、一緒に未来を切り開いていけたらいいと思います。

劉慈欣氏、「流浪地球」と日本を語る