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痛烈なロシア批判で注目 ケニア大使の国連演説には「もう一つのメッセージ」があった

研究室から見える世界
アフリカ・マリの首都バマコで起きた反フランスデモ
アフリカ・マリの首都バマコで起きた反フランスデモ=2022年2月4日、ロイター

(前編)では、ロシアによる軍事支援がアフリカ諸国の投票行動に一定の影響を与えた可能性を指摘したが、それだけでは説明がつかない問題が残った。ロシアとの間で軍事協定を結び、国軍の訓練や兵器の提供といった支援を受けているアフリカの国であっても、国連総会でロシア非難決議に賛成した国も少なからず存在した。「軍事」は国連におけるアフリカ諸国の投票行動を決定付ける一つの要素ではあるが、全てではないのである。

そこで、読者の皆さんに思い出して欲しいニュースがある。ロシアがウクライナ東部の2地域の「独立」を一方的に承認したことを受けて開催された2月21日の国連安全保障理事会緊急会合における、ケニアのキマニ国連大使の演説だ。キマニ大使は、かつて帝国主義によって分断されたアフリカの苦難の歴史を踏まえながらロシアの行動を「正当化できない」と非難した。

■ロシア非難演説、もう一つの側面

この演説はロシアを痛烈に批判したものとして国際的に高い評価を受け、日本のマスメディアやSNS空間でも話題になったが、「ロシア批判」は演説に込められたメッセージの半分でしかない点に注意が必要だ。演説全文をよく読めば、キマニ大使はロシアを明確に批判しつつ、今回のウクライナ危機でロシアを批判している欧米に対し、「植民地主義や独立後の経済的支配によってアフリカをさんざん虐げてきた西欧が、いまさら人権や非暴力の重要性を唱えることには偽善を感じざるを得ない」と言いたかったことが分かる。

2月から4月にかけて開かれた国連総会緊急特別会合におけるアフリカ諸国の投票行動について、もう一度みておきたい。

3月2日のロシア非難決議では反対1、棄権17に不参加8と、合計26のアフリカの国がロシア非難を回避した。アフリカ54カ国のほぼ半分がロシア非難を避けた。

3月24日の非難決議では、反対1、棄権20、不参加6と、合計27のアフリカの国がロシア非難を回避した。この時も、アフリカ54カ国の半分がロシア批判を避けた。

ところが、国連人権理事会におけるロシアの理事国資格停止を求めた4月7日の決議では、反対9、棄権24、不参加11と、実に44のアフリカの国がロシアの資格停止に賛成しなかったのである。これは、ロシアを非難する3月の2度の総会決議では賛成票を投じた国の中から、多数の国が反対・棄権・不参加に転じた結果であった。

ケニアもそうした国の一つであり、3月の2度の総会決議には賛成したものの、ロシアの理事国資格停止を求めた決議の採択では一転して棄権した。ケニアは普段は親欧米の外交路線を歩んでいる国だが、そんなケニアでも、欧米諸国が「人権」を争点にした途端に態度を変えたのである。

キマニ大使の演説を聞いて、筆者は毎日新聞のアフリカ特派員として南アフリカ共和国(南ア)に駐在していた当時、同国のタボ・ムベキ大統領(在1999~2008年)が公式の場で「人権や民主主義について欧州に説教などされたくない」という趣旨の発言をしたことを思い出した。

南アフリカのムベキ大統領
南アフリカのムベキ大統領(当時)=2008年7月、代表撮影

アフリカの国々の多くは、1960~70年代に植民地支配から脱した後も、英仏をはじめとする欧州の旧宗主国への経済的従属を強いられてきた。また、90年代初頭までアパルトヘイト(人種隔離)政策が続いた南アと、その南アの白人政権を支えた周辺の南部アフリカ諸国では、人々が欧州出身の白人支配層による人種差別に苦しんできた。南アのアパルトヘイトが終わり、初の全人種参加選挙が行われたのは94年のことだ。そして、東西冷戦の時代、そんなアフリカの植民地解放・反人種差別闘争を支援してきたのが、社会主義革命の世界的普及を目指していたソ連であった。

そうした歴史を経験してきたアフリカの人々は、西欧諸国が「人権」や「民主主義」の重要性を訴えることに対して、われわれ日本人が想像している以上に「偽善」を感じやすい。アフリカ諸国が今回のウクライナ危機で、ロシアを正面から批判しようとしない問題を考えるためには、この点を押さえることが大切である。

■反西欧感情を広げる情報戦

冷戦終結から30年以上が経過した現在、ロシアはかつてのようにアフリカに向けて社会主義革命の輸出などしてはいない。その代わりに現代のロシアは、2014年11月に設立された国外向け通信社スプートニクやSNSを駆使し、アフリカの人々の心の底に澱(おり)のように沈殿している反西欧感情を巧みに増幅し、しばしばフェイクニュースを流布させながら、「アフリカの人々の心情に理解を示す者」として自らを売り込んでいる。

欧州議会や欧州安全保障研究所(EUISS)が公表してきた数々の調査報告書は、ロシアがアフリカ各国で展開してきた、こうした「情報戦」の諸相について言及している。

例えば、18年末にコンゴ民主共和国で行われた大統領選では、「アフリック(Afric)」と称するロシアのグループがSNSを通じてフェイクニュースを流布し、特定の候補者が旧宗主国ベルギーやフランスの代理人であるかのような印象を有権者に与える世論操作を主導した。アフリックは、ドナルド・トランプ氏が当選した16年の米大統領選に介入したとして米国で起訴された「コンコード・マネジメント・アンド・コンサルティング」の関連グループであり、「コンコード」はロシアの民間軍事企業「ワグネル」の出資者、プリゴジン氏がつくった企業である。

SNSによって「反西欧」の世論が醸成されたコンゴ大統領選では、選挙管理委員会が最大野党の党首の当選を発表したものの、投票日に約4万人の選挙監視団を展開した同国のカトリック教会は、実際の勝者は別の候補だったと指摘。旧宗主国のベルギーやフランスも同様の認識を示し、選挙結果の不正操作の疑いが強まった。

ここで、すかさず登場したのが、ロシアのラブロフ外相だった。英紙フィナンシャル・タイムズの19年1月の取材に「問題はコンゴの人々によって解決されるべきだ」「フランス、米国、旧宗主国があれこれ押し付けないことが大切」などと欧米批判を展開した。

コンゴ社会には、苛烈(かれつ)な植民地支配を行ってきた旧宗主国ベルギーと、コンゴ経済に絶大な影響力を誇るフランスへの潜在的な反感が沈殿している。ロシアは、日頃は鳴りを潜めている人々の「反西欧」の感情をSNSによる発信でかき立て、ロシアがコンゴの人々の「理解者」であるとのメッセージを発し、親ロシア世論の形成を図ってきたのである。

アフリカ・マリの首都バマコで起きた反フランスデモ
アフリカ・マリで2021年5月に起きた軍部のクーデターを支持するデモ。ロシア国旗を掲げる人の姿もあった=ロイター

スプートニクやSNSを駆使したロシアによる世論形成は、マダガスカル、南ア、ジンバブエ、ザンビア、カメルーン、スーダン、コートジボワール、マリなど多くのアフリカの国で行われたと指摘されている。

ロシアのウクライナ侵攻が始まった2月24日、アフリカ連合(AU)はロシアに国際法順守を求める声明を発した。アフリカ各国の為政者とて、子供を含む多数の市民を無差別に殺害しているロシアの行為を国際法的、道義的に容認しているわけではない。

■反西欧感情を利用する為政者たち

しかし、アフリカ各国には、人々の反西欧感情をあおることで支持拡大を図ろうとする政治エリートが少なからず存在する。ウガンダでは、ムセベニ大統領の息子カイネルガバ将軍が「プーチンは完全に正しい」などとツイートしたと報じられている。我々の常識からすれば想定外の発言が社会的に許容され、場合によっては支持されるのは、それが人々の「反西欧」の感情と巧みに結びついているからである。

各国の政権にしてみれば、そうした状況下で欧米主導の国連決議に安易に賛成することは、リスクの高い選択である。AU議長国としてロシア非難声明発出を主導したセネガルですら、3月2日の国連総会でのロシア非難決議の採決では棄権した。仏紙ルモンドは、外交筋の情報として、①ロシアからのサイバー攻撃を危惧、②セネガル国内の野党勢力から「西側追従」と批判されることを警戒……という二つの理由を挙げている。こうした状況は、アフリカの多くの国に一定程度共通している。

アフリカの多くの国がロシア批判に積極的になれない理由の根源には、植民地支配の記憶に由来する人々の反西欧感情があり、それを巧みに利用してきたロシアの外交・情報戦略があり、ロシアによって増幅された国民の反西欧感情と政権批判が結びつくことを危惧する為政者たちの政治的計算があるのだ。

■「中国ファクター」の影響は?

最後に、国連におけるアフリカ諸国の投票行動に対して、アフリカ経済に圧倒的な影響力を持つ中国の存在が影響したかについて考察しておきたい。ロシアによるウクライナ侵攻に際して、中国はロシアを積極的に支持する姿勢は示していないものの、対ロ制裁に加わる気配はなく、3月の国連総会におけるロシア非難決議の採決では「棄権」している。親ロシアの姿勢を鮮明にしている中国が、経済分野で強い影響力を有するアフリカ諸国に何らかの圧力をかけた可能性はあるだろうか。

中国は「内政不干渉」を外交の基本方針に据えているため、人権や民主主義の尊重を前提に開発支援する西側諸国とは異なり、アフリカ諸国の政策に露骨に干渉するようなことはしない。この内政不干渉原則がアフリカ諸国の為政者に歓迎されたからこそ、中国はアフリカの経済分野における圧倒的なプレゼンスの確立に成功したともいえる。したがって、国連における投票行動に関して、中国がアフリカ諸国に露骨な圧力をかけた可能性は低いと思われる。

しかし、中国が、アフリカ諸国の政府に対して直接的に「注文」をつけることはないにしても、最近はアフリカを舞台にロシアと「共闘」する姿勢を見せている点には留意すべきである。混乱が続く西アフリカ・マリの情勢に関する中国の外交姿勢は、ロシアとの「共闘」の典型例である。

本連載の(前編)で、マリにおいてクーデターで実権を握った軍事政権が「反フランス」を掲げ、ロシアが民間軍事企業ワグネル社の戦闘員をマリに派遣しているとの情報を紹介した。マリの軍事政権は様々な口実を使っては民政移管を拒んでおり、ロシアはその後ろ盾になっている。

西アフリカ15カ国で構成する西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)は22年1月9日、マリの軍事政権の存在はアフリカの民主化を妨げるものだとして、マリ軍事政権に対して国境封鎖などの独自の経済制裁を発動した。

その直後、フランスはECOWASによる制裁を歓迎し、ECOWASを支持する決議案を国連安保理で採択しようと水面下の調整に入った。ところが、安保理の非常任理事国であるケニアなどがメディアに明らかにしたところによると、このフランスが草案を書いた安保理決議案に対しては、中国とロシアが拒否権を行使する構えを見せたため、決議案は水面下の調整段階で消えることになったという。

中国はマリ軍事政権とロシアには恩を売った形だが、ECOWASの中心的存在であるナイジェリアや、安保理でフランスの決議草案を支持したケニアの中国に対する不信感は高まっただろう。したがって、こうした中国のロシアとの「共闘」がアフリカ諸国の国連総会における投票行動にどのような影響を与えたかは、国によって異なるというのが筆者の現時点での結論である。