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【石破茂】「反撃能力」とは、つまりどんな能力なのか 専守防衛との関係は

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
自民党の石破茂元防衛相
自民党の石破茂元防衛相=2020年、遠藤啓生撮影

――提言案は「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」に改称したうえで保有を提案しました。「専守防衛」だけでは日本の安全を守りきれないという指摘もあります。

敵基地攻撃能力は、1956年に鳩山一郎内閣が示した「座して自滅を待つべしというのが、憲法の趣旨とは思えない」という統一見解が根拠になっている。これは、憲法の精神にのっとった受動的防衛を意味する「専守防衛」とは別の論理を用いた考え方と言える。専守防衛とは「こちらからは相手に攻撃しない」という意味だからだ。

現代において、厳密な専守防衛を維持していては日本の防衛は達成できない。鳩山一郎内閣のころは、弾道ミサイルの構造も単純で、ロシアや中国の攻撃力も日本を圧倒するほどではなかった。現代では、それが現実の脅威になっている。

では、どこまでの反撃能力が必要なのか。日本が仮に反撃能力を持つとしても、相手の弾道ミサイル発射基地や移動発射台、原子力潜水艦などを全て攻撃できる能力を備えようと考えるのは現実的ではない。日本が核兵器を持たない以上、相手の攻撃と同じだけの被害を与えうる懲罰的・報復的抑止能力を備えることはできない。相手の攻撃を減殺する拒否的抑止力を向上させるには、ミサイル防衛や核シェルターなどの整備の方が緊要性も高く、効果的だ。

ただ、一定の反撃能力を持てば、相手国が「日本を攻撃すれば、自分たちの基地なども攻撃されるかもしれない」と思うだろう。日本を攻撃する判断が複雑になり、日本を攻撃する戦術をより難しくする効果が期待できる。

だから、反撃能力は拒否的抑止力の補完として機能しうる。だが、反撃する対象の範囲を拡大して喧伝すれば、逆に緊張を高めることにもなる。例えば、相手の首都や政府中枢施設に対する反撃も予定するとなれば、相手が日本を攻撃する意思を強めかねないし、専守防衛の趣旨からもどんどん離れていくことになる。

現時点で、相手の攻撃基地や移動発射台に反撃することには、それほど異論がないと思う。そこから始めて、相手の意図をくじく範囲、専守防衛の精神を生かす範囲についての議論を、これから進めなければならない。

もちろん、侵略行為、先制予防攻撃は明らかに認められない。だからこそ今回、「反撃能力」として整理することとした。

「反撃能力」提言を議論した自民党会合
「反撃能力」提言を議論した自民党会合=2022年4月21日、藤田直央撮影

――日米同盟があるため、日本だけの判断では不可能ではないでしょうか。

もちろん、日米が十分意思疎通できるよう、自衛隊に統合司令部を新設するべきだろう。

自衛隊の統合幕僚長は、現状では政治的意思決定を補佐すると同時に現場も指揮することとなっている。しかし、有事においてスタッフ機能とライン機能の両方を統幕長が兼ねるのは現実的ではない。統合幕僚長は政治の補佐に徹し、現場を指揮する統合司令長官を別に設けるべきだろう。

――今回の提言案は「非核三原則」を巡る議論を訴えませんでした。

日本は過去、核を巡る突き詰めた議論をしてこなかった。私も小学校6年の時、教室で広島・長崎の原爆投下直後の、むごたらしい映像を見て「核は絶対に持ってはいかん」と思った。多くの日本人がこの気持ちを共有したが、それが一種の思考停止にもなってしまった。

佐藤栄作首相はかつてジョンソン米大統領との会談で、核保有に言及したし、ジョンソン大統領も否定しなかった。だが、その後、沖縄返還を巡る「核抜き、本土並み」の議論を契機として、「核を作らず、持たず、持ち込ませず」という非核三原則を定めて、議論は止まってしまった。

唯一の被爆国として「核の惨禍は二度と経験したくない」と考えるのは当然だが、他方で「核を落とされないために、核を持つ」という議論はなかった。「私たちは核を使わない」という強い意思はあるが、「日本に核の惨禍をもたらす国はない」とは断言できない。

1960年1月19日署名の「日米安全保障条約の署名本書」
1960年1月19日署名の「日米安全保障条約の署名本書」=2020年、東京都港区の飯倉公館、代表撮影

過去、何人かの政治家が「核保有」に言及するたびに、米政府が「心配するな、我々の核の傘がある」と言って、議論を抑え込んできた。

日本で「核を絶対、他の国には使わない」「絶対、核の惨禍を甘受しない」という考えには、ほぼ異論がないだろう。しかし、「他の国にも核を使わせない」ために、私は以前から「核の共有」についての議論は必要だと主張してきた。

今回の提言案に「非核三原則を巡る議論」を盛り込めなかったのは残念だが、今後の議論としたい。かつて、米国が最も信頼を置く英国が独自に核を保有したのは、英国の独立を米国の手に委ねられないと判断したからだろう。フランスのドゴール大統領もケネディ米大統領に「ニューヨークが攻撃されててでも、パリを守ってくれるのか」と尋ねたと、聞いている。

ドイツは核を保有しないが、「核の共有」の道を選んだ。ドイツなどに配備された米軍のB61核爆弾を使う場合、北大西洋条約機構(NATO)の核計画部会での合意と、核保有国である米英両首脳の同意が必要になる。仮に、ドイツがB61核爆弾の使用を求めても、米国は拒否できる。ドイツなどがB61核爆弾の使用を拒んでも、米国はNATOに配備していない核兵器を使える。それでも、核使用の意思決定には関与できる。

「核の共有」を巡る議論は、核の傘を含む拡大抑止の信頼性を更に向上させるために必要だ。「米国は自分が攻撃されてでも、日本を守る」という強い意思が米国内にも、日本にも、攻撃する相手国にも、すべて確認されなければならないからだ。

ロシアや北朝鮮が「核の脅迫」を続け、国民が核について不安を持っている今だからこそ、政治の責任として核の議論を進めなければならない。もし岸田文雄首相が被爆地選出の議員として議論できない、ということなら、自民党で行うべきだ。

――防衛費の国内総生産(GDP)比2%への増額はどう考えますか。

私は国会議員当選前の1985年から、「防衛費のGDP比1%」はナンセンスだと主張してきた。日本の周辺が平和なら、0.2%でも構わないし、逆に厳しければ3%でも4%でも確保すべきだ。

ただ、財政的な裏付けがなければ防衛はできない。抑止力の維持が難しくなる。ドイツが国防費のGDP比2%に踏み切った背景には、日本よりはるかに健全な財政事情がある。

財源論も明示しなければいけない。2%を達成するため、消費税の引き上げや国債の発行なしに踏み切って良いのか。また、納税者の理解を得るためには、支出の中身も問われるべきだ。

現在、陸海空の各自衛隊はそれぞれ個別に予算を要求している。私は防衛相時代から「オペレーションを陸海空の統合運用で行う以上、防衛力整備も統合して行うべきだ」と指摘してきた。具体的なオペレーションを前提とした防衛力整備を検討すべきだ。

また、なぜ防衛費のGDP比だけ、NATOが引き合いに出されるのか。集団防衛、シェルターの整備、民間防衛の体制など、NATOに学ぶ点は数多い。メディアは敵基地攻撃能力や防衛費2%など、個別の問題だけを切り取って報道せず、全体を俯瞰した議論を提案してほしい。

ブリュッセルのNATO本部
ブリュッセルのNATO本部=2022年3月24日、代表撮影

――防衛を強化する以上、外交の強化も必要になりませんか。

外交と軍事は車の両輪だ。軍事力の裏付けのない外交は力を発揮できないし、外交の裏付けのない軍事力は暴走する可能性がある。

相手の国が一体、何を考えているのか、その国の立場に立って考えてみる必要がある。日本が従来、苦手としてきた分野だ。可能な限り、相手の国の実情を把握し、常に外交的努力を続けた上で防衛力を強化しないと、双方に誤解が生まれ、状況を悪化させることにもなりかねない。

だから、日本の一部にある「習近平中国国家主席が来日するのも許さない」という議論はおかしい。もちろん、日本に無礼な振る舞いは許されないし、事前に日本の懸念に応えてもらうよう働きかけることも必要だ。

ただ、日本は一度、習主席を国賓として招待している。正当な理由もなくキャンセルすれば、中国は侮辱だと受け取るだろう。今、日中に信頼関係がない中で、信頼関係を築く努力も怠ってはならない。

――ロシアによるウクライナ侵攻で国連など戦後秩序が揺らいでいるという指摘があります。日本の憲法も影響を受けますか。

確かに、国連常任理事国のロシアが紛争の当事者となったため、ウクライナ問題で国連は機能していない。ただ、1956年にスエズ運河の管理を巡って起きた動乱でも、常任理事国の英仏が当事者になった。安保理事会が機能しないので、国連緊急総会決議で停戦監視団の派遣を決めたことで、一定の役割を果たした。今回も国連が機能する道はないのか、我が国として前向きな努力をすべきだ。

日本国憲法も含め、日本が戦後築いてきた体制について、引き続き守っていくべきもの、修正すべきもの、発展させていくべきもの、についても議論を進めていきたい。