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北海道の部隊も九州へ かつてない規模の陸自演習、「北の守り」は過去のものか

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
今年9月から11月までの予定で行われている陸上自衛隊演習の様子=防衛省陸上幕僚監部提供

■冷戦時代の侵攻シナリオ

冷戦時代、自衛隊が唯一、日本が侵略を受ける可能性があると考えていたのが、欧州戦線でソ連軍と欧米諸国が衝突し、第3次世界大戦が起きるケースだった。ソ連軍は軍港があるウラジオストクとカムチャツカ半島を結ぶ宗谷海峡の自由な通航を目指して、北海道の占領を目指すと想定していた。そうなれば、ソ連軍はオホーツク海で、米本土を攻撃できる潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)を搭載した原子力潜水艦などを自由に展開できるようになるからだ。

当時の陸上自衛隊は、13師団・2混成団体制。そのうち4個師団が北海道に駐屯していた。欧州で緊張が高まってから、実際にソ連軍が北海道に侵攻するまで数カ月くらいの期間があると計算。その間に、本州などから3~5個師団が北海道に急行し、当時の陸自隊員の3分の2にあたる10万人の兵力、戦車700~800両を北海道に集中させる手はずだった。

1981年から85年、北海道北部に展開する陸自第2師団の戦車小隊長を務めた松村五郎元東北方面総監(元陸将)によれば、自衛隊は、ソ連軍が稚内方面に進出し、日本海側の抜海とオホーツク海側の浜頓別の周辺にそれぞれ上陸すると予想していた。旭川平野を目指して進撃するソ連軍を途中の音威子府で食い止めることを考えていた。

松村氏によれば、米レーガン政権(1981~89年)時代が、米ソ危機が最も懸念された時期だった。ソ連は結局、経済の不振やゴルバチョフ氏による改革が招いた混乱などから91年12月に崩壊した。ソ連(現ロシア)軍機に対する航空自衛隊の緊急発進(スクランブル)の回数は一時期、冷戦期の4分の1程度にまで減った。

2020年9月に陸自北部方面隊で行われた指揮所を構築する演習=陸自北部方面総監部広報室提供

■九州に全国から集結

ロシアに代わって、影響力を増してきたのが中国だった。中国は弾道ミサイル開発や空母の建造など、軍の近代化を推進。同時に、尖閣諸島や南シナ海で国際法規を守らない行動を繰り返し、周辺国の懸念は深まった。自衛隊も2002年、島嶼防衛を担う陸自西部方面普通科連隊を創設し、18年には「日本版海兵隊」と呼ばれる水陸機動団を発足させた。

同時に、有事に備えて、全国に駐屯する自衛隊を南西方面に展開する訓練も始めた。ここ数年は連隊規模で行っていたが、今年9月15日からは、陸自の第2師団(北海道)、第6師団(山形県)、第14旅団(香川県)が実際、大分県の日出生台演習場に移動して訓練を行っている。参加人員は約10万人、車両約2万両、航空機約120機が参加している。松村氏は「実動演習に加え、もっと陸自全体を巻き込んだ図上演習も同時にやっているはずだ」と語る。

2021年9月から11月までの予定で行われている陸上自衛隊演習の様子=防衛省陸上幕僚監部提供

陸自が「陸演(陸上自衛隊演習)」と呼ばれる大規模な演習を行うのは1993年以来28年ぶり。陸自関係者も「連隊規模の南転は10年ほど前からやっていたが、師団規模は初めてだ」と語る。別の関係者は「安保環境が不確実性を増すなか、作戦準備に焦点をあてた総点検を実施した。教訓や課題を浮かび上がらせて改善し、運用の実効性を高めることが極めて重要だ」と語る。

松村氏によれば、戦車がアスファルトの路面を長時間走行した場合、振動でキャタピラーが損傷する。路面を傷めることにもなるため、公道走行用のゴムをはめ込んだキャタピラーに履き替えて移動する。海上輸送は主に、軍用車両の移動を想定していない民間のフェリーを使うため、積み込みなどのノウハウを養う機会になる。

2021年9月から11月までの予定で行われている陸上自衛隊演習の様子=防衛省陸上幕僚監部提供

■「北の脅威」はなくなった?

今回、陸演に参加した第2師団は、主に旭川から北方を担当し、冷戦時代は「増援部隊が到着するまで、侵攻するソ連軍を真っ先に食い止めて捨て石になる部隊」(松村氏)と言われていた。その第2師団が「南転」に加わったことで、「北の脅威」はなくなったと考えて良いのだろうか。

ロシア軍は今年6月23日から27日まで、東部軍管区のサハリンと北方領土で軍事演習を行った。陸自北部方面総監部(札幌市)はこの演習の模様を伝えるロシアの報道番組の映像を入手した。映像によれば、ロシア軍はサハリン南部・アニワ湾で敵軍の上陸を阻止する演習を実施した。映像には上陸部隊を迎え撃つロシア軍の戦車が映っていた。

2020年9月に陸自北部方面隊で行われた演習=陸自北部方面総監部広報室提供

沖邑佳彦・北部方面総監(陸将)は、ロシア軍が戦車を保有している限り、北海道への侵攻に備える必要があるとの考えを示す。最近は気候変動によって北極海航路の開拓も進んでいる。ロシアと中国が北極海航路を活用しようとすれば、宗谷海峡の自由な通航がより重要になる。松村氏も「北極海航路が重要になれば、宗谷海峡は北のマラッカ海峡になる。音威子府の戦略的な価値も高まらざるを得ない」と語る。

沖邑総監は「日本にとってのロシア、朝鮮半島、中国という戦略3正面の脅威は変わっていない。これに対する防衛を常に考えておく必要がある」と語る。

第2次大戦の開戦前、日本はソ連軍との対決に備えて旧満州(中国東北部)に精鋭の関東軍を展開していた。戦況の悪化に伴い、1943年ごろから関東軍の南方戦線への転用が相次いだ。結局、1945年のソ連参戦当時、日本は圧倒的に優勢なソ連機甲化部隊を迎撃する力が関東軍にないと判断。満州の約4分の3を放棄して山岳ゲリラ戦に移ることを想定していたという。

ロシア海軍のウダロイⅠ級駆逐艦=防衛省統合幕僚監部提供

ソ連崩壊後、すっかり弱体化したとされるロシア軍は最近、活動量を増やしている。2014年ごろからロシア軍機に対するスクランブルも急増。最近はロシア、中国の合同軍事演習も活発に行われている。8月には中国の西部戦区で行われた演習にロシア軍が初めて参加した。10月には中国とロシア両海軍がウラジオストク近くの日本海で合同軍事演習を実施。中ロ両国の海軍艦艇10隻は18日、津軽海峡を通過して太平洋に出た。両国の艦艇が同時に津軽海峡を通過するのは初めてのことだ。

音威子府は、過去の遺物になったわけではなさそうだ。