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北朝鮮の弾道ミサイル発射、残る二つの疑問 

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
北朝鮮で2021年9月15日に行われた鉄道機動ミサイル連隊の検閲射撃訓練の様子=労働新聞ホームページから

朝鮮中央通信によれば、北朝鮮は15日、朴正天党軍事委員会副委員長の指導で、鉄道機動ミサイル連隊の検閲射撃訓練を行った。同通信は、同時多発的な集中攻撃能力を高めるため、同連隊を組織したと説明。800キロ離れた日本海の標的を正確に攻撃したと伝えた。北朝鮮が公開した画像を見た自衛隊の元幹部は「ロシア製のイスカンデルに似た短距離弾道ミサイルKN23だろう」と述べた。北朝鮮は2019年5月にKN23を初めて発射したほか、今年3月にも日本海に発射している。

日本政府によれば、15日のミサイルは落下する直前に軌道を変更した。弾着地点の計算に手間取り、最終的に日本の排他的経済水域(EEZ)内に落ちた。元自衛隊幹部は「事前のプログラムで終末段階の軌道を少し変えるやり方は珍しくない」と語る。既に、もっと早い段階での軌道変更やダミーを含めた多弾頭のシステムを開発した国もある。迎撃ミサイルも、軌道変更に対応して追尾する能力の開発が進んでいる。

元幹部は「KN23は従来のミサイルより撃墜が難しいのは事実だが、自衛隊の装備で全く対応できないものではない」と指摘。「19年当時と比べ、軍事的脅威が格段に高まったわけではない。メディアは発射のたびに騒ぐが、当局はずっと対応策を追求している」と語る。

■なぜ列車? 金正恩氏不在のわけは?

逆に、北朝鮮側の説明には軍事的な理解に苦しむ点が多い。

北朝鮮は今回、鉄道を使って弾道ミサイルを移動させた。鉄道はトラックに比べて輸送能力が高い。第2次世界大戦当時には、ドイツが「グスタフ」と命名した巨大な80センチ列車砲を使用した。ロシアも広大な土地を利用して敵の目を攪乱するため、列車搭載型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発したことがある。

だが、元幹部は「現代で、列車砲や列車からのミサイル発射を導入している軍隊はない」と語る。ミサイルで重要な要素は「隠密性」「秘匿性」だ。列車は移動経路が事前にわかっている。レーダーや航空兵力が発達した現在、事前にレールや鉄橋を破壊すれば、列車砲や列車ミサイルは使えなくなる。一度発射した後の逃走経路も簡単に割り出せるため、反撃に遭いやすい。北朝鮮による近年の無限軌道型車両の開発とも矛盾する動きだ。

北朝鮮で9月15日に行われた鉄道機動ミサイル連隊の検閲射撃訓練の様子=労働新聞ホームページから

また、朝鮮中央通信の説明通りだとすれば、北朝鮮はまず、鉄道軌道ミサイル連隊を編成し、その後に試射を行った。まず、兵器の信頼性を確認して実用化し、それから部隊を編成する日米などのやり方と正反対の順序だ。逆に見れば、早く成果を欲しがっている結果だとも言える。

同通信によれば、朴正天氏は「(1月の)第8回党大会が示した軍隊近代化路線と方針に従った」と語った。正恩氏は1月の党大会で、新しい5カ年計画(2021~25年)の軍事部門の目標として、極超音速滑空飛行弾頭や軍事偵察衛星などの開発を指示した。関係筋によれば、北朝鮮は前回の国家経済発展5カ年戦略が失敗に終わったことから、当局が計画の初年度にあたる今年の目標の無条件貫徹を各部門に厳命している。今回の実験も、目標達成をアピールするための行動だった可能性がある。

同じ動きが、北朝鮮が13日に発表した、新型の長距離巡航ミサイルの試射にも見られる。朝鮮中央通信は「(約2時間で)ミサイルは1500キロ先の標的に命中した」と説明した。公表された写真は、米軍が保有するトマホーク巡航ミサイルに似ていた。事前にプログラムされた地形とGPSを使い、レーダーに捕捉されにくい地表や海面すれすれで飛ぶ能力がありそうだ。

9月13日付の労働新聞が2面で報じた新型の長距離巡航ミサイル発射実験の様子=同紙ホームページから

ただ、北朝鮮の軍事的な脅威が飛躍的に高まったとは言えない。同通信の報道が事実であれば、巡航ミサイルの平均速度は時速約750キロで、旅客機程度。マッハ10以上の落下速度に達する弾道ミサイルよりもかなり遅い。自衛隊の元幹部は「巡航ミサイルなら、護衛艦のシウス(近接防御火器システム)や戦闘機の空対空ミサイルで撃墜できる」と語る。

また、北朝鮮は衛星を保有せず、レーダー装備も貧弱だから、北朝鮮から数百キロ以上離れた艦船などの動く標的は狙いにくい。1500キロという射程を有効に使い切る能力に欠けている。更に、都市建設が活発な日本の場合、事前に入力した飛行プログラムが都市の変化に追いついていない可能性がある。元幹部は「自分たちが詳しい地理情報を持つ韓国にある、動かない地上施設などを狙うだろう。海を渡って日本を狙うのが主な目的ではない。1500キロという射程は、中朝国境沿いから韓国全土を攻撃する狙いがある」と語る。

軽量化に成功すれば核兵器も搭載できるが、速度を考えると撃墜される可能性が高い。今回の開発の意義を見つけるとすれば、「巡航ミサイルは潜水艦や艦船に搭載できる。攻撃のバリエーションが豊富だ。様々な攻撃手段を確保しておきたい軍の要求に沿ったもの」(自衛隊元幹部)という程度だろう。

それでも、朝鮮中央通信は、長距離巡航ミサイルの開発が「党中央の特別な関心のなかで推し進められてきた」と強調した。この表現も、様々な兵器の開発を命じた1月の党大会を意識した担当部門によるアピールだったとも解釈できる。

そして、目を引いたのが金正恩氏の不在だ。巡航ミサイルは新型兵器、弾道ミサイルは新部隊による試射だったが、正恩氏は視察しなかった。新兵器開発に強い意欲を示してきた正恩氏としては異例の選択だ。

北朝鮮関係筋によれば、正恩氏は2016年3月6日に党・軍の側近数人に対し、「やりたいことを全部できるのは、強大な革命武力と威力のある主体的国防工業があるからだ」と指摘。「先端武装装備一つ一つが、肉親のように大切に感じられる」と語り、新兵器開発の重要性を説いた。過去、ほとんどの弾道ミサイルの試射に立ち会ったほか、多連装ロケット砲の試射を視察したこともある。

正恩氏は今月9日に行われた建国73周年軍事パレードには出席しており、健康には問題がなさそうだ。

9日の軍事パレードで打ち上げられた花火。花火を使った演出は金正恩氏が始めたとされる=労働新聞ホームページから

まず、米国のバイデン政権を誤って刺激しないよう、最高指導者の出席を控えた可能性がある。正恩氏は2019年4月、「年末まで米国の決断を待つ」と述べ、米政府の譲歩を要求。金与正氏が20年7月の談話で、米国が制裁緩和など敵視政策を変えない限り、対話に応じない考えを表明した。その間、KN23などの短距離弾道ミサイルの発射は続けて来た。15日のミサイルも、従来と同水準の行動で、更に踏み込んだ挑発とは言えない。

金与正氏も15日に発表した談話で、潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)の試射に成功した韓国の文在寅大統領の発言を非難したが、北朝鮮の行動について「誰かを狙って挑発しているのではなく、国防科学発展及び兵器システム開発5カ年計画の初年の重点課題遂行のための正常で自衛的な活動を行っている」と釈明した。南北関係の破壊を望まない考えも示した。

与正氏の談話には米国も日本も出てこない。新型コロナウイルスの感染拡大による国境閉鎖、災害、国際社会の制裁という「三重苦」のなか、内政に集中したいという意図なのだろう。

■軍の不可解な人事

一方、北朝鮮軍の影響力拡大の兆候も見て取れる。正恩氏の代わりに巡航ミサイルと弾道ミサイルの試射を指導したのは、最近の不可解な人事の末、復権を果たした朴正天氏だったからだ。

党軍事副委員長に就任した朴正天氏。9月7日付の労働新聞が伝えた=同紙ホームページから

北朝鮮は7日、朴正天軍総参謀長の党軍事委員会副委員長と党書記への就任を発表した。朴氏は6月末の会議で、新型コロナウイルスの防疫対策を巡り、降格処分を受けたばかりだった。当時、金正恩党総書記が処分の理由について「国家と人民の安全に大きな危機をもたらす重大事件を発生させた」と説明していた。最高指導者による批判にもかかわらず、わずか2カ月余りで昇進を果たしたわけだ。

複数の北朝鮮関係筋によれば、朴氏の更迭は、軍糧米を巡る騒動が原因だった。朝鮮中央通信は、6月の党中央委総会で食糧危機を認めた正恩氏が特別命令書を発令したと発表した。

関係筋の1人によれば、特別命令書は、軍糧米の放出を指示する内容だった。だが、北朝鮮軍内部でこの特別命令に対する不満が噴出した。食糧事情が厳しいのは一般市民も軍も同じなのに、なぜ軍の備蓄米を放出しなければいけないのか、という不満だった。

北朝鮮では従来、国営農場で収穫した穀物を軍に分配していたが、金正日総書記が軍が独自で運営する農場を分配し、「第2経済」と呼ばれる軍経済の自立化を図った。金正日氏は、1990年代半ばに起きた食糧危機「苦難の行軍」を契機に、自らの権力を維持するため、国防委員長として、軍が全てに優先する「先軍政治」を推進していたからだ。

北朝鮮軍にとって軍糧米の放出は、自分たちの食糧や財政の悪化を招きかねない。軍は当初、正恩氏の特別命令に従わず、独自に保有する鉱山の採掘物を利用し、中国との密貿易でコメの確保を目指した。石炭や鉄鉱石の輸出は国連制裁決議で禁じられている。新型コロナウイルスの防疫措置に伴う中朝国境閉鎖措置もあり、軍が保有する鉱物資源には余裕があったからだ。

しかし、別の関係筋によれば、密貿易を契機に、中朝国境に近い平安北道新義州や両江道恵山の軍部隊で新型コロナの感染が疑われる事例が発生した。同筋は「特別命令書に従わなかったうえに、超特級防疫措置にも違反したため、金正恩が激怒した」と語る。韓国の情報機関、国家情報院は7月8日、国会で「(党軍事委員会副委員長だった)李炳哲党書記は党常務委員から脱落した。軍総参謀長の朴正天氏は元帥から次帥に更迭された」と説明していた。

だが、「重大事件」を引き起こしたにもかかわらず、朴氏は総参謀長職は維持していた。李氏も党政治局員候補に降格されたが、党の主要行事には参加するなど、責任追及は中途半端に終わった。北朝鮮を研究する専門家の1人は「金正恩氏が軍に配慮したか、あるいは世論対策で軍を形式的に処罰したか、のどちらかだろう」と語る。

9月9日の建国73年記念軍事パレードを閲兵する金正恩党総書記(中央)と朴正天党軍事委員会副委員長(右)=労働新聞ホームページから

金正恩氏は先軍政治による軍の肥大化を嫌い、軍の権力を党に戻す努力を重ねてきたとされる。その象徴が軍幹部の頻繁な入れ替えだ。

2011年末に権力を継承してから約10年のうちに、軍事作戦トップの軍総参謀長はのべ8人、補給や軍政を担う国防相はのべ9人、軍内部の党トップである総政治局長がのべ6人、それぞれ起用されてきた。

だが、この人事政策は成功していない。最近、国防相に就任した李永吉氏は総参謀長も2度務めるなど、軍内部でのポストのたらい回しも起きている。李氏も一時、韓国で「処刑説」が流れるなど、更迭処分を経験していた。

北朝鮮は7月、南北をつなぐ通信線の復旧に応じたが、8月16日から始まった米韓合同軍事演習に反発して再び、応答を拒んでいる。韓国政府によれば、正恩氏が文在寅大統領との親書外交で通信線復旧を要請したという。北朝鮮は結果的に最高指導者の方針を修正した格好になった。

米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア」によれば、韓国を訪問中のポンペオ前米国務長官は14日、金正恩氏が完全に体制を統制しているが、北朝鮮の軍組織や官僚集団が正恩氏に影響を与えているとの考えを示した。

韓国軍元幹部は「軍事力で国を守ってきたという自負がある北朝鮮の軍部が、最高指導者の方針を妨害したのかもしれない」と語る。今回の一連のミサイル発射実験も、軍の力を誇示したい軍部の意向が働いた可能性がある。事実であれば、北朝鮮は先軍政治に戻ろうとしている。