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「アフリカの接種率3%」の現実 自国のワクチンだけを見ていては国益を損ねる

研究室から見える世界 更新日: 公開日:
日本提供のワクチンが運び込まれた空港の倉庫で、受け入れの式典に臨む山田滝雄・駐ベトナム日本大使(左から4人目)とベトナムのロン保健相(同5人目)=2021年6月17日、ハノイ・ノイバイ空港、宋光祐撮影

■日本は3カ月で2000万回分を提供

ワクチン接種状況、安全性、効果に関するニュースを目にしない日はないが、日本政府が途上国向けワクチンに関連する様々な支援を着々と拡大させていることは、一般にはあまり注目されていないのではないだろうか。

ワクチンを途上国に供給する国際的枠組みには、2020年に設立されたCOVAXファシリティーがある。高・中所得国がワクチンの研究開発などに共同出資して人口の2割分のワクチンを受け取り、低所得国には無償提供する仕組みで、世界185の国・地域が参加している。日本政府は21年6月初旬から日本国内で製造したアストラゼネカ社製ワクチンの提供を開始し、COVAXを通して13カ国に計1100万回分を提供してきた。

日本政府はこの他に、COVAXを通さず相手に直接提供する仕組みでも6カ国・地域に計1176万回分を提供しており、ワクチン供与実績は19カ国に計2276万回分に上る(9月1日現在)。供与先はベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ラオス、カンボジアなど東南アジア諸国が中心で、最終的には計3000万回分のワクチンを提供する予定だ。

さらに日本政府は、ワクチンの現物だけでなく、途上国向けのワクチン供給の財源として6月までに2億ドル(約220億円)を既に拠出し、最終的には10億ドル(約1100億円)拠出することを国際公約としている。

途上国にワクチンを提供する重要性は、6月11~13日に英国のコーンウォールで開催された主要7カ国(G7)サミットで確認され、G7全体の共通目標となった。首脳コミュニケには「可能な限り多くの人々に、可能な限り速やかに可能な限り多くの安全なワクチンを供給することで、世界中で予防接種を行うための強化された国際的な取組みを即時に開始し、これを推進することで、パンデミックを終息させ、将来に備える」との文言が明記され、主に途上国向けに10億回分のワクチンの供給が約束された。

英南部オックスフォードで開かれた主要7カ国(G7)の保健相会合=2021年6月3日、英政府提供

英国のオックスフォード大学が運営するデータサイトOur World in Dataによると、9月10日現在、ワクチンを少なくとも1回接種した人は世界人口の41.3%に達するが、接種状況には国によって著しい差がある。G7では、米英仏独伊カナダの6カ国で1回接種を終えた人の割合が6割を超え、2回接種を終えた人は5割を超えている。G7で接種が最も遅れていた日本も最近、2回接種した人の割合が5割を超えた。

所得水準の高い先進民主主義国では、ワクチン効果を持続させるための3回目の接種(ブースター接種)に向けた動きが加速しつつある。世界で最も早く接種が進んだイスラエルでは、3回目の接種が8月1日から始まっており、米国でも9月下旬から始まる。日本は現時点では明確な決定は下されていないものの、ワクチン接種の推進を担当する河野太郎行政改革担当相は8月31日の記者会見で、3回目の接種について、「来年の2月」との見通しを示した。

■低所得国の接種はまだ超低率

一方、Our World in Dataによると、9月上旬までに1回接種を終えた人の割合は、低所得国では平均1.9%に過ぎない。とりわけアフリカ諸国のワクチン接種率はおしなべて低く、アフリカ(54カ国)で1回目の接種を終えた人の割合は5.2%、2回目の接種を終えた人は2.9%に過ぎない。1回目接種率が50%を超えている国はモロッコ(52.54%)などに過ぎず、アフリカで感染者数が最も多い南アフリカ共和国(南ア)の1回目接種率は17.01%にとどまる。アフリカの多くの国々は接種率が1%にも達していない。

発展途上国へのワクチン供給が重要な第一の理由は、ワクチン接種の進んだ先進国が自国内の感染状況をある程度コントロールすることに一時的に成功しても、途上国における感染を抑えなければ、感染拡大の過程で次々とウイルスの変異株が登場し、最終的には国境を越えて我々の社会を脅かすからである。

クリントン政権で国防次官補を務めた著名な国際政治学者のジョセフ・ナイ・ハーバード大学特別功労教授は、自国向けワクチンの確保にばかりこだわる政治指導者を「目先の国益」しか考えることのできない指導者であると批判し、ワクチン供給によって途上国での変異株の発生を抑制することが、結局は米国の国益になるとの議論を展開している

世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長。新型コロナウイルスワクチンの追加接種を少なくとも年末まで控えるよう呼びかけた=2021年9月8日、スイス・ジュネーブ、WHOの会見動画から

世界保健機関(WHO)は9月1日現在、「懸念される変異株(VOC)」として4種類の変異株を指定しているが、4種類の変異株が最初に確認された国は、アルファ株が英国、ベータ株が南ア、ガンマ株がブラジル、デルタ株がインドである。さらに、WHOがVOCの次に警戒する「注目すべき変異株(VOI)」の5種類を見ると、最初に確認された国はイータ株が英国など、イオタ株が米国、カッパ株がインド、ラムダ株がペルー、ミュー株がコロンビアである。VOCとVOIを合計した9種類のうち6種類は、アフリカ、インド、南米由来の変異株である。7月以降の日本の「第5波」の主役となったデルタ株が、インドにおける感染爆発の過程で変異したウイルスであることは周知の通りだ。ナイ氏は途上国へのワクチン供給が米国の国益になると主張したが、その構図は日本にも当てはまるだろう。

■ワクチン提供に力入れる中国

途上国へのワクチン供給が重要な第二の理由は、権威主義体制の中国が大量の自国産ワクチンを途上国に供給している中で、G7をはじめとする先進民主主義国が少なくとも同レベルのワクチン支援を進めなければ、国際社会における影響力を失うリスクがあるからである。ナイ氏は先に挙げた論考の中で、変異株の発生抑止と並んでこの点についても言及し、途上国へのワクチン供給の重要性を指摘している。

中国には、「中国医薬集団(シノファーム)北京生物製品研究所」など五つの新型コロナワクチン製造事業者がある。日本貿易振興機構(JETRO)の分析リポートによると、中国外交部は7月12日の記者会見で、全世界の100を超える国と機関に5億回分以上のワクチンとその原液を提供したことを明らかにした。供給先の比重はアジア、中南米が大きいという。

インドネシアに到着した、中国シノバック製のワクチン=2020年12月、インドネシア内閣官房提供

例えば、筆者が専門とするアフリカの状況を見ていくと、使用されているワクチンは日本でもおなじみのモデルナ、ファイザー、アストラゼネカ社に加え、ロシア製のスプートニクⅤ、米製薬大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)社製、中国製のシノファーム社製、シノバック社製などだ。アフリカ諸国はこれらのワクチンを、①COVAX経由、②二国間の購入契約、③二国間の無償提供、④アフリカ独自のワクチン調達枠組みAVATT――の4通りの方法で入手しており、国によって使用しているワクチンが異なる。

アフリカ連合(AU)の疾病対策センターや、日本企業のアフリカ進出を後押しするコンサルティング企業「アフリカビジネスパートナーズ」の情報を総合すると、アフリカ54カ国の中で中国製ワクチンを入手していない国は、エスワティニ(旧スワジランド)、マラウイ、南スーダン、ブルキナファソ、マリ、リベリア、サントメ・プリンシペ、ケニア、ガーナ、コンゴ民主共和国、マダガスカルの11カ国にとどまる(8月30日現在)。

■米国第一主義の隙を突いて

シンガポールでシノバック製ワクチンの接種の予約枠を得るため、行列をつくるひとたち=2021年6月23日、西村宏治撮影

バイデン米政権のインド太平洋調整官を務めるカート・キャンベル氏と、ブルッキングス研究所の中国専門家ラッシュ・ドシ氏は、コロナ禍が世界に広がり始めた20年3月に発行された外交誌『フォーリン・アフェアーズ』で、新型コロナの感染拡大によって当時のトランプ大統領が「アメリカ第一主義」を加速させている間に、米国はグローバルなリーダーシップを取る機会を逸し、その間隙を縫って中国がリーダーシップを取ろうとしていると指摘していた。

JETROアジア経済研究所の中国専門家である松本はる香氏は、キャンベル氏らの指摘を踏まえ、中国がワクチン提供という手段をテコにして新型コロナ対策の主導権を発揮し、ポスト・コロナ時代を見据えて米中覇権争いを優位に導こうとしている可能性を示唆している

筆者は米国中心の国際秩序を無条件に賛美するものではないが、言論の自由を認めない中国の権威主義体制が世界のスタンダードになる未来だけは絶対に阻止しなければならないと考えている。

新型コロナとの長期戦が強いられる状況下で、ワクチン、さらには近い将来に登場するであろう治療薬をめぐる獲得競争は、ますます熾烈なものになるだろう。日本や米国などの民主主義国では、人々の不安な心理に乗じて「自国第一主義」を前面に打ち出す政治指導者がこれからも登場し、その度に人々の一定の支持を得るに違いない。

しかし、世界規模の感染症には世界規模の対策が必要であり、民主主義国における目先の自国第一主義こそが、権威主義の中国を利するのである。目の前の感染を抑止する取り組みとともに、グローバルな観点から中長期的な利益を構想する思考を忘れたくない。