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祖母の遺品になぜピカソとの写真が 孫が18年かけて編んだファミリーヒストリー

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
相場郁朗撮影

『House of Glass: The Story and Secrets of a Twentieth-Century Jewish Family』は、第2次世界大戦前後のパリを舞台にしたドラマチックでロマンチックなユダヤ人家族の伝記である。

まずは歴史的事実から。1880年から1925年にかけてポグロム(対ユダヤ迫害行為)を逃れて東欧を脱出したユダヤ人は350万人。うち10万人がフランスを目指した。その結果、パリはユダヤ人コミュニティーとしてニューヨークなどを抜き世界最大となった。

現在42歳の著者ハドリー・フリーマンはポーランドからパリへ逃げたユダヤ人女性サラの孫娘にあたる。その後サラは米国へ移住して結婚、こうして著者の世代へつながる。著者は米国を本拠とする祖父側の親類にはなじみがあったが、祖母側は知らない。1980年代半ば、ノルマンディーの避暑地でフランスを本拠とする祖母(サラ)側家族との再会の集いの際、ニューヨークから一緒に飛んできたサラが意外にも寂しそうに孤立している姿が著者の記憶に残っていた。

サラの死後、著者は祖母が残した段ボール箱をさぐる。さまざまな書類や写真、さらにはピカソと撮った写真、ピカソ直筆の絵まで入っていた。著者はこのめまいのするような資料をほぐし、サラの兄が残した覚え書きを頼りに生き残った親類を訪ね歩き、1920年代にパリに逃避した3兄弟と美貌の妹のドラマを18年かけて再構築したのである。3兄弟はカフカ作品から1人、『三銃士』から2人を選抜したような青年たちだ。自力で裁縫を学びパリのオートクチュール界で名を馳せるアレックス、破産宣告後なにくそとコピーマシンを発案して財をなすアンリ、だがジャックはアウシュビッツへ送られてしまう。それにしてもなぜ、戦後40年のノルマンディーの浜辺でサラは皆と打ち解けず寂しげだったのだろう?

抜群のおもしろさはさておき、著者はミッテランからトランプまでの政策批判という極めて現代的な視点を持ち出して大戦時の織物を照射してみせる。その手業はガーディアン紙現役記者としての本領発揮か。

なぜ18年もの年月を要したかについて、著者はこのように説明している。「ホラ吹きという噂があったアレックス大伯父の物語がおもしろすぎて、裏を取るのに時間がかかったのです。まさかすべてが真実だったとは!」

■あふれかえるビートルズ本、新機軸で勝負の一冊

ビートルズ関連本というのは何百冊とあるらしく、手元にある二十数冊をながめて、なんだ、これは氷山の一角かとため息をついた。今年8月に、あの陰気な映画『レット・イット・ビー』の元になったフィルムを編集し直した明るい(という噂の)『ザ・ビートルズ: Get Back』が封切りとなる。こうした流れに乗って、数年前からまたビートルズ本が増えてきた印象があるが、そのなかでも本書『One Two Three Four: The Beatles in Time』はベイリー・ギフォード賞を受賞したということで注目度が高い。

600ページを超える、この分厚い本は何と150章に細かく分割され、オーソドックスな伝記的情報だけでなく、アメリカの熱狂的ファンからの手紙やら、英国エスタブリッシュメントによる時代錯誤的批評、あるいはビートルズによって(彼らのせいというよりは自業自得)人生の落伍者にされた人々、『ヘイ・ジュード』に仰天し嫉妬をたぎらすミック・ジャガー等々、あたかもセロファンと羊毛とクロコダイルの革というように異質な手触りの素材を、必ずしも時系列的にではなく並べた、コラージュのような作品である。その風変わりなテクニックが、ビートルズという現象を60年代の空気感の中にホログラムのように立体的に浮かび上がらせる、という効果を生み出すのに寄与しているようだ。戦後の英国社会(ないしは世界)がビートルズによってどれだけ劇的に変化したか、それを実感させる社会史的読み物とも言えるだろう。

私の人生はビートルズ、というコアなファンだけでなく、彼らの音楽は好きだけれど、伝記を買って読むまででもない、という読者層に一番訴える本かも知れない。そしてその点が、結構お堅い書籍を選んできたベイリー・ギフォード賞受賞の理由なのではないかと思う。冒頭で触れたようにビートルズ関連本の多さはものすごく、情報や逸話はもはやそのオリジナルソースがわからなくなり、孫引き、曽孫引きが当たり前になっている。素材は出尽くしました、という感じだ。今後は本書のようなプレゼンテーションの新機軸で感心させるしかないのか。

■人種差別、資本主義には不可欠だった

要約をこばむ文章というのがある。要約を書こうとすると元より数倍長くなってしまう濃密な文章。本書『What White People Can Do Next』はそうしたたぐいの本であり、これまでの12年間ここでレビューしてきた本の中では最も薄いが、ページあたりのカロリーは最も高い。

著者はナイジェリアン(ヨルバ族)とアイリッシュの血を引くダブリン生まれの女性。昨年春に出てベストセラーになった『Don't Touch My Hair(私の髪をさわらないで)』に続く人種差別弾劾の本。といっても白人相手にその間違いを問うたり、黒人に自分たちの権利を説くタイプの本ではなく、白人がなぜ優越人種になったのか、白人優越の制度化の歴史、白人という記号の硬直性、などを呈示し、人種差別というものが資本主義システムにとって不可欠であったことを構造的に解いてゆく。

白人優越の起源は興味深い。17世紀半ば、カリブ海の植民地に黒人奴隷を連れてきた英国人は、本国から白人労働者も連れてきていた。この段階で、黒人奴隷と白人労働者の労働条件に違いはなく扱いは同等であったことが裁判記録などから読み取れるらしい。黒人・白人は同僚労働者であり、次第に過酷になる英国人権力者に対して連帯して対峙する。これに危機感を抱いた英国人権力者側は、白人労働者に対し若干の権益をちらつかせて自分たち側に取り込み「我々白人」という仲間意識を醸成する一方、黒人は劣等というラベルを貼り、黒人・白人労働者連合の分断を図った。つまり英国の真の権力者たちが、自分たちの既得権益を守るために、本来何の権力も持たぬ貧しい白人を「白」という一点で自分たち側につけて補強役に使ったというわけだ(誰かのやり口に似ている)。

本書の魅力はこうした歴史的分析だけでなく、アイルランド出身の著者ならではの興味深い視点にもある。アイルランド人はアイルランドにいる限り英国人から人種差別を受けていた。しかし渡米すると「白人」という優越的扱いを受ける。苦労せずして得た既得権(unearned privileges)を享受できるというわけだ。その特権を盤石なものにするために、移民アイリッシュは黒人を蔑視するという態度を取る。黒人が権利を得てしまったら自分たちの権利が薄まるから人種差別主義者になり、白い肌は特権にアクセスする「記号」となって固定されてゆく。

新書サイズ160ページほどで人種差別問題を新たな観点から学べる良書である。

英国のベストセラー(ペーパーバック、ノンフィクション部門)

4月10日付The Times紙より

『』内の書名は邦題(出版社)

1 Playfair Cricket Annual 2021

Ian Marshall イアン・マーシャル

毎年この季節にベストセラーに躍り出るクリケット試合データ集。

2 House of Glass: The Story and Secrets of a Twentieth-Century Jewish Family

Hadley Freeman ハドリー・フリーマン

東欧のユダヤ人迫害を逃れて1920年代のパリに移住した家族の伝記。

3 The Salt Path

Raynor Winn レイノー・ウィン

ホームレスになった夫婦が英国沿岸1000キロを踏破する。

4 Invisible Women

『存在しない女たち: 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』(河出書房新社)

Caroline Criado Perez キャロライン・クリアド=ペレス

統計資料から医療研究に至るまで、根強く潜む性差を暴露する。

5 What White People Can Do Next

Emma Dabiri エマ・ダビリ

米国の人種差別議論から英国・アイルランド発の議論展開の勧め。

6 Roast Chicken and Other Stories

Simon Hopkinson, Lindsay Bareham サイモン・ホプキンソン、リンジー・ベアハム

26年のロングセラー、おしゃべり体で書かれた英国料理レシピ。

7 One Two Three Four: The Beatles in Time

Craig Brown クレイグ・ブラウン

昨年のベイリー・ギフォード賞受賞作、ビートルズ伝記の新機軸。

8 Becoming

『マイ・ストーリー』(集英社)

Michelle Obama ミシェル・オバマ

合衆国第44代大統領バラク・オバマの妻、ミシェルの自伝。

9 The Power of Now

『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』(徳間書店)

Eckhart Tolle エックハルト・トール

スピリチュアル界の指導者が「今」を生きることの重要性を説く。

10 Who Moved My Cheese?

『チーズはどこへ消えた?』(扶桑社)

Spencer Johnson スペンサー・ジョンソン

チーズを人生の目標の暗喩とし状況変化にいかに対応するかを説く。