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北朝鮮の戦争は「速戦即決」 最悪のシナリオに備える米韓

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
2020年10月10日の軍事バレードに参加した北朝鮮軍兵士=労働新聞ホームページから

韓国国防省の元幹部らによれば、米国防情報局(DIA)と韓国国防情報本部は年2回、北朝鮮軍の脅威を分析する定例協議を行っている。無線傍受で得た部隊の動き、人工衛星や高高度偵察機から撮影した核関連施設の画像、軍事パレードに登場した新兵器の評価などだ。国防白書には、この協議で合意した内容が反映される。

今回の白書は、北朝鮮の戦争シナリオについて「非対称戦力に頼り、奇襲攻撃を試みる。有利な状況を作り出した後、早期に戦争を終結させようとする可能性が高い」と解説する。この戦略には、北朝鮮の置かれた苦しい状況が反映されている。

北朝鮮の通常兵器は老朽化が著しい。空軍の主力戦闘機のミグ21は、ベトナム戦争当時に活躍した兵器。韓国軍の最新鋭ステルス戦闘機F35には全く歯が立たないとされる。陸軍の主力戦車も、1970年代に生産が終了したとされるT62だ。

国際社会の厳しい制裁によって、燃料の供給もままならない。空軍パイロットの年間飛行時間は20時間程度とみられている。韓国の10分の1程度だ。昨年10月10日の軍事パレードの際に公開された映像では、空軍パイロットが飛行機のミニチュアを持って訓練をしている様子が写っていた。韓国国防省の元幹部によれば、北朝鮮が大規模な野外機動訓練を行ったのは、戦車や装甲車約3千両が動員された2000年1月の訓練が最後だった。

10月10日の軍事パレードで登場した新型の大陸間弾道弾(ICBM)=労働新聞ホームページから

国連制裁により、北朝鮮は現在、年間の石油精製品輸入量が最大50万バレルに制限されている。国連資料などで明らかになった密輸などを合わせても、昨年は200万バレル(約6万8千トン)程度の輸入にとどまり、燃料不足は深刻だ。北朝鮮の現状は戦前、米国による石油禁輸に苦しんだ日本と似ている。

戦争の長期継続が難しい北朝鮮が選んだのが、国防白書が指摘する「速戦即決」戦略だ。日本軍の場合は、当時は珍しかった航空兵力を使った真珠湾奇襲攻撃を行った。

北朝鮮にとっての「真珠湾攻撃」とは何か。2015年8月、南北軍事境界線で起きた木箱地雷爆発事件の際、北朝鮮軍が取った行動がヒントになる。韓国軍などによれば、北朝鮮軍は当時、日本海側で潜水艦約50隻を緊急出航させた。比較的水深が浅い半島西側の黄海では、多数のホーバークラフトが前進配備された。軍事境界線沿いには、スカッド短距離弾道ミサイルなどが展開した。

米韓両政府は当時、潜水艦とホーバークラフトは、特殊部隊の展開用だったと分析していた。韓国の国防白書は北朝鮮の特殊部隊員を約20万人と推計する。このうち、韓国の主要都市などに浸透して、要人暗殺や社会インフラの破壊、社会的混乱を起こす特殊部隊員が12万人、軍事境界線近くや平壌で防衛任務にあたる軽歩兵が8万人いるとみられている。

1996年9月、韓国・江陵沖で座礁した北朝鮮のサンオ級潜水艦=東亜日報提供

国防白書によれば、弾道ミサイルを配備した戦略軍の下に置かれた旅団も2年前の9個から13個に増えた。北朝鮮軍は弾道ミサイルの種類ごとに旅団を作っており、増えた4個旅団は、2019年春から試射を繰り返した、ロシアのイスカンデル短距離弾道ミサイルに似たKN23や米国のATACMSミサイルに似たKN24などが配備されたとみられる。

米韓両政府は、北朝鮮が短距離弾道ミサイルで遠距離の都市のほか、飛行場を集中的に攻撃すると予測している。米韓両軍の航空兵力を使用困難に陥れ、制空権を奪われる時期をできる限り遅らせようという作戦だ。軍事境界線から近い首都ソウルには、境界線沿いに300門前後配備した長距離砲で攻撃を加えるだろう。

そして、特殊部隊の浸透とミサイル攻撃の前に行われるのがサイバー攻撃だ。国防白書は、北朝鮮が約6800人のサイバー戦要員を確保し、最新技術の研究開発を続けていると指摘した。韓国国防省の元幹部は北朝鮮によるサイバー戦について「まず、偽情報などを流して韓国社会の不安をあおり、混乱させる。GPS(全地球測位システム)の妨害もあるだろう」と語る。

北朝鮮が2019年10月に発射した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3」型=労働新聞ホームページから

では、北朝鮮が保有数50個とも60個とも言われる核兵器を使うことはあるだろうか。

韓国の専門家のなかには、朝鮮半島有事の際に米軍の拠点になると予想される日本への核攻撃を予想する声もある。日本の防衛白書も昨年、北朝鮮には日本を核攻撃する能力があると指摘した。自衛隊関係者の1人は「北朝鮮も、米国を本気で怒らせたら自滅することはわかっているはずだ」と述べ、核兵器の使用には慎重になるのではないかと指摘する。

しかし、第2次世界大戦当時、追い詰められた日本軍部のなかでは「本土決戦」を叫ぶ声があった。北朝鮮で徹底抗戦の声が出ても不思議ではない。米韓はすでに「最悪のシナリオ」に備えている。

米韓連合軍は2015年、新たな作戦計画「5015」を策定した。北朝鮮による弾道ミサイル発射の兆候をつかんだ後、30分以内に北朝鮮内にあるミサイル発射拠点や司令部、レーダー基地など約700カ所の戦略目標を攻撃する。北朝鮮が一気に戦局を決するため、核も含めた全面攻撃に出てくる可能性があると予測しているからだ。

朝鮮戦争も、北朝鮮軍による奇襲攻撃で始まったが、1950年6月から53年7月まで3年あまりも続いた。戦争の現場は主に前線にあり、南北で500万人とも言われる死傷者を出した。「5015」は作戦開始から5日間での戦闘終結を目指すが、犠牲者が何人になるのかはわからない。