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ついにコロナ感染疑いを発表した北朝鮮 関係各国は事前にどこまで知っていたか

北朝鮮インテリジェンス
新型コロナウイルス感染が疑われる事件発生を受け、平壌で緊急に開かれた朝鮮労働党政治局非常拡大会議に出席した金正恩党委員長=労働新聞ホームページから

北朝鮮の朝鮮中央通信は726日、韓国に逃走して以来3年ぶりに北朝鮮・開城市に戻った人物に、新型コロナウイルスへの感染が疑われる例が発生したと報道した。

北朝鮮はこれまで、コロナ感染者はいないと主張し続けていた。が、もちろん、国際社会は北朝鮮の主張を信じていなかった。日本の関係当局は首相官邸に、北朝鮮で新型コロナの感染が拡大しているという情報を報告していた。

関係当局の判断の背景には、様々な公開情報とヒュミント(人的情報)があった。

北朝鮮は6月16日、開城市にある南北連絡事務所を爆破し、さらに南北軍事境界線近くで軍事挑発を行う構えをみせた。ところが、北朝鮮は623日、突然一連の行動を留保した。金正恩朝鮮労働党委員長の実妹、金与正氏は710日に発表した米朝首脳会談に関する談話で「我々を刺激したり、手出ししたりしなければ万事がスムーズに運ばれるだろう」と語った。余裕がないから放っておいて欲しい、というメッセージにも聞こえた。

朝鮮戦争の休戦協定67周年にあたる727日、金正恩氏は全国老兵大会で演説したが、米国はおろか韓国に対する批判もなかった。

平壌で7月27日に開かれた全国老兵大会で演説する金正恩氏(中央奥)=労働新聞ホームページから

日本側はこうした北朝鮮の行動変化に、新型コロナなどの蔓延によって社会が機能停止している可能性があるとの見方を強めた。実際、北朝鮮と連絡を取る脱北者らからは「市民のマスク着用を義務化した」「学校が臨時休校になった」など、新型コロナと闘う国際社会と同じ現象が北朝鮮で起きているとの情報もあった。

平壌で7月半ば、約30世帯ごとにつくられる人民班で、せきや発熱などの症状がある市民の徹底的な隔離が行われた。社会安全省(一般警察)も巡回し、人民班長が報告したせき・発熱の症状がある患者を平城市など平壌郊外の隔離施設に移したほか、死者はすぐに火葬にする作業が進められた。

日本政府は、日本海側の江原道元山などの別荘に滞在していた金正恩氏の平壌帰還を前に、清浄地域を設ける作業に入ったと判断した。日本政府の分析通り、北朝鮮は726日から3日連続で、金正恩氏の公開活動を伝えた。

北朝鮮で新型コロナウイルスが蔓延しているのは間違いない。しかし、感染者や死亡者がどのくらいいるのか、という点については分析が進まなかった。

その理由のひとつは、北朝鮮の貧弱な医療体制にあった。南北関係筋によると、そもそも北朝鮮にはコロナ感染の有無を調べるPCR検査機器が、高官専用の平壌・烽火(ポンファ)診療所に1台しかなかった。正確にコロナ感染者が何人いるのか判断がつかなかった。

国連やロシア、中国などが検査キットを支援したが、北朝鮮はコロナ感染が疑われる患者の隔離措置をとる一方、検査はほとんど実施しなかった。

米政府系の放送局、自由アジア放送(RFA)によれば、世界保健機関(WHO)は716日現在、北朝鮮でコロナの感染検査を受けた市民は、わずか1211人しかおらず、すべて結果が陰性だったと説明している。

関係政府の一人は「北朝鮮にとっての保険医療は、最高指導者の健康を維持するためにある。一般市民の健康維持に関心がないのかもしれない」と語る。

北朝鮮の防疫作業の様子=労働新聞のホームページから

さらに、保健衛生が劣悪な北朝鮮の状況が、新型コロナによる感染状況の正確な分析を難しくしている。北朝鮮では現在、コロナだけではなく、アフリカ豚コレラやパラチフスも流行しているからだ。

北朝鮮は71日から6日まで中朝国境を物流に限って開放した。日本政府はこの間、130台前後のトレーラーが物資を満載して中国から北朝鮮に移動する様子を確認していた。

しかし、この動きは77日に中断した。理由については新型コレラともアフリカ豚コレラとも言われた。パラチフスも梅雨時に猛威を振るい、平壌を含む各地で死者が多数出ているという情報が、脱北者などから寄せられていた。

北朝鮮で伝染病がはやり、少なくない被害が出ているのは間違いない。日本政府はそう分析した。

しかし、被害の原因が新型コレラなのか、アフリカ豚コレラ、あるいはパラチフスなのかはわからなかった。脱北者らが伝える情報では、北朝鮮での死者は数百人から数千人に及んでいるようだったが、北朝鮮当局自体も、詳しい死因を判定しかねているようだった。北朝鮮は隔離措置をするのが精いっぱいで、伝染病の原因を突き止め、医療措置を取る余裕もない様子だった。

では、北朝鮮はなぜ、新型コロナウイルスへの感染が疑われる事件が発生したと認めたのだろうか。平壌と連絡を取り合う高位脱北者の一人は「韓国に公然と医療支援を要求できると判断したからだろう」と語る。

国際社会からの制裁に苦しむ北朝鮮は今、中国からの支援を頼りにしている。朝鮮中央通信は最近、香港問題などで中国を批判する米国を批判している。中朝関係を気遣う北朝鮮は、中国からコロナが流入したとは言い難い状況にあったというわけだ。

しかし、今回、感染が疑われているのは南北軍事境界線を越えて、韓国から北朝鮮に戻ってきた脱北者だ。北朝鮮は中国に気兼ねせず、かつ韓国に対してコロナ感染の責任を追及できるというわけだ。北朝鮮内では、伝染病の拡大で指導部への不満が高まっていたとされ、これ以上、コロナ感染の事実を隠せないという判断もあったのだろう。

北朝鮮との軍事境界線を示す看板。「南方限界線 非武装地帯 立ち入り禁止」と書かれている。奥に見える山の向こうは北朝鮮だ=2018年2月、韓国・江原道楊口郡、高野遼撮影

そして、北朝鮮は今後、国際社会に対してどのような行動を取るのだろうか。

伝染病と悪戦苦闘している北朝鮮がすぐ、国際社会に対して挑発行動を取るとは考えにくい。むしろ、国内を沈静化させるため、国際社会と協調して、コロナ対策の支援を求めるかもしれない。

ただ、この間の北朝鮮の行動は、それは国際社会が取り組む公衆衛生の概念とはほど遠い。最高指導者の都合を優先した独裁政治そのものだ。一時的にコロナの押さえ込みに成功したとしても、金正恩氏の独裁体制が揺らぐ一つの契機になったとみて間違いない。