1. HOME
  2. World Now
  3. 報道写真コンテスト受賞者が安田菜津紀さんと語る カメラを持ち、現場に立つ意味 

報道写真コンテスト受賞者が安田菜津紀さんと語る カメラを持ち、現場に立つ意味 

世界報道写真展から――その瞬間、私は
千葉さんの受賞作「Straight Voice(まっすぐな声)」(写真は© Yasuyoshi Chiba / AFP)

■暗闇に響いた声、「彼しかいない」と撮った

大賞を受賞した千葉さんの写真は「Straight Voice(まっすぐな声)」。舞台はアフリカ・スーダンの首都ハルツーム。長期独裁政権が倒れた後に実権を握った軍に対するデモが続いていた。20196月、ある集会で、抗議の詩を叫ぶ15歳の若者を写した。

「静かな熱量がじわじわと伝わってくる写真。この少年が詩を歌っていると知ると、写真のとらえ方や深みが変わってくる」。この写真を見た安田さんの評だ。 

People chant slogans as a young man recites a poem, illuminated by mobile phones, before the opposition
今年の世界報道写真コンテストで大賞を受賞した千葉康由さんの「Straight Voice(まっすぐな声)」©Yasuyoshi Chiba/AFP

千葉さんが取材した当時、当局は電気やインターネットを止めて抗議活動を沈静化させようとしていた。それでも各地で民衆の抵抗が続いていた。

「暗闇の片隅で手拍子が始まり、何人かが交代でリズム良く言葉を発している。真ん中の少年の真剣な表情が目を引いて、彼以外ないなと思って、ずっと彼を撮っていた」と千葉さんは振り返る。「言葉が矢のように夜空に向かって飛んでいっているような、そんな感じがした」。

停電だったことも写真を印象的なものにした。「人々が携帯電話でその場を照らしていた。それがドラマチックな雰囲気を出してくれた」

千葉さんが大賞を受賞した写真を撮った際に写した集会の様子(写真は©Yasuyoshi Chiba / AFP)

集会には、小さな子どもや女性の姿も多く見られたという。「子どもたちは笑っていて、なんだか大人が真剣なことやっているぞと。そんな大人の姿を見て、次第にそういうところにどんどん入っていく。15歳だけど、あれだけ真剣にできるというのには、こういう下地があった。素晴らしいと思った」。アラビア語の詩は、市民の間で抗議活動中ずっと歌われていたもので、「詩を読むことは簡単にできることではないが、それを(人々の間で)共有している、そんな生活の背景にあるものも伝えられることができた」と千葉さんは語った。

■現地の人々との関係がものを言う

取材は危険と隣り合わせだった。この写真を撮った翌日にも、正体不明の2人組の男にカメラを取り上げられそうになったという。千葉さんはフランスの通信社、AFP通信のナイロビ支局に所属している。アフリカ取材が長い千葉さんだが、「常に誰かに見られているような、気味が悪い状況の中で取材したのは初めて」と振り返った。

初めての土地で取材活動をすることも多い。「知らないところに行くときは、その土地の人に一緒にいてもらう。悪いことが起きるのを未然に防ぐ」ことが大事だという。

安田さんが自身の取材経験から「緊迫した現場だからこそ、どんな方とどんな関係を結ぶかが物を言ってくる」と応じると、千葉さんは2009年の報道写真コンテストで初入賞した際の写真を例に挙げた。

千葉さんが撮影した、弓矢での戦闘シーン。2009年の報道写真コンテストで入賞した(写真は ©Yasuyoshi Chiba / AFP)

それは、マサイ族が弓矢を使って敵対勢力と戦う戦場を木の幹の陰から撮影した一枚だ。マサイ族の友人から「戦闘が始まりそうだ」と連絡を受けて駆けつけたという。「戦闘があるということだけでもショックなことだったが、弓矢を使って広範囲の統制を保ちながら戦えることにも驚いた」。その後、少年から大人になる通過儀礼なども取材し、自然の中で生きるすべを身につける部族の風習を目の当たりにしたという。

また千葉さんは、日々のニュースを伝えること以外にも、歴史に残るアーカイブとして積み重ねる側面も意識しているという。「ニュース性のない写真は実は撮るのがすごく難しい。でも、そこにも時間を割いて撮っていきたいと思っている」

千葉さんが東日本大震災の時に写した、がれきの中から娘の卒業証書を見つけた母親の写真(写真は©Yasuyoshi Chiba / AFP)

■「人の不幸で食べているのでは」の葛藤

黒川さんの受賞作は20191月、ケニアの首都ナイロビの高級ホテルが、ソマリアを拠点とするイスラム過激派組織に襲撃された現場で撮影したものだ。爆発があり、すぐに現場に行くと、警察官が数人いるのみ。実行犯はまだ見つかっていなかった。警察に追い出されるのを避けるため茂みに隠れていると、特殊部隊が到着。列をなして逃げる女性のすぐ横で銃を構える緊迫の場面を撮った。

今年の世界報道写真コンテストの「スポットニュース部門」で入賞した黒川大助さんの「ナイロビのデュシットD2ホテル襲撃」©Dai Kurokawa/EPA

この事件では、最終的に襲撃犯5人全員が殺害されたが、現場に居合わせた利用客ら20人以上が死亡し、制圧作戦は20時間に及んだ。

安田さんが注目したのは、黒川さんの位置取りだ。「特殊部隊と犯行グループの間にいたんですね」と驚きを隠さなかった。この事件はのちに、トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と承認したことへの報復、とする犯行声明が出されたが、「この1枚の中だけでも、ケニアとソマリアだけでなく、アメリカ、イスラエル、パレスチナの存在も見えてくる」と話した。

モデレーターを務めた安田菜津紀さん

受賞を知り、黒川さんはまず「ほっとした」という。「10年いたケニアの写真で賞をいただけた。長い間いたところなので、うれしかった」。だが、一方で複雑な思いも抱えているという。「戦争や紛争や災害、そうした現場にいると、人の不幸や悲劇で食べているのではないかなという思いはずっとつきまとっている。(フォトジャーナリストとして)それが一番つらい」

フォトジャーナリストという職業について、黒川さんは「良いときには、自分たちの人生に意義を与えてくれた職業」だという。同時に、「自分たちから多くのものを奪っていった職業でもある。普通に生活を送っていくのは難しい」とも話した。

イベントで話す黒川大助さん

黒川さんは、これまでのアフリカ取材で印象的だったこととして、ブルンジで起きた民衆蜂起を挙げた。

取材をしていると当局に邪魔されたり、嫌がらせを受けたりすることが多かった。だが、地元の人たちが身をていして守ってくれたという。「やっぱり僕たちは、地元の人たちから『ここにいてほしい』と思ってもらえないと良い写真は撮れない。『僕たちのことを伝えてほしい』と彼らが思ってくれないと」と強調する。「ブルンジは小国で資源もないし、世界の重要な国でもないけど、そこに住んでいる人たちは僕たちと変わらない同じ人間。(小国で)ニュースにならないからといって、取材しないという選択肢はない」。

千葉さんもこの黒川さんの意見には深くうなずいた。「現地の人が助けてくれる裏側にあるのは、『守ってもらいたい』という気持ち。僕らがいることで、警察は暴力をふるえない」と話した。「警察が来そうだから来てくれ」と取材先から電話を受けて駆けつけることもあるという。「証人としてその場にいることの役割の重要さを感じる」と語った。

■モノクロで写すコロナ禍の東京

新型コロナウイルスの感染が世界に広がる中、千葉さんは3月、一時帰国していた日本から拠点とするケニアに戻り、取材を続けている。日夜治療にあたる医療従事者を励ますために開かれたダンス教室も撮った。「印象的だったのは、この状況の中でもプラスに捉えていること。(看護師たちは)これまで、自分たちの仕事がここまで重要だとは言ってもらえなかった。(支援により)医療機器も集まってきていて、この状況の中でもポジティブに仕事をしていた」と話す。

千葉さんが撮影した、ケニアの医療従事者を励ますために開かれたダンス教室の様子(写真は©Yasuyoshi Chiba / AFP)

黒川さんはコロナ禍の東京を題材に、モノクロで写真を撮った。「決して明るい気分で明るいものを撮ったわけではないので」というのがその理由だ。モノクロで撮ると際立つのが、街ゆく人が着けているマスクの白さ。「マスクというのは、写真で言えばこの時代のシンボル的なモチーフ。白黒にすることでビジュアル的に目立つ存在になる」 

品川駅で黒川さんが写したコロナ禍の東京の写真 ©Dai Kurokawa/EPA=時事

イベントの視聴者からは、千葉さんと黒川さんに、「報道写真に携わろうと思ったきっかけは?」「影響を受けた写真家は?」といった質問が寄せられた。

千葉さんは「ネパールを旅した後、写真を現像すると、自分が忘れていたそのときの感情や意図を思い出すことができた。そこに写真の面白さを感じて仕事にしたいと思った」というのがきっかけだったという。「新聞社ならいろいろなところへ行ける」と思い、朝日新聞社に入社、2007年に退職するまで写真記者を務めた。

また、「悩んだときには今でも写真集を見返す」写真家として、独特な存在感を持つスナップ写真で知られる須田一政さん、幼少期に患った病と向き合い、36歳で早世した牛腸(ごちょう)茂雄さんを挙げた。海外では写真家集団マグナム・フォトのアレック・ソスさんを挙げ、「何げないストリートフォトの中に、計算されたような構図がある。偶然のチャンスをつかむ。自分もそういう風に撮りたい」と話した。

イベントでは視聴者からの質問コーナーもあり、千葉さんと黒川さんが答えた

黒川さんは都内の通信会社に勤めていたが、20代後半に会社を辞めてフリーランスに。「スーツを着てネクタイを締める仕事は自分にはできないのではないかと思って」。影響を受けた写真家としては、「若いころはたくさんの写真家の写真を見て勉強したが、その世界に入ると彼らと競争しなければならない立場になる。誰とは決めていなくて、同僚、同志の写真に勉強させてもらっている」と話した。

■つらいときはどう切り替える?

「つらい気持ちや苦しい気持ちになるときは、どのように切り替えますか?」という質問に対する2人の答えからは、フォトジャーナリストとしての葛藤がにじんだ。

千葉さんは、「この仕事の良いところでもあり、悪いところでもあるのが『公私混同』。仕事と自分の生活の境目がすごくあいまい」だという。そんな中では、自分の心のスイッチを切り替えられるかが大事だ。「実は高いところが嫌いだが、ドアがないようなヘリコプターに乗ってファインダーをのぞくと、違う世界にいるような感覚になるときがある。状況を伝えるという責任感で頭がいっぱいになる」と話す。

黒川さんも「ファインダーをのぞくと、現実感がないというか、物語を見ているような錯覚を受けることはある」といい、「常識で考えられないようなことが起きる。カウンセリングを受けたりしながら、自分の感情と向き合って、うまく対処するテクニックを身につけていくしかない」と語った。

モデレーターの安田さんは「(つらい思いをするのは)現場に行く人の自己責任という人もいるが、取材者のケアも必要。人の不幸で食べているのでは、という葛藤はそれぞれの(写真家の)中にあり、それを割り切らないで向き合い続けるのが私たちの仕事の一部なんだと思う。そうした葛藤の中から表現をしていくので、視聴しているみなさんにも受け止めてもらえたらうれしい」と締めくくった。

イベントで話す(左から)望月洋嗣GLOBE編集長、モデレーターの安田菜津紀さん、黒川大助さん

千葉さんや黒川さんの受賞作を掲載した世界報道写真展2020の公式カタログは、朝日新聞SHOPで販売している。

オンラインフォーラム「混迷の世界を撮る」から