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改憲の勝負所でプーチンが切った「愛国」カード

迷宮ロシアをさまよう
Russia's President Vladimir Putin and Defence Minister Sergei Shoigu leave after the Victory Day Parade in Red Square in Moscow, Russia, June 24, 2020. The military parade, marking the 75th anniversary of the victory over Nazi Germany in World War Two, was scheduled for May 9 but postponed due to the outbreak of the coronavirus disease (COVID-19). Sputnik/Ekaterina Shtukina/Pool via REUTERS  ATTENTION EDITORS - THIS IMAGE WAS PROVIDED BY A THIRD PARTY.
赤の広場で開かれた対独戦勝記念のパレードに参加したロシアのプーチン大統領=2020年6月24日、モスクワ、ロイター

新型コロナで狂った日程

今年に入ってからのロシア政治の動きを改めて振り返ってみると、年明け早々、1月15日にプーチン大統領が年次教書演説を行い、憲法改正を提案するとともに、内閣を交代させるという大きな出来事がありました。

当初、プーチンの改憲提案は、自らの任期が切れる2024年以降も、何らかの形で権力を保持し、「院政」を敷くための布石との見方が有力でした。しかし、3月10日に、憲法改正案に新たな条項が加わりました。女性初の宇宙飛行士として国民的英雄のテレシコワ下院議員が提案したもので、既存の大統領経験者の任期は、今後大統領の任期をカウントする上で「なかったこと」にする、つまりプーチンがまっさらな状態で次期大統領選に出馬することを可能にするというものでした。結局、プーチンに院政を許すどころか、プーチン政権をそのまま延長することを可能にする憲法改正案が、国民投票にかけられることになったわけです。

その国民投票の実施日は、当初4月22日に設定されました。この日は、ロシア革命の指導者であるレーニンの誕生日であり、しかも今年は生誕から150年という節目の年でした。プーチン政権としては、偉人の生誕150周年を、愛国的なムードの高揚に利用して、圧倒的な多数で改憲への賛意を取り付けたいという思惑があったのでしょう。さらに、5月9日には対独戦勝75周年式典という大イベントも控えており、この一連の流れを足掛かりに、体制をより一層盤石なものにしようという狙いだったはずです。

しかし、ロシアでも新型コロナウイルスの感染が拡大し、国民投票や戦勝75周年式典の早期実施は現実的でなくなります。プーチン大統領としては、政権の浮沈を左右しかねない2つの重要な政治イベントの日程で、誤算が生じた形です。

3月25日には、改憲国民投票の延期が発表されました。そして、プーチン政権は同日、新型コロナ感染拡大を食い止めるため、3月28日から4月5日までを休日に指定。その後の延長で、この特別休業は5月11日まで続くことになります。4月16日には、対独戦勝75周年式典の延期も発表され、5月9日当日には軍事パレードではなく「航空パレード」のみが実施されました。

結局、プーチン大統領は5月26日、延期されていた対独戦勝75周年の軍事パレードを、6月24日に実施すると発表します。さらに6月1日には、改憲を問う国民投票を7月1日に実施すると決定しました。軍事パレードからちょうど1週間後に国民投票というタイミングになります。

なお、軍事パレードが6月24日になったのは、ナチス・ドイツに勝利した直後の1945年6月24日にモスクワの赤の広場で「勝利のパレード」が行われたのに合わせたものです。この連載では以前、「日ロ関係を左右しかねないロシアが第二次大戦終結記念日を1日ずらした理由」の回で、9月3日の対日戦勝記念日に75周年の軍事パレードが行われることになれば日露関係に悪影響が及ぶという懸念を表明しましたが、そのシナリオはひとまず回避できました。

今一つ高まらない政権の求心力

それでは、ロシアの一般国民は、この間の成り行きをどのように見ていたのでしょうか。全ロシア世論調査センターという機関が、国民の主な政治家に対する信頼度を毎週調査しているので、上掲のとおり、プーチン大統領への信頼度を図にしてみました。なお、日本の内閣支持率などと違い、ロシアのプーチン支持率の数字は、ほとんど動かないのが特徴であり、その中からわずかでも風向きの変化を見てみようという趣旨です。

まず、1月15日にプーチンが改憲の意向と内閣の交代を発表したことは、国民から好意的に受け止められたようで、プーチンへの信頼度は高まりました。不人気だったメドベージェフ首相が退任したことに加え、プーチンは単に政治改革を行うだけでなく、ナショナルプロジェクトの推進を通じてロシアの積年の課題を解決すると表明したので、国民は期待したのでしょう。

しかし、3月10日にプーチンの任期を初期化する改憲案が明らかになると、国民はどちらかと言うとそれを冷ややかに受け取ったようです。それでも、国民向けの演説で特別休日を発表するなど、コロナ対策でのリーダーシップが評価されたと見られ、3月末から4月にかけて国民のプーチン信頼度は盛り返します。ただ、それも長続きせず、コロナ危機が続く中で、4月以降プーチン信頼度はやや目減りしたように見えます。

このように、本来であれば国民投票と対独戦勝75周年で、政権基盤をより一層盤石にするはずが、コロナ危機と、それに起因する政治日程の乱れにより、プーチン政権は思うように求心力を発揮できないでいました。来たる国民投票で、改憲への賛成票が過半数に上ること自体は、間違いないところです。しかし、プーチン政権としては、高い投票率で、圧倒的多数で支持される必要があります。そもそも、改憲の手続き上、国民投票は必須ではなく、にもかかわらずプーチンは「国民の賛意が得られなければ改憲は白紙」と大見得を切って国民投票に踏み切っているわけで、辛勝では意味がないのです。

対独戦勝75周年軍事パレードを翌日に控えた6月23日、プーチン大統領は国民向けの動画メッセージを発表しました。コロナ危機が発生してから5回目のメッセージでしたが、今回が50分と最も長いものでした。この中でプーチン大統領は、ここまでのコロナとの戦いを総括し、企業と国民を支援するための方策について語った上で、新しい憲法の規定こそ社会・経済政策の改善を担保するものだと主張し、国民に支持を訴えました。

軍事パレードに感じた違和感

対独戦勝75周年軍事パレードは6月24日、モスクワの赤の広場で、晴れ渡った青空の下、荘厳に挙行されました。筆者もその動画を視聴してみましたが、あれだけ大勢の人々がマスクもせずに一堂に会する様子を、久し振りに見たなという気がします(勲章を大量に身にまとった高齢の退役軍人もマスクなし)。外国の部隊を含め、1万4,000人の軍人がパレードに参加したということです。事前には「トランプ米大統領は行くのか?」「安倍総理はどうする?」といった注目点がありましたが、結局駆け付けたのは、ベラルーシ、カザフスタン、モルドバ、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、セルビアといったロシアとごく近い国々の首脳だけでした。ウクライナは招待もされなかったようです。

ただ、軍事パレードの動画を眺めていて、個人的にはモヤモヤした感情を抑えきれませんでした。一体、この人たちは何のために行進させられているのだろうか、と。もちろん、戦勝記念式典には戦没者を追悼するという意味もあり、筆者も、前線で若い命を散らした兵士たちや、ナチス・ドイツの殺戮の犠牲になった人々には、心から哀悼の意を表したいとは思います。

しかし、過去に亡くなった人たちを追悼するために、今日の人々の命を少しでも危険にさらす必要があるのでしょうか(現に、普段はモスクワだけでなく各地域でも戦勝記念日の軍事パレードが行われるのに、今回はコロナ感染防止のため40以上の地域で中止された現実がある)。さらに言えば、この軍事パレードは、今現在コロナ危機で苦しい思いをしている企業や市民、これからのロシアを担っていくような若い世代にとって、何かの足しになるのでしょうか。

やはり、コロナ感染が収束しない中でも、モスクワでの軍事パレードが強行されたのは、ロシアが勝者であり正義であるということを喧伝し、ひいてはプーチン政権の権威を内外に誇示するためだったと、考えざるをえないのです。

国民投票に向けたカンフル効果は?

軍事パレードと国民投票のかかわりにつき、ロシアの有識者のコメントを紹介してみましょう。

まず、政治工学センターのマカルキン副所長は、次のように述べています。「メインとなるモスクワでの軍事パレードは、通常の生活へと復帰したというシグナルになる。戦勝75周年の年に軍事パレードが行われないとしたら、間の抜けたものとなってしまう。政権当局は、愛国心が高揚し、軍事パレードが人々を結束させ改憲投票へと動員してくれると期待している。ただし、多くの人々は意見を変えないだろう。大祖国戦争(第二次大戦の独ソ戦)は、投票とはまったく無関係だからだ」

次に、金融大学政治学研究センターのサリン所長のコメントは、次のとおりです。「当局には、戦勝記念のパレードの助けを借りて、社会における楽観ムードを高め、人々を7月1日の国民投票に動員したいという思惑があった。ただ、実際はどうだろうか? 軍事パレードで高揚しているのは大統領の気分だけだ。彼はそれによる癒し効果を本当に信じている。実際のところ人々は無関心であり、経済も厳しいままだ。もしも、パレードの結果として感染が増えたら、国民は憤慨するだろう。ロシア国民は、当局がコロナの感染者数を過少発表していると疑っており、一連の地域で軍事パレードが中止されたこともそれを裏付ける格好となっている」

ロシア国民の多数派は、消極的にでも、プーチン体制を受け入れています。しかし、憲法改正のどさくさに紛れるような形で、プーチンが最長で2036年まで大統領を続けられるようになる点については、さすがに釈然としていないようです。

そうした中、政権当局は、大統領任期の問題などはおくびにも出さずに、ひたすら、「家族、子供、ロシアの文化と伝統、国の未来」といった肯定的なイメージに訴える宣伝キャンペーンを展開し、改憲への支持を訴えてきました。果たして、7月1日の国民投票で、ロシアの人々はどのような反応を示すのでしょうか。