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国谷裕子が世界経済フォーラム総裁に聞く この危機を未来に生かす私たちの選択

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世界経済フォーラム(WEF)のボルゲ・ブレンデ総裁(左)と国谷裕子さん=2020年1月、スイス東部ダボス、吉武祐撮影

国谷 新型コロナウイルスの感染が世界各地で広がっています。備えができていなかった今回の危機をどう捉えていますか。

ブレンデ そもそもの過ちは、感染症への備えが足りなかったことです。そのため何百万もの命と、何千万もの仕事が失われています。SARS(重症急性呼吸器症候群)やエボラ出血熱が起きても予防の動きは鈍く、医療従事者を守る装備品すら準備が足りませんでした。実は私たちは2020年版の「グローバルリスク報告書」で、見逃されがちなリスクとして、感染症を指摘していました。

国谷 自国を何とかしようとするあまり、国際的な連携や協力が不足し、医療品の取り合いすら起きています。主要20カ国・地域(G20)や欧州連合(EU)には存在感がありません。米国にいたっては、世界保健機関(WHO)への拠出を凍結すると言っています。マルチステークホルダーによる協力を増やす役割を自任してきたWEFとして、協力が進まない状況をどう見ていますか。

ブレンデ 同じ問題に直面していて、ウイルスには国境はないのですから、協力してあたるべきです。そうしないと、感染の第二波、第三波を防ぐことはできません。つまり私たちはみな同じ船に乗っているわけです。船が危なくなれば、一等客室だからといって安全ではありません。そしてもっと、医療や生活、経済面のすべてで大きな打撃を受ける途上国のことを語るべきです。

2020年1月の世界経済フォーラム(WEF)年次総会で話すボルゲ・ブレンデ総裁=WEF提供

国谷 同じ船に乗っているわけですから、協力すれば感染も早く抑え込める。いたって合理的に理解できることなのに、実際にはそうなっていません。むしろ分断が進んでしまっています。

ブレンデ そうですね。国際的な協力が不足していることは、大きな試練です。一致して取り組まなければ解決できないという点では、気候変動の問題と同じです。温室効果ガスには国境はありませんから。一方で、連帯も生まれています。イタリアでは人々がバルコニーに出て歌い、心から互いを励まし合いました。どんな困難にも明るい側面があります。ワクチン開発ではEUが主導して90億ドルの資金協力が合意されました。日本も加わっています。

政府と民間との協力を強固にすることが重要です。WEFではコロナ問題に対応する「行動プラットフォーム」を2カ月前に作り、1千を超える企業が参加しています。グループごとにオンラインで意見交換し、35の対応策が練られています。ワクチン開発に関連するものやマスクや防護服の確保が先行していますが、これからどんどん具体化していきます。民間の力を結集し、各国政府や国際機関と連携して進めていきます。

2020年1月の世界経済フォーラム年次総会でグテーレス国連事務総長(右)と対談するボルゲ・ブレンデ総裁=WEF提供

■グローバル化のひずみ、修正する機会に

国谷 WEF50年間、政策決定者やビジネスリーダーが集まる場をつくり、国際政治や経済の議題を議論してきました。今後、最も重視するテーマは何でしょうか。

ブレンデ 3段階で考えています。まずは人命と人々の生活を守ることです。ほとんどの国が命を守ることに集中して取り組んでいますが、生活を守るためには感染の第二波を食い止めつつ対策を緩めなくてはいけません。それで秋にまたロックダウンということになってしまうかもしれません。非常に慎重な調整が求められます。

次の段階は学校や中小企業が活動をうまく再開できるようにすることです。そしてその次が、コロナ後の世界が分断されないようにすることです。互いにいがみ合うのではなく、世界経済を生き返らせるために山積する課題に協力して取り組まなくてはならないからです。

世界が成長を取り戻す唯一の道は、自由貿易の再開です。貿易とグローバルなバリューチェーン(価値の連鎖)は富を生み出す重要な役割を果たしてきました。保護主義的な政策をとる国が増えて分断が進み、冷戦のような状況になってしまったら、これまで手にしてきた成長を取り戻すことができなくなってしまいます。

国谷 第一段階と第二段階については、WEFは良い事例を共有する場になると思います。第三段階としての国際経済の立て直しは、50回目のダボス会議でステークホルダー資本主義をテーマに据えたとはいえ、なかなか難しいのでは。コロナの前より良くなるために、どのように呼びかけていきますか。

ブレンデ IMF(国際通貨基金)はかつての大恐慌以来の経済危機だと言っています。大恐慌の時には世界の貿易は半分となり、GDP(国内総生産)は25%減り、世界じゅうで大量の失業が起きました。これを繰り返してはなりません。

1990年と比べると、世界のGDPは倍になり、極度の貧困状況にある人の割合も40%から10%まで減りました。これは世界中で貿易が盛んになったからで、実に約4倍も増えたのです。比較優位にもとづく自由貿易と、世界じゅうに広がるバリューチェーンが失われてしまったら、世界経済は衰退し、十分な雇用も生み出せなくなります。

国際的な貿易は、すべての国に利益をもたらします。ただ、90年代からのグローバル化にはひずみもあるので、格差や失業などの問題に全力で取り組まないといけない。コロナ後の世界は、グローバル化の「負の部分」を修復する機会にもなると考えています。自国のみで十分な雇用を生み出せるかというとそうではないので、グローバルなレベルでの解決を考えるべきなのです。

ことは世界のリセットにかかわる重要な問題です。過去にうまく機能していたものを土台に、うまくいっていなかった部分を改善しながら立て直しが進むことを期待しています。

■忘れてはならない、気候変動への対応

国谷 より良い立て直しに向けて大事なことは?

ブレンデ 気候変動への対応を忘れてはいけません。気候変動は、対応しない場合のコストが、対応する場合よりはるかに大きくなります。今こそ炭素税の導入を検討すべきです。それから雇用を増やすことも忘れてはいけません。いずれも国際的な協力がなくてはうまくいきません。

それから各国はこの際、巨額の税金が回避されている問題にも切り込むべきです。医療体制や教育を整えるためには、税金は欠かせないからです。

国谷 「誰ひとり取り残さない」ことをうたうSDGs(持続可能な開発目標)や温暖化を食い止めるパリ協定に沿って世界を立て直すことが重要だと思います。資本主義についても、持続可能なものに立て直す必要がありますね。

ブレンデ 大賛成です。市場経済は、「社会のための市場経済」に変わらないといけません。1月のダボス会議で私たちが「ステークホルダー資本主義」を訴えたのは、市場経済は成長と富を生み出すだけでは十分でなく、包摂性があって持続可能で、雇用を増やすものでなければならないと考えるからです。

問題は各国が協力せず、分極化が起きていることです。実に大きな試練です。このままでは各国は二酸化炭素を自由に排出し、税金や雇用の問題に共同で取り組もうとはしないでしょう。

食料や医薬品、重要な物資を各国内で備蓄しようとするあまり、成長の源であった自由貿易や世界的なバリューチェーンを手放してはいけません。すべての国が自国の利益だけを考えるようになったら、経済成長は失われ、失業者が増大します。貧困の撲滅を目指すSDGsの達成もかなわなくなるでしょう。

世界経済フォーラム(WEF)ボルゲ・ブレンデ総裁。2020年1月の年次総会の開幕前夜に行われたレセプションで=WEF提供

■次のパンデミックに備える

国谷 専門家は森林伐採や生物多様性の損失、都市化、気候変動がいずれ新たなパンデミックを引き起こすと警告しています。次のパンデミックにどうすれば備えることができるでしょうか。

ブレンデ 自動車保険や火災保険に入ることは当たり前ですよね。感染症へ備える保険のような仕組みを、GDP05%ぐらいを使えば作ることができます。不幸なことに次があると考え、まともな備えをしておくのです。

やるよりもやらない方が、はるかにコストがかかるという話です。常識が行動に結びつかないという点では、気候変動と同じです。多くの国が税金を使って化石燃料に補助金を出しています。最低でもこうした補助金をやめ、温暖化への負荷を値段に反映させるべきだと思いますが、実現しません。どれだけ状況が悪化したらわかってもらえるのかと、考え込んでしまいます。

国谷 危機への対応にあたっては、最も弱い人たちが優先されるべきです。職のない若者をはじめ、非正規の立場で働いていて十分な蓄えのない人たちのことをまずは考えなくてはいけないのでは。

ブレンデ その通りだと思います。コロナ危機の前から世界中で不平等は広がっていました。特に若者の失業はかつてないほど深刻です。欧州では192030年代に失業と低成長による不平等の拡大がポピュリズムに結びつき、それが過激主義となって戦争が起きました。どうやって包摂を担保するかを議論して改善していかないと、社会不安が広がり、過去の失敗を繰り返しかねません。独りよがりに陥る危険性を、今こそ深刻に捉えなくてはいけないと思います。

このインタビューはオンラインで行われました。