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女性がウィーン・フィルを指揮する日 一流オーケストラに見るジェンダー問題

ニューヨークタイムズ 世界の話題
The Vienna Philharmonic, whose players are recruited from the orchestra of the Vienna State Opera. Until 1997, women could not audition. (Anne Zeuner/Salzburg Festival via The New York Times) -- NO SALES; FOR EDITORIAL USE ONLY WITH NYT STORY VIENNA PHILHARMONIC WOMEN BY FARAH NAYERI FOR DEC. 27, 2019. ALL OTHER USE PROHIBITED. --
ザルツブルク音楽祭の際に集まったウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバー=Anne Zeuner/Salzburg Festival via The New York Times/©2020 The New York Times。女性たちが、圧倒的に多い男性に囲まれている

女性が初めて著名なオーケストラの団員に採用されたのは、1913年のことだった。そのときは、英国のクィーンズホール管弦楽団に6人のバイオリン奏者が雇われた。

しかし、世界屈指のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団となると、それからさらに80年以上も女性には門戸が閉ざされていた。

現在のウィーン・フィルでは、正団員145人のうち女性は15人。さらに、4人が試用期間中だ。

クラシック音楽界の男女平等という点では、ウィーン・フィルはいささか極端な例かもしれない。でも、唯一無二というわけではない。やはり世界屈指のオーケストラであるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団も、女性を初めて正式に迎え入れたのは、1982年のことだった。創立から1世紀もたっていた。

1842年に創立されたウィーン・フィルの場合は、その歴史と伝統が重くのしかかる上に、団員の選抜過程の複雑さという事情が加わっていた。というのは、全員がウィーン国立歌劇場管弦楽団の中から選ばれるからだ。この母体が、ウィーン・フィルの団員になるオーディションに女性が出ることを、1997年まで許していなかった。

厳密にいえば、それまでウィーン・フィルで定期的に演奏していた女性が一人だけいた。ハープ奏者のアンナ・レルケスだ。26年間もともに活動しながら、正団員にはなれなかった。(訳注=やっと初の女性の正団員となった)1997年までは、報酬も正団員より少なかった。

そもそも、ウィーン・フィルへの選抜過程はこうなる。

まず、ウィーン国立歌劇場管弦楽団に入らねばならない。こちらのオーディションに受かると、3年の試用期間を経て正団員になれる。(訳注=それからウィーン・フィルの試用期間が始まり、)さらに3年たって初めて、ウィーン・フィルのオーディションを受けることができるようになる。

ウィーン・フィルは、自主運営団体だ。そのトップである楽団長のダニエル・フロシャウアー(54)は、ウィーン国立歌劇場管弦楽団のオーディションを注意深く見守るようにしている。2018年に受かった女性奏者4人は「女性だからではなく、成績が最も優秀だったからこそ通った」と強調する。

フロシャウアーは、楽団内の世代交代が進んでいることも指摘する。自分は、楽器編成では第1バイオリンに属するが、20年にはその中の最年長者になるという。古参の奏者が相次いで辞めており、女性団員の数は「ますます増える傾向にある」。

さらに、外に目を向ければ、オーストリアでは18年6月にブリギッテ・ビアラインが、この国初の女性首相になっている。「古きよきウィーンでも、世界は変わっている」とフロシャウアーは、時代の波にも触れる。

Austria
オーストリアを公式訪問した秋篠宮家の次女佳子さまと握手する、同国初の女性首相(当時)に就任したブリギッテ・ビアライン氏=2019年9月18日、ウィーンの首相官邸、ロイター

それでも、ほとんどの欧州大陸のオーケストラでは、女性の団員数はまだ半分に達していない。英ユニバーシティー・カレッジ・ロンドンの専門家が発表した19年8月の調査によると、その割合は36.6%だった。米国だと40%。英国では44%にのぼった。

「あまりウィーン・フィルを非難したくはない」

ロイヤル・フェスティバルホールなどを抱えるロンドンの芸術複合施設サウスバンク・センターの音楽監督ジリアン・ムーアは、こう控えめに話す。「クラシック音楽に携わる私たちはみんな、(訳注=性別や人種などの)『多様性』という問題ではすねに傷を持っているのだから」

「これだけ圧倒的に男性が多いオーケストラは、確かに奇妙な感じがするかもしれない」とムーアはウィーン・フィルの現状に言及しながらも、「この問題で進歩を見せたという評価には、完全に同意する」と語る。

とはいえ、クラシック音楽界での問題をせんじ詰めれば、やはり男女が果たした役割の違いというところに行き着くだろう。これまでの社会や伝統が、女性に何を許容し、それがいかに受け継がれてきたのかということになる。

欧州では、女性の音楽家が認められるようになって、少なくとも3世紀はたつ。主にピアノとハープの演奏、声楽の各分野だ。

クララ・シューマン(1819~96)は、同時代のピアノ奏者としては最も有名な一人だった。16歳で最初のピアノ協奏曲を作曲し、ライプチヒでの初演は自ら演奏した。

しかし、ほとんどの女性は、私的な場で演じるにとどまっていた。例外は女性だけで登場するときで、世界初の女性オーケストラは1898年、ベルリンで結成された。

伝統に縛られることがはるかに少なかった米国でも、女性が初めてオーケストラに加わったのは1930年のことだ。フィラデルフィア管弦楽団が、女性1人を終身雇用で迎え入れたのだった。

オーケストラの楽器編成という別の視点から見てみると、いくつかの部門はそっくり男性で占められてきた。「レディーにはそぐわない」との理由からだ。

例えばチェロ。足を開いて楽器を持たねばならない。フルートとホルンでは、女性の顔つきが変わってしまうとされた。打楽器は、とくに男性専用と見なされた。

しかし、ここでもオーストリアでは、変化が確実に起きているようだ。米国人のマリン・オールソップが19年9月、女性として初めてウィーン放送交響楽団の首席指揮者に就任した。10年前だったら、ありえなかっただろうと本人自身が語っている。

オールソップは、米ボルティモア交響楽団とブラジルのサンパウロ交響楽団の音楽監督も務めている。

「あちこちに出かけて指揮をしているけれど、どこでも常にもろ手を挙げて歓迎されているわけではない」とオールソップは認める。「だから、今回は余計のこと驚いた」と打ち明け、「#MeToo(ミートゥー)」運動がクラシック音楽界をも激しく揺さぶったとの見方を加えた。

それでも、世界の舞台に立つ女性の指揮者は、まだ数えるほどしかいない。しかも、その登場はごく最近のことだ。

US conductor Marin Alsop performs at the last night of the BBC Proms festival of classical music at the Royal Albert Hall in London, Britain September 12, 2015. REUTERS/Neil Hall
ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開かれた音楽祭「BBCプロムス」の最終日に指揮をとるマリン・オールソップ=2015年9月12日、ロイター

英ロンドン大学キングスカレッジの専門家クリスティーナ・シャルフが18年に出した著書「Gender, Subjectivity, and Cultural Work(ジェンダー、主観性と文化活動)」によると、英オーケストラの指揮者に占める女性の比率は、14年はわずか1.4%だった。同一の資料でこの年のドイツを見ると、記載された27人の芸術監督や首席指揮者、指揮者の中に女性は一人もいなかった。

「大きな人間の社会の中で、クラシック音楽界はごく小さな完結した宇宙になっている」とオールソップは例える。「それも、かなり保守的な小宇宙だ。もう200年も同じ衣服をまとっていて、伝統が極めて重んじられる。普通の社会としてしっくり受けとめられるようになるには、もっと多くの女性が活躍せねばならない」

そして、「米国に女性の大統領が誕生したら、この小宇宙にある障壁のいくつかを打ち破ることにつながるかもしれない」と続けた。

ウィーン・フィルのフロシャウアーは、「自分たちも積極的に女性の指揮者を探している」と明かす。実際に数人に打診したが、その一人は「まだ応じるだけの心境になれないでいる」とのことだった。「もちろん、うれしくもない状況に追い込むようなことは、こちらだってしたくはない」。結局、その話は進まなかった。

女性がウィーン・フィルの主だった演奏を定期的に指揮するようになれば、画期的なことになる。女性の演奏がもっと聴かれる状況になれば、長らく待ち望まれた時代の変化のさらなる証左になるだろう。

「この問題で女性がとても大きな役割を果たさねばならないことを、まずみんなの共通認識にしたい」と先のサウスバンク・センターの音楽監督ムーアは語る。「社会と同じように見えるオーケストラとならない限り、いずれは胸を躍らせるような存在ではなくなってしまうかもしれないのだから」(抄訳)

(Farah Nayeri)©2019 The New York Times

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