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IT後発国だからできるデジタル通貨 カンボジアの金融政策責任者が語った

World Now
プノンペンでインタビューに答えるカンボジア国立銀行(NBC)のチア・セレイ統括局長

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■刻み込まれた「米ドル」への意識、変えるには

主権国家にとって、自国通貨は国のアイデンティティーであり、国民のプライドでもある。ところがカンボジアには激動の歴史があり、そこからの移行プロセスの中で、自国通貨のリエルよりも米ドルが使われるようになった。ドル化された他国の例をみると、通常は、その国の経済状態が著しく悪化し、高いインフレ率や現地通貨への不信感などが原因で、世界の基軸通貨である米ドルを使い始める。

カンボジアはこの10年間、インフレ率も低く、リエルの為替相場も安定している。経済成長率は7%前後を維持し、向こう数年間も同程度の成長が見込まれている。それなのに国民はなぜドルを使い続けるのか謎だった。その答えは、国際協力機構(JICA)や日本政府の協力で実施した調査で判明した。国民の多くが自国通貨があることを誇りに思うと答えた一方、米ドル利用からのシフトにつながっていないのは、長い間刻み込まれた生活習慣と意識が原因だった。

「350万リエルで何が買えますか」と尋ねると、国民はどれくらいの額なのかを把握するのに少し時間がかかる。それが「350万ドル」と言うと、瞬時に理解する。これがいまだに国民の意識だ。リエルの信頼や安定性、強さの問題が原因ならば、そこを改善すればいい。これが意識や習慣、国民心理の問題となると、変えるのはとても難しい。政府が強制的にリエルを使えと言っても、いい影響は出ないだろう。脱ドルを迫るより、むしろリエルの日常的な利用促進を国民に呼びかけていくしかないと考えている。国民が自主的に自国通貨を採用するようになることが重要だ。

米ドル(USD)と現地通貨リエル(KHR)の両方で料金が表示されたレシート。脱米ドルへの国民意識を促進させるため、カンボジア政府は両通貨での価格を併記するよう商店などに求めている

海外の投資家の信頼が厚い米ドルは、国の復興にあたり、非常に大きな役割を果たしてくれたのは間違いない。しかし、復興期はすでに終わった。例えるならば、生まれたばかりの赤ん坊は、栄養の高い特別なミルクが必要だが、成長するにつれて離乳し、その家庭の料理を食べるようになる。今のカンボジアは、激動の歴史を経て難産で新たに生まれた。そして今、成長期にある。米ドルを離れ、自国通貨に進んでいくべき時期にあたる。

国民のライフスタイルが米ドルでつくられてきたのと同時に、ビジネスも米ドル基盤。なぜ変える必要があるのかと言う人もいる。ただ、気づいてほしい。金融政策はその国独自のものでないとならない。経済成長が続く中、中央銀行が国民のためにできることは増えているのに、私たちが刷るお金を使ってくれなければ、それすらもできない。問題が起きた時に責任をもって国民を助けられるよう、私たちのお金を使ってほしい。米ドルへの執着は長期的視点で見ると、決して国のためにはならないということを理解してもらえるよう、啓発活動を続けている。まずは、物価をリエルで感覚的に瞬時に理解できるよう、リエルの値段表示を増やしたり、公務員給料をリエルだてにしたりして、意識の改善を図っていく。時間がかかることは間違いないが、少しずつ国民意識が変わってきているのを感じている。

デジタル時代に入り、社会は不透明さを増した。数年前、カンボジア政府がエンタペイという仮想通貨を承認したというフェイクニュースがネットを中心に流れたことがある。国内ではこうした詐欺まがいの仮想通貨情報があふれている。だからこそ、カンボジア政府は仮想通貨による取引を一切禁止した。NBCは国民に対して仮想通貨情報には慎重になるよう注意喚起を続けているし、こうした取引がないように監視も強化している。それでも全ては監視できない。誰が背後にいるのか分からないような匿名性の中での取引は、中央銀行にとって大きな問題だ。

プノンペンでインタビューに答えるカンボジア国立銀行(NBC)のチア・セレイ統括局長

■カンボジアだから見える「リブラの問題」

そうした中で、フェイスブックによるリブラ構想が出てきた。まだ、全体像が完全に明らかになっていないため、情報収集を続けているが、フェイスブックが世界の中央銀行になり、リブラを国際通貨として新たな取引を始めようとしているようにも見える。それは現実的ではない。自国通貨と同時に別の通貨が日常的に決済に使われると、その国が独自の金融政策を維持するのに様々な困難を伴う。これは米ドルとリエルの二重通貨状態となっているカンボジアだからこそ、自信を持って主張できる。

一方で、カンボジアは全てのデジタル通貨を否定しているわけではない。新たな技術が国益となり、中央銀行など責任ある金融機関とともに安全に運用できる技術なら歓迎したい。NBCは、日本のフィンテック企業「ソラミツ」とともに開発したデジタル通貨「バコン」を使ったブロックチェーン技術による決済システムの運用を今年、始めた。多くの主要国の中央銀行は、日本銀行も含め、ブロックチェーン技術を使った決済システムの研究を行っているが、中央銀行として実際に導入したのはカンボジアが世界で初めてになると思う。

カンボジア国立銀行(NBC)が立ち上げた、デジタル通貨「バコン」を紹介するフェイスブックのページ

カンボジアのような小さな国がブロックチェーン技術を活用できるのか、問題が起きたときに対応がきるのかなどの疑問の声が多くあがった。私の答えはこうだ。日本を始めとする先進国は、すでにある現行のシステムが非常によく機能しており、新しい技術の研究は進めても、それを安易に採用することで、現行のシステムの運用に支障をきたす危険性を考える。だから、かじを切れない。うまくいっているとは言えないカンボジアだからこそ挑戦できる。新たな行動を必要としているときに、新しい技術があったから導入した。成功すれば、全てが効率的になる。失敗したら? 元に戻るだけだから。

カンボジア国立銀行(NBC)が立ち上げたデジタル通貨「バコン」を紹介するフェイスブックのページに載った、チア・セレイ統括局長のメッセージ

新たな技術については開発国が有利な立場にあるとされる。カンボジアは後発国だが、だからこそ、先進国で浮上した様々な弱点や問題点に注意しつつ、今ある最新技術の利点を生かした仕組みを採用することができるとも言える。銀行口座保有率が20~30%しかないカンボジアで、携帯電話の普及率は150%。これを利用しない手はない。NBCを主な管理者とするブロックチェーン技術を使えば、国家規模の電子決済システムで国民全体をつなげることができる。システム下にある銀行のeウォレットに登録すれば、自動的に銀行口座を開設する仕組みにもなっている。システムにはほとんどの銀行が参加するため、広範囲な取引に対する中央銀行の監視・監督の強化にもつながる。

第4次産業革命といわれる時代において、技術の進歩は著しい。カンボジアの国益となるような技術を提供してくれる日本のフィンテック企業があれば、いつでも歓迎したい。ただ、技術のための技術は必要としていない。カンボジア国民のためになる技術なのか、具体性のある提案を多くの日本企業と議論できることを心待ちにしている。

Chea Serey 中央銀行にあたるカンボジア国立銀行(NBC)のチア・チャント総裁の娘で、NBCにある各局を束ねる統括局長。英国や豪州で教育を受け、流暢な英語を操る国際人。才色兼備として人気も高く、NBCの顔として世界的に知られている。