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サウジの石油施設へ攻撃は中東情勢を変えてしまうのか?

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攻撃されたサウジアラビアの石油施設=2019年9月20日、ロイター

9月14日に発生した、サウジアラムコの石油施設へのドローンと巡航ミサイルによる攻撃は、世界の原油供給の5%を止め、世界最大の産油国であるサウジアラビアの原油供給能力への不安をかき立てただけでなく、中東におけるドローンや巡航ミサイルといった兵器による戦争が、これまでの中東における地政学的認識を大きく変えるものとして捉えられ、大きな話題となった。

その後、サウジが石油施設の早期復旧を発表したことで市場のパニックは抑えられた。この攻撃を仕掛けたのはイエメン内戦でサウジが空幕の対象としているフーシ派が行ったものだとフーシ派自身が宣言したが、アメリカは即座にイランによる攻撃と断定した。しかし、被害を受けたサウジはイランの関与を強く示唆しつつも、イランによる攻撃である決定的な証拠を示すことはできず、また、欧州各国もイランに責任があるとは認めつつも、イランによる攻撃だとは断定しなかった。そのため、攻撃主体はうやむやのまま時間が過ぎ、アメリカはイラン中央銀行やソブリンファンドを制裁対象としただけで、それ以上のアクションは起こさず、サウジも直接報復とみられる攻撃は行っていない。そのため、モヤモヤしたものが残りつつも、この件については手仕舞いのモードに入っている。

このような手仕舞いの仕方は今年に入って同じようなパターンが繰り返されている。アメリカがイラン核合意から離脱した5月8日からちょうど一年経った、今年の5月8日にイランは核合意の部分的履行停止を宣言した。これにより、貯蔵ウランの量やウラン濃縮の濃縮度を徐々に上げるなど、アメリカによる一方的な制裁に反発し、またアメリカの制裁によってイランとの取引を控えるようになった欧州に対して圧力をかけている。ただ、イランの核合意の部分的履行停止はいずれも可逆的なものであり、その気になればすぐに核合意の義務に戻れるような措置しかとっていない。それでもアメリカはこうしたイランの行為を批判し、より強い圧力をかけるべきだと主張している。

そんな中、5月12日にはUAE沖でサウジが保有するタンカーを含む4隻が攻撃を受け、船底に穴が空いている画像が流出したが、その首謀者が誰かははっきりせず、うやむやのままにされた。6月13日には安倍首相がイラン訪問中にイランの最高指導者ハメネイ師と面談する直前に日本の国華産業が保有するケミカルタンカーやノルウェーの石油タンカーが攻撃されたが、これも国華産業が襲撃を受けたと言い、その後に米海軍が公開した動画ではリムペット・マインと呼ばれる付着型の機雷による攻撃と発表して話が食い違ったままうやむやにされた。6月20日にはイランが米軍のドローンを撃墜し、イランは領空侵犯したドローンを撃墜したと主張したが、米軍は国際水域の上空を飛行中に撃墜されたと主張したが決定的な証拠は出ないまま、うやむやになり、ドローン撃墜に対する報復攻撃が準備されたが、トランプ大統領が攻撃開始10分前に中止を命じるといったことも起こった。

このように、アメリカとイランの間には様々なインシデントが起こっているにもかかわらず、いずれも明確な証拠がないまま互いに非難を続け、緊張は高まり、武力行使の直前まで至っても実際の武力攻撃は行われないという状況が続いている。今回のサウジの石油施設への攻撃も、同じようなパターンをたどっている可能性が高く、事実関係が明らかにされないまま問題は闇の中に葬り去られる可能性が高いと思われる。

ボルトン補佐官の辞任の影響

これまでの事例と比べ、サウジの石油施設への攻撃がうやむやになって行く過程は一つ大きな違いがある。それはトランプ政権の中でも最もタカ派とみられていたボルトン安全保障担当補佐官が辞任した点である。これまでのイランへの圧力強化を主導したのは、イランの核開発やミサイル開発、そしてイエメンやシリア内戦に関与することに強く批判し、イランをアメリカの宿敵と見てきたボルトン元補佐官だった。彼の世界観は、アメリカに脅威を与える存在は信用出来ず、外交交渉によって合意を得てもそれを守るはずはなく、アメリカの敵は殲滅しなければならないというものであり、その世界観を実現したのが2003年のイラク戦争であった。ボルトンが補佐官の立場にいる限り、イラク戦争の再来があるのではないかとみられていた。

更迭されたボルトン米大統領補佐官=ロイター

実際、5月のUAE沖でのタンカー4隻への攻撃の際も、6月のタンカー2隻への攻撃の際も、また米軍のドローンが撃墜された時も、ボルトン元補佐官は常にメディアの全面に出て、イランによる攻撃であると主張し、武力による報復を主張してきた。そのボルトンがホワイトハウスを去ったことで、状況は変化したと言えるのだろうか。

一つには、ボルトンがいるといないとに関わらず、最終的な判断はトランプ大統領が下すという点に留意する必要がある。イランによる米軍のドローン撃墜の後の報復攻撃に関しても、最終的にトランプ大統領は攻撃の中止を命じた。また、ボルトン元補佐官がいくらイランによる攻撃であると主張しても、トランプ大統領はサウジやUAEといった国々がイランの仕業であると断定しなかったことや、実際に武力行使をすることによる被害の大きさ、中東における予測できない秩序変化を嫌ったことで、結局、トランプ大統領はボルトン元補佐官とは意見を異にし、イランへの武力行使は望んでいないことは間違いない。その意味ではボルトン元補佐官の辞任は大きな変化をもたらしたとは言えないだろう。

他方で、ボルトン元補佐官の辞任によって、トランプ大統領に対して攻撃的な選択肢を主張する側近が減り、トランプ大統領が求める交渉による解決という選択肢がとりやすくなっている。9月の国連総会のハイレベル会合でトランプ大統領はロウハニ大統領と会談することに前向きであった。フランスのマクロン大統領が仲介して米イラン首脳会談ないし電話会談が実現する可能性は高まったが、結果としてロウハニ大統領がトランプ大統領への不信感を示して会談に応じなかったため、歴史的な首脳会談は実現しなかったが、それでもトランプ大統領は交渉による解決という方向性を見せている。こうした姿勢を前面に出せるようになったのは、ボルトン元補佐官の辞任の結果と言えるだろう。

サウジの経済改革への影響

サウジの石油施設への攻撃は重大な被害を生み出したことは間違いないのだが、それにもかかわらず、この事件がうやむやになる背景として、サウジの実質的な権力者であるムハンマド皇太子が進める経済改革がある。ムハンマド皇太子は、伝統的なサウジ経済の柱である原油収入だけに頼る経済構造は、原油が枯渇したり、地球環境問題への関心が高まり、化石燃料の利用が減っていく中で脆弱なものになると考えている。そのため、原油に変わる国家経済の柱を構築すべく、新たな産業都市を建設し、ハイテク産業を育成する拠点を作るなど、新たな経済構造への転換を目指している。また、女性の社会進出を促すことで、労働環境や労働に対する考え方も変えようとしている。それがこれまでサウジでは禁じられていた男性を伴わない女性だけの外出や、女性による車の運転の解禁など、女性の人権を向上するものとして評価されたりもしている。

こうした経済改革の原資となるのが、サウジアラムコのIPO(新規公開株の上場)である。ムハンマド皇太子は、世界で最大の時価総額となると見込まれている、サウジ最大の石油会社であるアラムコを上場することによって2兆ドルにも上る莫大な資金を得て、その資金を元に新たな経済改革を進めていくという戦略を立てている。しかし、このIPOは2018年8月に一度断念している。余りにも規模が大きく、その準備が追いつかないというのが理由であったが、IPOが期待通りの資金を集めることができないという見通しがあったとも言われる。

そのアラムコのIPOを改めて進めようとするムハンマド皇太子にとって、今回のドローンによるアラムコの石油施設への攻撃は、当然ながらアラムコの企業価値に大きく影響する。そのため、この攻撃に対して過剰に反応せず、損害は軽微であるという印象を強めておかなければならないという事情があるものと思われる。ゆえにこのドローンによる攻撃がうやむやにされる可能性が大きいといえる。

中東はドローン戦争の舞台となるか

今回のサウジの石油施設への攻撃で国際的な注目を集めたのは、ドローンによる攻撃であったという点である。その背景として、小型のドローンが一般に使われるようになり、クワッドコプターのようなドローンであれだけ大きな被害を生み出すことができるのか、というイメージがあったのかもしれない。他方で、日本でも米国製のグローバルホークの導入などが検討され、軍用のドローンは極めて高価なものであり、先端技術の塊のようなドローンをイランやフーシ派が手にすることができるという驚きだったのかもしれない。どちらにしても、中東でドローンが活用され、それが軍事的な役割を果たしていることだけは間違いない。

サウジアラビア政府が石油施設への攻撃で使われたと主張するミサイルなどの残骸=2019年9月18日、ロイター

今回の攻撃が犯行声明を出したフーシ派によるものなのか、それともアメリカが疑うようにイランによるものなのかはわからない。しかし、フーシ派はこれまでイランから武器の供与を受けており、ドローンや巡航ミサイルもイラン製のものであると断定したサウジ政府の判断もおそらくその通りなのだと思われる。誰がやったにせよ、攻撃に使われたドローンはイランで開発・製造されたものとみて間違いはない。

イランは、中東の中ではイスラエルに次ぎ、トルコと並ぶ工業力を持つ国である。制裁で資材の調達は難しくなっているとは言え、資源にも恵まれ、自国の中で鉄鋼やアルミ、電子部品などドローンに必要な素材や部品を調達することも可能である。イランは2001年から始まったアフガン戦争で使われた米軍のドローンを数多く鹵獲しており、それらを用いてドローン開発を進めてきたこともよく知られており、既に十数種類のドローンを開発していて、しばしば軍事パレードや武器展示会に出している。

今回、サウジの攻撃に使われたドローンは、これまで公開されていなかったタイプのドローンであり、デルタウィング(三角形の翼)を持つ高速移動が可能なドローンとみられる。その情報が限られているため、どのような性能を持つものなのかは判別できないが、その形状から、滞空時間の長い偵察や精密攻撃を目的としたものではなく、高速で目標に接近し、攻撃するタイプのものと思われる。そのドローンに爆薬を搭載すれば簡易な巡航ミサイルとしても使えるものであろう。これまでのイランのドローン開発を見る限り、こうしたドローンをイランが製造したとしても不思議ではない。

しかも今回の攻撃ではドローンと共に巡航ミサイルが併用されているという点が興味深い。サウジ軍の発表によれば、ドローンが18機で巡航ミサイルが7発と言われているが、それがどの施設を狙ったものかについては明らかにしていない。二つの異なる兵器を同時に運用することは作戦をより複雑にするが、そうした複雑な作戦行動が実行できるほど洗練された運用ができるという点もやや驚きではあるが、不可能なことではないだろう。

問題は、その意図がよくわからないと言うことである。フーシ派であれば、イエメンに空爆を続けるサウジに対して反撃を加え、その戦意を喪失させるという目的があり、手元に利用可能なドローンや巡航ミサイルの数が限られているため、大規模な作戦を展開するためには両方使わざるを得なかった、ということであれば説明はつく。しかし、イランが本国から攻撃を仕掛けたとすれば、この組み合わせも、また中途半端な数もなかなか説明がつかない。

いずれにしても、今回の攻撃で明らかになったのは、ドローンや巡航ミサイルでの攻撃は、弾道ミサイルとは異なり、どこから発射したかを特定することが困難であること、また、それを探知し、迎撃することも容易ではないということである。ドローンや巡航ミサイルに比べ、それを迎撃するための装備は極めて高価になることは間違いない。迎撃のためのレーダー施設を石油施設などの重要施設の周りに配備するだけでも相当なコストになり、それらを迎撃するためのミサイルや高射砲なども無数に必要になる。さらにドローンや巡航ミサイルが数機であれば迎撃が可能かもしれないが、大量の小型ドローンを同時に運用するスワーム攻撃や、同時に多数のミサイルを発射する飽和攻撃を受ければ、それを全て迎撃することはおよそ不可能と言えよう。つまり、攻める側のコストよりも守る側のコストが非常に大きくなるというコスト賦課戦略を取ることが可能であるということになる。

このため、中東においてドローンや巡航ミサイルを多用した戦略はさらに増えていくものと思われる。実際、フーシ派は今回の石油施設の攻撃以前から巡航ミサイルによってサウジ内陸部の都市や空港などの重要拠点を攻撃しており、そのうちのいくつかは迎撃されているが、大きな被害が出ていたりする。また、サウジ合同軍に参加してイエメンでの戦闘に参加していたUAEに対しても巡航ミサイルで攻撃しており、こうしたことに嫌気したUAEはサウジ合同軍とは距離を置きつつある。このようにドローンや巡航ミサイルによる攻撃は、フーシ派のような武装勢力に有効な「空軍力」を与えている。

明らかになったサウジの脆弱性

そして何よりも今回の攻撃で明らかになった重要な点は、サウジが極めて脆弱であり、その軍事力には限りがあるということである。アメリカなどから最新鋭の兵器を調達し、世界第三位の軍事支出をする大国であるサウジであっても、守らなければならない施設は無数にあり、それらがドローンや巡航ミサイルと言った相対的に廉価な兵器によって攻撃されると大きな被害が出るということが明らかになった。また、その後にイエメンで展開するサウジ軍がフーシ派勢力に追い立てられ、装備では圧倒的な優位に立ちつつも、その運用や練度の低さから高価な武器が役に立たず、数千人の単位でフーシ派に投降するといったことが起きている。

こうした状況の中で、サウジはイランとの対立を煽り、緊張関係が高まれば高まるほど、サウジにとって不利な状態になるのではないかという不安が生まれている。そうなると、何らかの形で偶発的な戦闘が起こったり、イランが窮地に追い込まれてサウジに対して武力攻撃を仕掛けた場合、サウジが独力で対抗することが難しくなり、アメリカの支援を仰ぐと言う可能性もある。そうなるとアメリカは望まない戦争に巻き込まれる結果となり、大統領選を控えたトランプ大統領としても苦しい立場におかれることになるだろう。

こうした背景から、トランプ大統領は国連総会の場でロウハニ大統領と会談することを求め、中東におけるイランの行動を制限しようと試みたとみることもできるし、サウジが今回の件を曖昧なまま放置することで自らの脆弱性を際立たせることを避け、アラムコのIPOを推し進めるという選択をしたと見ることもできるだろう。さらに言えば、ボルトン補佐官が辞任したことで、仮にサウジがイランとの戦争を開始した場合でも、アメリカを巻き込まれてもサウジ防衛に荷担すべきだと主張する側近がいないという点も重要になる。

イランのロウハニ大統領=ロイター

いずれにしても、今回のドローンと巡航ミサイルによる攻撃は、中東における情勢を静かに変えていく可能性がある。当面はアメリカがイランに対する「最大限の圧力」を緩めるようなことはしないだろうが、その圧力をかけ続けてもイランの行動は収まるどころか、中東全域に広がりつつあり、今や脆弱なサウジすらも攻撃されるというリスクを抱えることになる。そうなるとアメリカの対イラン政策も再構築されなければならない状況になるだろう。今後の中東情勢は、イスラエルの総選挙後の混乱も含め、より一層流動的なものになって行くであろう。