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ベトナムになじんだ子が日本の学校に体験入学してみたら

子連れで特派員@ベトナム 更新日: 公開日:
日本から持ってきたドリルで、ひらがなをお勉強するポコ=鈴木暁子撮影

「おかあさんただいまー」。7月末、日本に一時帰国していたポコが帰ってきた。ハノイのインターナショナルスクールは8月半ばから新学年が始まるからだ。1カ月ほど見ない間に、ポコは乳歯が3本抜け、体格はさらにがっちりした。

埼玉県内の私の実家でじいじ、ばあばと過ごしていたポコはこの夏、日本で初体験をした。日本の学校に通うという体験だ。海外で暮らす日本人の子どもが一時帰国した際、自治体によっては地域の小学校に「体験入学」をさせてくれることがある。「1年生なんですが、ランドセルも持っていなくて……」と実家のある市に電話で問い合わせると、すぐに学校につないでくれた。「いつでもどうぞ。体育着もベトナムで使っているものでいいですし、リュックで大丈夫ですよ」と、学校側は快くポコの体験入学を受け入れてくれた。役所で面倒な手続きがいるのではないかと想像していたから、柔軟な対応がとてもありがたかった。

ところで、ポコはランドセルを持っていないが、ハノイでも必要なら買うことはできる。日本の食品や日用品を扱うスーパーに売っているからだ。1年ほど前に見たときは、一つ330万ドン(約1万5250円)で売られていた。海外で流行していると聞くものの、スーパーで売っているとは驚き。誰が買っているのだろう。

ポコは持っていないのですが、日本用品を売るハノイのスーパーにはなんとランドセルが売っています=鈴木暁子撮影

日本語を読み書きできる同い年のお友だちもいるが、ポコはひらがなを完璧には覚えておらず、書くことにも慣れていない。日本の小学1年生レベルについていけるのか。初めて会うお友だちになじめなくて泣かないか……。親が勝手に体験入学を決めたくせに、心配。さて初日。ばあばに連れられ、ちょっと緊張した面持ちで黄色い帽子をかぶり、日本の小学校に行ったポコはその日、「たのしかった!」とにこにこ顔で帰宅したという。1週間だけお世話になるつもりが「もっと行きたい」と熱望し、夏休みに入る直前まで3週間も小学校に通わせてもらった。アオザイ姿の女性をかたどったしおりをお土産にお渡しした。

日本のお友だちへのお土産になればと、ハノイから持参した紙製のアオザイ女性のしおり=鈴木暁子撮影

ハノイに戻ったポコは「うーみはひろいーな大きいなー」と口ずさんでいる。「日本の学校で習ったんだ」という。日本の代表的な童謡「海」だ。広々とした海を見ると、大人になった今でもなんとなく歌いたくなる歌だが、ポコは7歳になるまで知らなかった。「ぶんぶんぶん はちがとぶ」も習ったそうだ。

ベトナムのインターナショナルスクールでは英語で会話しなければならないので、「Johny Johny Yes Papa」といった英語の童謡をYou Tubeで見せ、何とか英語に慣れさせようとしてきたのだが、この3年弱の間に、知らないまま過ごしてきた日本の子ども文化はどのくらいあっただろうと、複雑な気持ちになる。

ベトナムの学校では、つたない英語で会話をするぶん、言いたいことが伝わりにくかったり、先生が何を言っているのかわからなかったりすることがあり、「内容が理解できないとポコは集中力が途切れがちです」と、先生によく注意された。日本では学校のありがたい協力もあり、また日本語が使える気軽さから、すっとなじめたのかもしれない。

ベトナムでは、お友だちや先生に下の名前で呼ばれるポコが、「○○くん」と名字で呼ばれるのも初めてのことだった。日本の学校では女の子は名前に「さん」をつけて呼ぶきまりだ。ポコがお友だちになった1人は、なんと「たおさん」というベトナム人の女の子だった。ベトナムから来たポコに親しみをもってくれたそうだ。たおさんも、ハノイのポコと同じような苦労を日本でいっぱいしてきたのかもしれない。

7月に、私も1週間ほど日本に帰ったのだが、ちょっと怖い出来事があった。体験入学中のポコを小学校に迎えに行くと、前の日は開いていた校門が閉まっている。後で聞いたところによると、日本刀をもった男が近所をうろついているという情報があったためだという。ベトナムに戻ってからハノイ支局の同僚のビンさんこの話をしたら、仰天していた。ベトナムでは、日本はとても治安のいい国として知られているからなおさらだろう。

ハノイ中心部のバス料金は7000ドン(約32円)。子どもは無料です=鈴木暁子撮影

日本ではいろいろな「逆カルチャーショック」もあった。家族とショッピングモールにご飯を食べに行ったとき、まだ3歳のおいっ子が「キャーーッ」と大声を出してしまった。他のお客さんに嫌な思いをさせたのだとは思うが、その時の周囲の反応にまたびっくり。お化けでも見たように両手で胸を押さえ、目を見開いてこちらをじっと見る中年女性。中指を立てて「うるせえ!」と言う若い男性。う、わー。ベトナムではどこもかしこもにぎやかだからか、この反応は見たことがない。公共の場で子どもを静かにさせる努力はした方がいいけど、子どもってうるさいものですよ。と、日本では口にするのもはばかられる。まわりに子どもがいない状態に日本はあまりにも慣れてしまったのだろうか。身の回りの環境が変わっていることに気づかされたようで、ぞくっとした。

電車に乗ったときも逆カルチャーショックがあった。混んだ車内に高齢の女性が入ってきたので、「よろしかったらどうぞ」と、私は席を立った。考えるまもなく動いたことに我ながら驚いた。ベトナムやフィリピンでは、バスや電車で高齢者に席を譲るのはごく当たり前のこと。おお、東南アジアで暮らすうちに教えられたことの一つだなあとしみじみ思っていたら、その高齢女性に「別にいいですけど」と言われてまた驚いた。まあ、座りたくないのに無理やり座ることはないですね。

あれもこれも、日本にしばらく住んだらすっかり普通のことになってしまうんだろうなあ。なんか寂しい。