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ほめられたい、でも期待は重荷 「承認欲求」に縛られる若者たち

World Now

米国の心理学者アブラハム・マズロー(1908~70)の研究によれば、人間の欲求には五つの段階があり、低次の欲求が満たされると、次の高い段階の欲求が現れる。マズローの「欲求5段階説」と呼ばれ、他者から認められたいという「承認欲求」は上から2番目だ。2017年の流行語大賞に「インスタ映え」という言葉が選ばれて話題になったが、映える写真をSNSにアップして、「いいね!」ボタンをたくさん押してもらいたいというのも、この承認欲求を満たしたいがためなのだ。

30年以上前から承認欲求について研究を続けている太田さんは初め、承認欲求の「光」の部分に着目したという。「良い形で作用すると、モチベーションを刺激し成果を上げる強力な原動力になる。承認欲求があるから人間は努力するし、健全に成長していくといっても過言ではありません」

■「認められなければ」の重圧

ところが最近、「影」の部分が日本の若者に深刻な影響をもたらしていると考えるようになったという。「身近な例は大学院生のドロップアウト。真面目で優秀な学生ほど、期待されるとプレッシャーを感じてやめてしまう。承認欲求はいったん満たされると、こんどは『認められなければ』と思うようになり、生きづらさや精神疾患につながることもあるのです」

「承認欲求の呪縛」を研究する同志社大学の太田肇教授

太田さんが今春、関西地方の大学生400人余にアンケートを実施したところ、9割以上の学生が高校までに何らかの呪縛経験をしていたことが分かった。そのうちの2人の男子学生に、直接話を聞くことができた。

「周囲から『イケメン』と言われているうちに、それを意識するようになって、言葉がうまく出てこなくなってしまいました」。大学1年の男子学生はそう告白する。きっかけは小学3年の頃、同級生から何げなく言われた容姿に対する褒め言葉。自分では全然そう思っていなかったが、クラスメートから言われ続けているうちに、自分でも真に受けてイケメンを意識した振る舞いをするようになってしまったという。

ある日、学校の授業で教科書を音読していて、つまづいた。もともと音読は得意ではなかったが、恥ずかしさとともに、「ミス無くすらすらと読みこなさなくては」という理想像と現実のギャップに頭が真っ白に。気づいたら、言葉につまづく症状が現れるようになっていたという。「思春期でとてもつらかった。悩み抜いた末に、自分でふんぎりをつけて、学校の友人関係を1回リセットしました。そうして、治るのに中学2年ぐらいまでかかりました。表には出てこないけど、自分と同じような悩みを抱える若者は多いと思います」

「承認欲求の呪縛」に陥った経験を語る関西地方の大学1年の男性。少年の頃、周囲から「イケメン」と呼ばれるうちに、言葉に詰まる症状が出るようになってしまったという

別の大学1年の男性は、高校時代のサッカーの部活動がきっかけだった。「上手くなるための練習ではなく、監督に評価されるための練習をしていた」と打ち明ける。もともと、ずば抜けてうまい選手ではなく、努力を認めてもらってレギュラーを勝ち取るタイプ。だからこそ、わざと放課後に練習をしたり、監督に認められたい一心で懸命にアピールしていたという。「高校の最後の方は、サッカーをしていても全然楽しくなかった。もうあの頃には戻りたくありません」

最近、若い人たちが期待されると、逃げ出してしまうという。その気持ち、分かりますか?
この男性はうなずく。「誰かに期待されたら、応えなくちゃって思います。やらなきゃ、申し訳ないという気持ちもあります。それでも、できないときは、やっぱりできない。だから、重荷から逃れたくなるんです」

「承認欲求の呪縛」に陥った経験を語る関西地方の大学1年の男性

他にも太田さんの調査では、「高校で成績が上がって褒められて以来、点数を強く意識するようになり、それが原因で円形脱毛症になった」(1年男性)、「バイトで期待され、それが重荷になって体調を崩した」(1年女性)、「テストで毎回満点を取っていたら、試験で手が震えるようになった」(1年男性)――など、ストレスが身体的な症状を引き起こしたケースが少なくなかったという。

どうして、若者たちは「呪縛」に陥ってしまうのだろうか? 太田さんは言う。「今の若者たちと接していて感じるのは、彼らの多くがとても真面目で、大人の言うことをハイハイと聞いて褒められて育ってきたということです。承認欲求を満たすためにガツガツしていた昔の若者たちとはだいぶ違っていて、言うなれば評価に疲れている。だから、過度の期待を感じると、自己防衛的に逃げ出してしまうのかもしれません」

うーん。でも、それって、企業や教育現場において、評価する側にはやっかいな問題だ。厳しくすればへこむし、褒めれば期待が重荷になる。いったい、どうすればいいのでしょう?

人間性や人格を褒めるのは最も呪縛に陥りやすいパターンだ、と太田さんは指摘する。「きみは優しくて、良い人だねえ、と褒めるのはダメ。今は成績が良くないけど、ここを伸ばせばもっといける、という感じで、潜在能力を具体的に褒めてあげるのがコツです。組織外の空気に触れさせたり、プレッシャーを感じ過ぎないよう逃げ道を作っておいてあげたりするのも大事です」

承認欲求の呪縛は、若者たちに限らない。親の世代にも広がっている。そう指摘する人もいる。

■「呪縛」はママにも

「頑張り屋のお母さんたち自身も『承認欲求の呪縛』にかかっているのかもしれない」。そう語るのは、人材育成に取り組む一般社団法人「こころ館」(京都市)の代表理事で、2500人以上の女性たちの悩みを聞いてきた松原明美さん。「ひとりひとりが持って生まれた可能性を存分に発揮できる社会の実現」を目指して活動している。

スクールセラピストでもある松原さんの元には、育児の悩みを抱える保護者が相談に訪れる。「育児相談に来られる保護者の方は、ほとんどがお母さんです。高学歴で仕事もバリバリこなされていた方や、現在も仕事と子育てを両立して頑張っている方も多い」と語る。そうした母親自身が親や周囲に承認してもらうためにひたむきに努力する子ども時代を送っている場合も多く、「これまで、親の期待に応えるために私は一生懸命頑張ってきた」と涙する母親もいるという。ところが、子育てはどんなに頑張ってもなかなか評価されにくいものだ。「こんなに頑張っているのに誰もわたしのこと認めてくれない」という気持ちになっているお母さんは意外と多い、と松原さんは言う。

一般社団法人「こころ館」代表理事で、スクールセラピストの松原明美さん

「自分が褒めてもらえない分、子どもが勉強やスポーツで評価されることが、周囲から認められること、つまり承認欲求を満たすことにつながっていく、というサイクルが生まれている。子どものことが最優先、自分のことは後回しという生活の中で、気づけば自分がどこにもない状態になっているお母さんもいる」

これは根深い問題だ。子ども時代の「承認欲求の呪縛」は大人になっても解けることはないのだろうか。

近年の核家族化や近所づきあいの希薄化によって、孤立感を深める母親が増えている中、育児を本音で語り合える場を提供しようと、松原さんが京都教育大学附属京都小中学校と連携し、2017年に始めたのが「ママ朝カフェ」という対話型の連続講座だ。「何を話しても受け止めてもらえると感じられる安心・安全な場をつくることで、最初はなかなかオープンになれないお母さんも、回数を重ねるごとにぽつりぽつりと本音を語られるようになります」と松原さん。他の家庭の子育て事情を聴くことで、「不安なのはわたしだけじゃない」と安心する人も少なくないという。「同じ思いを抱えているからこそ、互いの気持ちを認め合い共感することができる。その経験を経て、ようやく承認欲求の呪縛から解放されるのかもしれません」