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その検査、だいじょうぶ?状況によって変わる検査の信憑性

英国のお医者さん 更新日: 公開日:

今回は現代医療の知られざる側面の3つ目についてお話しします。

おそらく多くの人がそうかと思いますが、たとえば病院でやっているような様々な検査を近所の診療所でやってもらったり、その検査の結果をもとにあなたの病気はこれです、と言われると安心しませんか。

たしかにそういった医療は多くの人にとって(医師にとっても)安心かもしれません。けれども、実は決して安全とは言えないケースが多々あるのです。

今回は「病院と診療所とでは求められる臨床アプローチが異なる」という内容です。専門的なトピックになりますが、重要なことなので、あえてお話しします。

まず、病気を診断する上で、次の2つの原則があります。

  • 検査を含む診断は不確実なものであり、それを避けることはできない
  • 検査の命中率は状況(疑われる病気の有病率・発生率)によって変わる

これら原則を一つの例を使って説明します。これからインフルエンザが流行ってくる季節なので、インフルエンザの迅速検査にしましょう。

日本では比較的使われる検査という印象ですが、実はその検査結果が100%正しい、というわけではありません。どんな検査もパーフェクトではなく、病気のない人に病気があると判断してしまう可能性(偽陽性)と、病気がある人に病気がないと判断してしまう可能性(偽陰性)という精度上の限界があります。だから、本当はインフルエンザじゃないのに検査が「陽性」になる人と、本当はインフルエンザなのに「陰性」になってしまう人が必ずいるのです。

実際、どんな病気においても、診断というものは、その病気が存在するかしないかという「白黒」の話ではなく、その可能性はどれくらいかという「確率」の話です。

要するに、「あなたの症状はインフルエンザです(ではありません)」というのは正直にいうと正確ではなくて、いくら検査をしても「あなたの症状はインフルエンザの可能性が高いです(低いです)」までしか言えません。

二つ目の原則として重要なのは、この検査の命中率は、その検査が持つ精度以外にも、検査をする時にインフルエンザがどれくらい流行しているかによっても変わってきます。例えば、インフルエンザが流行っていない場合、たとえ「陽性」が出たとしても本当にインフルエンザである可能性(陽性適中率)は低く、「陰性」であったときに本当にインフルエンザでない可能性(陰性適中率)は高くなります。逆に、インフルエンザが流行っていれば前者が高く、後者が低くなります。これはつまり、状況によっては、たとえ検査結果が陽性(陰性)だとしても、その病気である可能性が高い(低い)との判断ができない、ということです。

このように原則上、ニセの結果の可能性は常にありますし、状況によって検査結果の信憑性というのは変わってくるのです。

ですので、検査は、その特性を理解した上で、ケースバイケースで使う必要があります。また、もししたとしても、その検査結果はあくまでも診断を下す上でのジグソーパズルのピースの一つにすぎません。診断の精度を高めるためには、患者自身の基礎情報や症状・身体診察の内容、ひいては受診した施設における疾病構造など、他のさまざま要素を考慮して総合的に判断する必要があります。

こうしたことを背景に、イギリスでは、インフルエンザが流行している時にそうと疑われる症状(高熱・咳など)を持つ患者に地域で遭遇した場合、検査に頼らなくても状況を総合的に判断し、インフルエンザの診断を下すようにしています。このような環境下では、たとえ検査結果が「陰性」であったとしても、陰性適中率は低いので、結果が信頼できないということになり、インフルエンザの「確率」は高いまま、要するに診断は変わらない、という理由からです。

さて、これを踏まえた上で、病院と診療所とで求められる臨床アプローチはどう違うのでしょうか。

まず、一般的な特徴として、病院は、より病気がちな人たち、特に重篤な病気を持つ人たちが比較的多く訪れる場所である一方、診療所は、一般集団を診る場所であり、その殆どは健康的な人たちです。さきほどの検査の原則から考えると、前者の高リスクな環境と、後者の低リスクな環境では同じ検査をしたとしても命中率が異なってくる、ということになります。

病院でする検査はその環境上、陽性適中率が高く、 病気を持っている人を検査を用いて正しく見つけやすい。よって、診断の可能性を追求していくスタイルが適切になってきます。つまり、病院医師が考える方向性は 「この症状の原因となっている疾患はなんだろう?」ということです。

けれども、診療所でする検査はその環境上、検査の陽性適中率が低く、病気を持っている人を検査を用いて正しく見つけにくい。でも、逆に、陰性適中率は高いので病気をもっていない人を正しく見つけやすい、要するに病気を除外しやすい環境になります。つまり、この環境で理にかなった方向性は「この症状で見逃してはいけない病気はなんだろう?」ということです。

また、診療所で遭遇する病気は早期段階が多いということもあります。特異的な症状が出る前に受診することも多いので、これに対応できる特別な診断や対応方法が必要になります。

病院でのアプローチをなんの適応もせずに診療所でとるとどうなるのでしょうか。

病院では陽性適中率が高かった検査も、診療所では低くなり、偽陽性の結果が増えてしまう。それによって本来病気でないのに病気というラベルを貼られることになり、本来しなくていい不安や苦悩を患者や家族に生んでしまう、結果としてより侵襲的な検査や病院への不必要な紹介受診、いわゆる過剰医療につながる恐れがあります。

同時に、本当は診断するのが難しい環境なのに、それを考慮せずに診断を付けてしまうと、本来患者に伝えるべき診断の不確実性が過小に評価され、実際に存在するリスク(実は違った病気であった場合の症状の変化やその危険性)への備え方を伝えることができなくなります。これは安全ではありません。

検査の結果を白か黒かで理解することはシンプルで良いかもしれませんが、実際、特に不確実性が高まる診療所という環境においては、医療に内在する診断の不確実さやリスクを過度に単純化したものとなる恐れがあります。

診断をより正確に行うためには、状況が異なる両者では求められる臨床アプローチが異なるのです。より安全な医療は、この理解から始まると思っています。

次回は、知られざる医療の側面の4つ目についてお話しします。