新たな一歩を踏み出すために/アンドレアと奈緒美、辰一の場合
イラゴ峠の「鉄の十字架」には、巡礼者が何世紀にもわたって置き続けた小石で小高い丘ができていた。巡礼者の願いや、巡礼で生まれ変わるために置いていった思いが込められているとされる。
イタリア人の製鉄会社員アンドレア・ゴリア(51)は小石を置いた後、両手を大きく開いて深呼吸した。どんな思いを込めたのか。私は尋ねた。
「何か願をかけたわけじゃないんだ」
アンドレアはそう言うと、すぐにたどたどしい自分の英語にしびれを切らして、だまってスマホをいじり始めた。翻訳サイトをつかった「筆談」になった。
子供を授からず、妻マリア(45)とウクライナから養子縁組することを決めたのだという。年末には5~7歳くらいの子供を引き受けに赴く。巡礼に出たのは、そのための心の整理をするためだった。マリアも途中で合流し、聖地までの最後の100キロは2人で歩く予定だ。
「巡礼で人生の一つの章が終わり、養子で新しい章が始まる」
見せてくれたスマホには、そんな英訳が映し出されていた。
私はスペインに来る直前、四国遍路で会ったお遍路を思い出した。58番札所の仙遊寺(愛媛県今治市)で朝の読経をしていた元契約社員、村上奈緒美(50)=東京都杉並区=も、巡礼を人生の区切りと表現していたからだ。
村上はシングルマザーとして、日中は電力検針員、夜はコンビニ店員、土日は競馬場スタッフと三足のわらじを履いて娘(22)を育てあげた。そこまでで「私の人生の前半は終わり」。そして今年6月、「後半のスタートを切るための区切り」として、1番札所から歩き始めた。「自分に活を入れたい」とも話していた。
10月中旬、秋晴れの東京・新宿御苑で再会した。49日間で88の札所を回り終えた後、歩みを止めたくなくて小豆島(香川県)に渡り、滝行や仏具磨きといった修行をしたのだという。島に魅せられ、移住の検討も始めていた。「これからの人生、人のために生きたい。その思いが明確になりました」と語った。
伴侶を失った後の生きがいを、巡礼に見つけた人もいた。
88番札所、大窪寺(香川県さぬき市)で会ったスクールバス運転手、下田辰一(71)=兵庫県尼崎市=の納経帳は、御朱印が重なり合うように押されていた。車で回る遍路は6回目になるという。
きっかけは妻に先立たれたことだった。
「1年間、ぼうっとしていたんですわ。2年目にどうも体がおかしいなと思って、一度回ってみようかな、と。回ると体が軽うなって、しんどい気持ちがすかーっとしました」
それ以来、スクールバスの仕事がなくなる夏休みの時期に、遍路に出るようになった。「あと12、13回はできれば回りたい。納経帳が真っ赤っかになるくらい」