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「自分の人生は、自分で決める」。倒産を乗り越え手に入れたチャンス

創業@中国
「ドミ大獅」を創業した何江(右)と葛万元=北京・中関村、福田直之撮影
「ドミ大獅」を創業した何江(右)と葛万元=北京・中関村、福田直之撮影

何江(ホー・チアン、31)が育ったのは中国西部、陝西省富平県の農村だった。生家は貧しく、テレビが来たのは村で最後だった。だが、出稼ぎに出ていた父は江のためにある決断をする。当時、半年分の給料に値する数千元の蓄えをはたき、村で最初にパソコンを買ったのだ。
父は大学には合格しなかったが、村ではインテリとしてならしていた。当然、息子の江の教育には一家言あった。「早めに触っておけ。慣れろ」。出稼ぎから一時帰宅した父にそう言われ、小学生だった江はパソコンを与えられた。だが、江はその箱のようなものが何かさえ知らなかった。
村で最初のパソコン少年になった江は高校の時、生き方を決めるテレビ番組に出会った。「中国で勝て」という名前の番組で、起業家がビジネスモデルを競い、評価されれば投資を受けられる。今や世界的企業経営者で、中国のベンチャー界の大スター、アリババ・グループの馬雲(ジャック・マー)会長が審判役をしていた。
「人生にこんな道があるなんて」。家族から勉学のみが唯一の道と教えられていた江は、番組にのめり込み、起業を夢見た。受験で忙しかったが、唯一勉強から離れられる通学の時間、母が録音しておいてくれた音声を聴きかじった。そして思った。「平凡な生活はしたくない。自分の人生は、自分で決める」と。
北京市北西部にある中関村は、中国ベンチャー界の聖地だ。中国の科学技術をリードする清華大学と北京大学に近く、古くからコンピューター街が形成され、大学を核としたシリコンバレー型のイノベーション都市となった。起業を目指して中国各地から人が集まり、日々情報交換にいそしむ濃厚な雰囲気の街で、江は起業活動の真っ最中にいる。

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インタビューに答える「ドミ大獅」を創業した何江(左)と葛万元=北京・中関村、福田直之撮影

劇場の地下に広がるシェアオフィスから、ピアノの音が聞こえてくる。鍵盤をたたく江の脇で、ノートパソコンを広げるのは相方の葛万元(コー・ワンユワン、32)だ。2人は「ドミ大獅」という教育ベンチャーを立ち上げたばかり。ターゲットは、中国で中産階級が増えるとともに、3千万~4千万人にもなったピアノ学習者だ。

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スマートフォンのカメラで手の動きを撮影する何江=北京・中関村、福田直之撮影

音ではなく、鍵盤をはじいていく様子を、ピアノの上に据え付けたスマートフォンカメラで撮影し、音符のデータとして処理していく。キーになる技術は人工知能による画像認識だ。雑音で狂ってしまう音声認識と違い、95%以上の精度で五線譜上に音符がはじき出されていく。鍵盤をはじく正確さや強さ、左右の手の協調など演奏を「見える化」するアプリを作り、指導の参考にしてもらうのだ。
2人にとって、「ドミ大獅」は再チャレンジだ。大学でエンジン設計を学びつつ起業の準備を進めた江が、専門学校でプログラミングを学んだ万元と組んで、満を持して1社目を立ち上げたのは2013年。ソフトウェアの下請けだったが、株の持ち分を共同創業者の4人で均等にしたところ、意見が合わずに運営は崩壊。さらに客が商品の代金を納めず、最終的に会社は倒産した。
 それでも2人は再就職しつつ、技術を学んで再起を図った。その時、江が目を付けたのが、ちょうどブームがやってきた人工知能だった。「バブルが来た。これにすべてをかけようと思った」。ちょうどそのころ万元の子どもがピアノを習い始めた。江は思った。「人工知能をピアノの教学に行かせないだろうか。もっと楽しくピアノを学べるはず」。万元も「そうだ」と即答し、開発の方向は決まった。
 16年秋に準備を始めた。だが、2人の手にピアノの音を正確に認識する技術は無かった。2人は論文を片端から探し、それぞれが執筆者に会いに行った。江は上海在住の教授の事務所を訪ねたが、なかなか会えなかった。創業資金を節約するため、中心部の人民公園で毎晩野宿した。目を覚ますと野犬に囲まれていて、ほうほうの体で逃げ出すこともあった。

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「ドミ大獅」を創業した何江と葛万元は、画像認識について書かれた論文を収集した=北京・中関村、福田直之撮影

万元が探した技術者は、広州の企業に在籍歴があるとわかった。だが、会社に正面から聞いてもいるかどうか教えてもらえない。そこで配達員を装い、荷物を預かっていると伝言。折り返してきた相手は、まさかの探していた相手だった。その専門家の技術が、今の「ドミ大獅」のコア技術になっている。
万元は江を「創業の師」として尊敬している。改革開放が始まった初期、年に1万元も稼ぐと、大金持ち「万元戸」とはやし立てられた。親がそれにあやかって名付けた万元だが、平凡な生き方をしようとしていた。江と同じく農村出身。専門学校でコンピューター技術を学び、会社で腕を上げていればいいと思っていた。だが、江に出会い、起業への熱意を聞くにつれ考え方は変わった。「起業すればいまよりもずっと多くのお金が転がり込むかも」。親が名に込めた思いが、万元の心の中で頭をもたげてきた。
資金を節約するため、創業支援施設での3カ月の寝泊まりを経て、2人はようやくシェアオフィスに引っ越した。「ドミ大獅」のアプリは、もうすぐiPhone向けのアップストアに並ぶ予定だ。だが、江にとってはまだまだ夢のスタートラインだ。「まずは今のピアノの教え方を変えたい。もっと効率が上げられる。僕らが目指すのは、テクノロジーを使って、これまでの不合理なやり方を『転覆』させることなんだ」。
では、江にとっての究極の目標は何か。「究極の目標なんてものはない」とにべもない。無理もない。中国ではこの2、3年、急速にスマートフォンに表示するコードを読み取る決済が普及した。江は言う。「ぼくらは今、現金を持たずに生活している。中国は本当に変化が早すぎる。せいぜい1、2年先を見通すのが精いっぱいだ」

「金を儲けたい」「社会的価値を実現したい」。そんな思いを胸にした人々を、国や地方政府が、税の減免などで強力に後押しする。そして、中国のみならず、米国からうなるような資金が舞い込んでいる。中国では2017年、607万4千社の企業が設立された。1日あたりで見れば1万6600社だ。一定程度の成功を得たとみられる、未上場で10億㌦以上の価値を持つ「ユニコーン」と呼ばれる会社は164社もある。17年1年で62社も増えた。江と万元による「ドミ大獅」は大河の一滴に過ぎない。