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「民主党支持者として民主党に強い怒り」

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トランプを選んだのは、だれだ

藤崎氏:今回のアメリカの大統領選は人々が変化を求めたのだと思います。オバマ大統領が誕生した2008年もそうでした。オバマ大統領は当時、「変革」「変化」をうたった。今回はクリントン氏に電子メール問題が最後までついてまわったのが非常に大きなダメージだったと思いますが、「社会保障を維持したい」「減税してほしい」「米軍の強化を」と望んでいる人たちに対して、「望んだものを手にできていない」とトランプ氏は訴えたわけです。カーティス教授は民主党支持ですが、どのように分析しますか。

カーティス氏:オバマ政権は8年続きました。ホワイトハウスで2期連続で政権を担うのは難しいことです。国民は変化を望んでいたということでしょう。一方、クリントン氏は変化という話をしませんでした。彼女が言ったのは自らの30年間の経験です。しかし、彼女の実績など国民は関心がない。「大統領になったら何をしてくれるのか」ということに関心があったわけです。

私は常に民主党支持でしたので、いま非常に怒っているんです。トランプが勝ったことではなく、クリントンが負けたことに対してです。

トランプはデマゴーグをあれだけ並べ立てた人です。本当に無責任で人種差別主義的なひどいことを言っています。そのような候補がなぜ勝ったのでしょうか。

民主党のエスタブリッシュメント、つまり特権や富にあぐらをかいているような人たちが、中西部のラストベルト(さびれた工業地帯)の候補に負けたわけです。実際に企業や工場が撤退したり、中国やメキシコに移転してしまったり、そういう地域のトランプ支持者に負けたわけです。私はグローバル化の提唱者ですが、グローバル化による経済的な変化は認めざるを得ません。

クリントン氏は終盤、歌手のビヨンセやケイティ・ペリーといったセレブと一緒に投票を呼びかけ、メディアが大きく報道しました。そういったことを思いつく、あるいはそれで票が得られると思ったということが、民主党の考えを反映していると言わざるを得ません。

トランプ氏が勝利したウィスコンシンやオハイオ、ペンシルべニア州の田舎に住んでいる人たちは、クリントン氏がセレブと抱き合っているのを見て、「じゃあ、クリントンに入れよう」などと思うでしょうか。むしろ、「私たちとは全く異なる世界に住んでいる」というイメージを与えてしまったのです。「トランプ氏の暴言には同意しないが、もしかして世の中を変えてくれるかもしれない」と国民が共感したのです。

また社会の構造的な変化も背景にあります。

まず、経済的な不平等、格差の拡大。1%の高所得者が多くの富を支配しているうえ、人口の2割は富を増しているのに、残り8割の人は減っています。2点目は、アンチ・グローバル化です。イギリスのEU離脱決定にみられるように、グローバリゼーションが労働者にとって不利益であるという認識です。3点目は人口動態です。1965年にはアメリカの人口の85%が白人でしたが、これからどんどん白人の比率が下がっていきます。移民が増え、多くの不安をもたらしています。最後に東海岸の民主党のエリート層です。平均的な勤勉な白人と、政党との関係性が薄れてきている。民主党が地に足をつけて国民の声に耳を傾けるという姿勢を持たなかったことに、人々が失望したということだと思います。

藤崎氏:経済格差の拡大についてですが、民主党の候補者選びの予備選でクリントン氏と戦ったサンダース氏は「公立大学の学費無償化」「奨学金ローン対策」など若年層向けの政策を打ち上げました。この効果は大きかったと思います。コロンビア大学もそうだと思いますが、学費や寮費で年間約8万ドルを納めなくてはならない。それが支払える学生は限られていますよね。トランプ氏はことあるごとにマイノリティーや移民について発言をしてきました。これに対してどうお考えでしょうか。

カーティス氏:多くの発言は政治的には間違いであり、非常に過激だったと思います。けれども、多くの有権者はトランプ氏がはっきりとものを言う人物だという印象を受けました。選挙戦の終盤では、どちらがより正直かを問われると、どの世論調査でも、トランプ氏の方が「より信頼性が高い」「より正直である」という結果が出ています。少なくとも「作り話をしているわけではない」というイメージを多くの人が持ったのでしょう。

トランプ政権の経済・外交政策はどうなる?



藤崎氏:オバマ大統領は08年の大統領選の際には北米自由貿易協定(NAFTA)に反対の立場で、大統領になったら見直すと言いました。しかし、結局、任期中に見直しはしなかったわけです。

トランプ氏のこれからの仕事は三つに分類する必要があります。「選挙期間中の発言をそのまま実施する」「部分的に実施する」「延期をする」です。2番目、3番目に該当することになるものも多くあると思います。オバマケアは完全に廃止ということにはならないでしょう。選挙中、発言をより現実的なものに変えてきたと思いますが、どうでしょうか。

カーティス氏:トランプ氏が何をするのか、彼自身が分かっていないと思いますよ。勝てるなんて本当に最後まで、トランプ氏自身が考えていなかったし、しっかり準備もしていなかったし、政権移行チームもなかったという状況だったと思います。彼はナルシシストだと思います。主義主張はない。特に、外交問題に関しては原則がないと思います。ただスポットライトを浴びて勝者としてたたえられたい、というふうに思っているんだと思います。

最も重要な点は、外交政策に関して何をやるかが分かっていないという、不確実性です。それ自体が危険であり、リスクになります。なぜなら、トランプ氏が何をやるのか分からないということは、他国は実際は彼がやらないことまでを予測してしまいかねないということであり、そうなると、世界全体が不安定化します。

外交に関しては二つの大きなクエスチョンマークがあります。一つ目は米ロ関係です。安倍首相はプーチン大統領とは14回以上会談していますし、12月にも首脳会談が予定されています。ですので、おそらく首相は、トランプ氏に対して、いかにロシアと緊密に連携することが重要か強調していくと思います。

もう一つは中国政策。国が通貨操作を行っていること、また非常に高額な関税をかけていること、そして米中の経済戦争というのは、日米の80年代の貿易摩擦とは異なります。日米は経済摩擦があっても同盟関係でした。一方、中国との関係は非常に危険性をはらんでいると思います。経済的な戦争はマイナスの影響が各地域に及びます。中国からの輸出入のサプライチェーン、たとえば日本、シンガポール、韓国などは、米中関係が悪化した場合には、不利益を被ると思います。来年1月の就任までにトランプ氏は勤勉な学生となって、どのようにすれば大統領として成功できるのかということを真剣に学ぶのではないでしょうか。

トランプ氏はまず経済を金融政策に依存して成長させるというところから、より積極的な財政出動に切り替えていくのではないかと思います。そうすれば雇用が生まれますし、同時に日本にとっての機会が生まれるということになります。

NAFTAの再交渉も求めるでしょう。より保護主義的なアプローチを、貿易政策に対して用いるはずです。安倍首相はトランプ氏との会談においてアメリカにとっても、アジア地域、世界にとっても、自由貿易、そして環太平洋経済連携協定(TPP)がいかに重要であるかということを話したのだと思います。

米ロ、米中関係に大きな変化はない

藤崎氏:私は、米ロ関係、米中関係は大きな変化というものはないと思います。核の分野では米ロは競合する関係になりますし、トランプ氏もこれまでのロシアの行動について報告を受けるでしょう。米中関係でいうと、関税の問題は物価や、アメリカの競争力にも影響を及ぼします。また、習近平氏とより近い関係になろうとしても、構造的に大きな動きはできないと思います。また米軍、議会、諜報(ちょうほう)機関などについても、大きな方向性の変更というものはないと思います。つまり、中国、ロシアの対米政策ということについても、変更の範囲は限られていると思います。

そこで、やはりアメリカにとっては北大西洋条約機構(NATO)加盟国、韓国、オーストラリア、日本との同盟関係が重要になると思います。自国だけでの問題に取り組み、解決しようとするのは非常に非効率です。環境問題やTPPなどの個別の政策はさておき、全体としては、米ロ・米中関係同盟国との関係と、それらの構造は基本的には変わらないと思います。

カーティス氏:そうですね。歴史的な結果となったわけですが、革命ということではありません。やろうと思えば、革命を起こせるような可能性も秘めているとは思いますが、そのためにはいかに自国の政府内でコンセンサスを醸成していくかが重要だと思います。

おっしゃるように外交はそれほど大きく変わるということはないと思います。構造自体が変わっていないし、根本的な国益も変わっていない。プーチン大統領とそんなに仲良くできるわけでもないし、習近平氏に完全に敵対的な態度をとることもないでしょう。

では大変革を期待した人たちの反応はどうなるのでしょうか。社会がこれだけ分断されてしまったのです。そして一方の側が、他方に対して、尊敬の念をほとんど示さない。そのような状況下での統治は非常に難しい。その統治力というのが大きな問題となってくると思います。この点は、クリントン氏が大統領になっていたら、上院、下院とも共和党が過半数を占めている状況ではトランプ氏より一層厳しかったわけで、議会対策という意味ではトランプ氏の状況はまだましなのですが。

冷戦が終わったあと、非常に不確実で、流動的で、多極的なシステムへと変わってきています。アメリカは緊密に同盟国と連携する必要があります。単に負担を分かち合うということだけではなく、意思決定も含めてです。駐留費すべてを払わなければ在日米軍を撤退させるぞと迫るのは意味がなく、地域の安全保障のためにより大きな役割を求めたいといえばいいのです。日本がさらに発言力を持ち、お互いの役割は何なのかを考えることは課題だと思います。

もう一つ重要なのは中東政策です。過激派組織イスラム国(IS)とシリアです。中東に関しては大きな変化が予見されます。シリアの問題を解決する唯一の道はアメリカがロシアとなんらかの合意に達するということです。問題を解決するためにはロシアの協力が必要です。どう実現していくのかというのは本当に難しいと思いますけれど、優先順位が高い課題なのは間違いないし、楽観はしておりません。

実はここで安倍首相が果たす役割があると思っています。首相はプーチン大統領といい関係を築いています。トランプ氏ともいい関係を築くでしょう。世界の首脳の中で、いま安倍首相は最も各国首脳について知っている一人であり、またロシア、中国、東アジアなどと外交面での実績がある首脳だと思います。

また東アジアでも同様に、日本には重要な役割があると思います。一体どのような利害が関わっているのか、トランプ氏を教育していく啓発していく必要があると思います。またトランプ氏の登場によって、ある意味、日本は国際的に重要な役割が与えられたわけです。たとえば、TPPも、米国抜きで「TPP11」というものへと変えていき、批准できるように変更していくといった模索が可能かもしれません。中国やその他の環太平洋諸国も含めて、さらに包括的なアジアの経済連携を築いていけば、アメリカもやがて入ってくるのではないかと思います。

藤崎氏:次期大統領がもしクリントン氏であれば、教育する、という言葉は出てこなかったと思いますが、ロシア、中国、韓国、ASEAN、インドなどについての見方は、日本が今後、トランプ氏側に提供していけるのはないでしょうか。