RSS

世界報道写真展から

世界報道写真展から——/五輪開催都市のほこりっぽい宮殿で(Webオリジナル)

[第6回]ペーター・バウザ

エドゥアルダは、うち捨てられたアパートの1つに7人のきょうだいと住んでいた
Photo:Peter Bauza

ブラジル・リオデジャネイロから西に約60キロ。ドイツ人写真家ペーター・バウザ(58)はジャンバラヤと呼ばれる不法占拠地区を探して、車を走らせていた。だれに聞いても分からなかったその場所は、窓のないラブホテルに囲まれた一角にあった。


足を踏み入れた。壁が黒く変色した団地にバラックが連なり、路上には車の残骸が残る。小高いバルコニーを歩き始めると、眼下で人声が聞こえた。寄付の衣服が届き、我先にと飛びついていた。振り返ると、窓辺に座った少女がその様子を見つめていた。物憂げな表情に思わずシャッターを切った。3枚撮り終わる頃、少女の姿は窓の中に消えていた。


「コパカバーナ・パレス(宮殿)」。リオにある高級ホテルの名前でも呼ばれるようになったのは、壁にそんな落書きがあったからだ。30年前に建設途中でうち捨てられた団地に約300の家族が住み着き、少女は7人のきょうだいと住んでいた。ほこりっぽさ、怒り、そして力強さ。「ブラジルの直面する問題のすべてを表現している」と直感した。


この写真を撮ったのは2015年6月。翌年、リオは五輪の開催を控えていた。「きらびやかな開催都市の裏側に、世界が目を向けてくれるのではないか」。モーテルに住み込んで約150日間をこの場所で過ごし、惨めさだけでなく、そこに生きる人々の喜びや幸せもカメラに収めた。

捨てられた車で遊ぶ子どもたち
Photo:Peter Bauza


ドミンゴ(手前)はよりよい暮らしを求めて、アンゴラからブラジルにやってきた。ルルドと彼女の5人の子どもたちとともに暮らす
Photo:Peter Bauza
ここで生きる人々は、この建物が住みやすくなるよう、工夫を凝らす
Photo:Peter Bauza

5カ国語を駆使して飛び回る。「カメラを持てなくなるまで、世間が知らない裏の顔を撮り続けたい」。こんな場所があるなんて知らなかった、と言わせないために。


撮影者のペーター・バウザ氏

リオ五輪とその後


リオデジャネイロ五輪は2016年8月に行われた南米で初めての五輪だった。ブラジル経済は五輪招致が決まった09年こそリーマン・ショックで落ち込んだものの、翌年には経済成長率が7.5%に達する急回復を見せた。だが、その後は中国経済の減速と資源価格の急落、内政の混乱によって不景気に陥り、マイナス成長に落ち込んだ。


大会もその余波を受けた。組織委員会は、立候補当初は64億ドル(約7200億円)を見込んだ運営費の削減を余儀なくされ、実際には35%減までスリム化した。期待されたほどの経済波及効果は得られず、選手村を含めた多くの施設も、十分には活用されないまま放置されている。


(GLOBE記者 高橋友佳理)




この記事をすすめる 編集部へのご意見ご感想

  
ソーシャルブックマーク
このエントリーをはてなブックマークに追加

Back number | バックナンバー

[第3回]世界報道写真展 その瞬間、私は 父よ、心は泣いていた

[第3回]世界報道写真展 その瞬間、私は
父よ、心は泣いていた

[第2回]世界報道写真展 その瞬間、私は その場にいたのは偶然だった

[第2回]世界報道写真展 その瞬間、私は
その場にいたのは偶然だった

[第1回]世界報道写真展 その瞬間、私は ドレスを風になびかせて

[第1回]世界報道写真展 その瞬間、私は
ドレスを風になびかせて

Popular article | 人気記事

さらに記事を見る
Facabookでのコメント

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

Information | 履歴・総合ガイド・購読のお申込み

Editor's Note | 編集長から

PC版表示 | スマホ版表示