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世界報道写真展から

世界報道写真展から——/父よ、心は泣いていた

[第3回]ワリード・マシュハディ




シリア・アレッポで生まれ育った21歳の青年、ワリード・マシュハディは、心で涙を流しながら撮り続けた。紛争が激化した2016年9月のことだ。 初めてカメラを手にしたのは4年前。心理学者を目指す高校生だったが、武力衝突が激しくなり、学校の授業も行われなくなった。手持ちぶさたになる中で「まもなく闘いは終わる。祖国の苦しみの終わりを記録しよう」と、父が所属していた民間防衛隊「ホワイトヘルメッツ」に同行して撮影するようになった。 だが、闘いは終わらなかった。16年7月、父は空爆を受けた建物から子どもを助け出そうとして、ロシア軍の空爆を受けて亡くなった。48歳だった。


父の死後は、戦火を逃れる親子にレンズを向ける度に心が裂かれた」。それでも、「親や子を失う痛みを伝えたかった」。父の死の2カ月後に撮った写真が受賞作になった。 写真は通信社を通じて世界中に配信された。「アミール・アルハルビ」という仮名を使ったが、それでも身の危険を感じ、家に戻れなくなった。受賞の知らせを受けたのは、母親とともに祖国を逃れる途中のトルコだった。喜びはなく「生死の境にある親子の写真を撮って受賞したなんて」と罪悪感が募った。 今年4月からはフランス・パリで難民として暮らす。まだ労働許可が出ていないため、お湯どころか水も出にくい小さなアパートで、難民たちの暮らしを撮影する日々だ。「写真中毒になったみたいだ」。心を保つために、ただ撮り続ける。


破壊された世界遺産都市


アレッポはダマスカスに次ぐシリア第2の都市で、世界最古の都市のひとつ。肥沃な土地に恵まれ、紀元前2千年前後から地中海とメソポタミアを結ぶ交易中継地・軍事的要衝として栄えた。アレッポ城や市場(スーク)などの旧市街一帯は1986年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されたが、2011年に始まった紛争で多くが破壊された。 紛争はアサド政権が民主化要求運動を武力弾圧したことに端を発し、軍から離反した兵士らによる武力衝突から内戦状態に陥った。アレッポは反体制派の最重要拠点になったが、昨年末、ロシアやイランの支援を受ける政権軍が奪還した。


(GLOBE記者 高橋友佳理)

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