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「もしいま、マスードが生きていたら」

フォトジャーナリスト 長倉洋海氏に聞く

一般人を巻き込んだテロや、国家による無差別爆撃が起こり、世界情勢は混沌を極めている。アフガニスタンの戦士マスードの密着取材で知られるフォトジャーナリストの長倉洋海さんは、37年にわたり世界の辺境や紛争地を歩き、そこに生きる人々や起きているできごとを写真を通して伝えてきた。いま、世界で噴出する問題の根底にあるものはなにか。東京都写真美術館で写真展を開催中の長倉さんに聞いた。(構成・GLOBE編集部 高橋友佳理)

山で一人、本を読む抵抗運動の指導者マスード。その姿は、平和な国の若者と変わらなかった=長倉洋海撮影、1983年、アフガニスタン

――1979~89年のアフガン戦争当時、北部同盟の指導者だったマスードに同行して500日間をともにしていますね。なぜ、そのような取材を?


 マスードという人物を通じて、日本の人たちにアフガン戦争を伝えたかった。どんな人が戦っているのかを知れば、遠い場所で起きている戦争に関心を持ってくれるだろうと思いました。「死ぬこと、生きることをどう思っているのだろう」「恋人はいるのか、結婚をどう思っているのか」――。同世代の若者として聞いてみたいことがたくさんあった。彼は、戦争や戦術ではない、個人的なことを聞かれてびっくりしていましたが。


――マスードはどんな人でしたか。


戦いの中にいたけれど、できるだけ戦いを避けようとした人でした。死後、マスードにノーベル平和賞を、という運動がアフガン国内で起きたほどです。それほど平和の人、というイメージが強い。


会う前には革命家の「チェ・ゲバラ」のようなイメージを抱いていましたが、決して自分の価値観を押しつけなかった。敬虔なイスラム教徒で、豚肉や酒は口にしませんでしたが、私に、「オマール(私の呼び名)、豚肉はどんな味がするの?」などとおどけてみせ、戦場の兵士たちを和ませていました。シューラという地域の会議の決定を何より大事にし、お年寄りを敬うよきイスラム教徒です。侵略者とは戦いますが、世界の人、国々と仲良くしたいという気持ちを持っていました。


――マスードは2001年9月9日、テロ組織アルカーイダのメンバーと思われるアラブ人のテロで暗殺されてしまいます。どう受け止めましたか。


マスードはソ連軍に100万ドルの懸賞金をかけられていましたが、いつ会いに行っても元気なので、「アッラー(神)の加護を受けているのではないか」と思っていました。突然の悲報に、当時は悲しいけれど起きてしまったことだと受け止めましたが、今ほど、「もし彼が生きていたら」と思うことはありません。少数の過激派によってイスラムには悪いイメージがついてしまった。彼なら、本当のイスラムの姿を体現して世界に伝えることができたと思う。いま、大多数のよきイスラム教徒たちの声が届いていないことが残念でなりません。

パンシール川で体を清めたあと、川辺で礼拝をするマスード。その姿は神に語りかけるようだった=長倉洋海撮影、1983年バザラック

――マスードの暗殺以降、「9・11」、イラク戦争・・・と悪い流れが続きます。マスードの暗殺はいまの世界の混沌の始まりだったのではないですか。


マスードは「私がテロとの戦いをやめたら、このテロは世界に広がる」と予言していました。私はその時点では、アフガニスタンにいるアルカーイダやタリバーンのような過激な思想がこれほど世界に広がるとは思っていなかった。でも、マスードには分かっていたのです。


――狂信的な思想が広がったのはなぜだと思いますか。


本来のイスラムではありえないような、罪のない一般市民を巻き込むテロが起きている。テロを起こすひとりひとりの中に、現代の世界への強い敵意を感じます。欧米にあこがれて留学したエリートの若者たちが、行った先で差別を体験し、それがもとで一気にイスラムに回帰して過激な思想に傾いていく。「自分を受け入れない世界」への恨みが噴き出している。世界を受け入れられないのは、互いが助け合う子ども時代を送っていないからではないでしょうか。

私が写真を撮ったお礼にと昼食をごちそうすると、それを食べずに家で待つ弟に持って帰るラモス=長倉洋海撮影、1990年、サン・サルバドル


――今回の写真展では中米エルサルバドルをはじめ、アマゾン、キューバ、コソボなどで撮った子どもたちの写真もたくさん展示しています。なぜ子どもに注目するのですか。


私は1981年、左翼ゲリラと政府軍との内戦が続く中米エルサルバドルの現状を撮ろうと現地に入りました。そこで私の心をとらえたのは、戦場の危険よりも、市場で野菜や新聞を売って働く子どもたちや難民キャンプの人たちでした。


私も子ども時代、実家の雑貨店を手伝っていた。嫌で嫌で仕方なかった。でも、市場で働く子どもたちが一生懸命生きる姿は、むしろ生き生きとしていました。野菜が売れると「売れたよ!」とお母さんのところに喜びいさんで走っていく。売れない時には売り子のお姉ちゃんやお兄ちゃんが売ってくれる。人は一人では生きてはいけない、助け合って生きていくんだという大事なことを、彼らはそこで学んでいたのです。

森で鳥を狙う男の子。矢じりは三股で、鳥に衝撃を与え捕らえるためのものだ=長倉洋海撮影、1995年、ブラジル・ロライマ州デミニ村


子どもというのはもともとインターナショナルです。言葉ができなくても、何人かで遊んでいるとすぐ仲良くなる。地位とか宗教、民族ではなく、人間そのものを見ようとする。ぼくを受け入れてくれたマスードにしても、アマゾンの先住民アユトン、コソボのザビット一家にしても、みんなそういう「子ども心」を持っていました。


――危険地に多く行っていますが、命の危険を感じたことはないのですか。


1980年代にも思想が違う人たち同士の戦いはありましたが、時代がもっとおだやかでのんびりしていた。レバノンで過激派につかまったことがありますが、マスードの写真を見せて一生懸命説明したら釈放してくれた。でも今は、国籍や宗教で色分けされ、日本人も有無を言わさずに殺されている。心の中に「壁」を作る人があふれている。


――人の心が変わってきたのでしょうか。


世界の矛盾やゆがんだ世界観が長年かかって問題を巨大な毛玉にしてしまった。目の前にある小さな毛玉ならほぐせるけれど、大きくなりすぎてほぐせない。でも何とかしないと、子どもたちが生きていけない。先進国からイスラム過激派に加わろうとするなんて、子どもたちも病んできているあらわれです。日本でもよく見ますが、テレビゲームでしか遊べない子どもは決して健全ではないと思う。


等身大の世界を見て、自分たちと違う文化の人たちに出会い、違う文化だけど共通点があることを知ってほしい。他者の物差しを、できるだけたくさん持ってほしい。子どもたちにこそ、写真展に来てほしいのです。


自分や自国の利益しか考えないという点で、米トランプ大統領やロシアのプーチン大統領も狂信者たちと似た部分があります。自分の子ども時代のことを思い出したら、ほかの国の子どもたちに爆弾を落としたり、みんなが生きていく地球を汚したりなんてできないと思う。世界のリーダーたちにこそ、子ども心を持ってほしい。


――今回の写真展では写真170点、スライド140点と過去最多の写真を展示しています。集大成の位置づけでしょうか。


集大成というよりは中締めです。いちど、自分をリセットする意味で振り返ろうと。これまではテーマや地域別の展示が多かったけれど、37年間撮ってきたものを一気に展示することで、ぼくという川の流れに沈殿するものや上澄みが見えてくる。いろんな地域を訪れる中で、人間に共通するもの、本質が見えてきた。これからも、世界を見続けたい。人を支える大事なものは何か、というテーマは、変わりません。

高橋友佳理撮影

●ながくら・ひろみ 1952年、北海道釧路市生まれ。通信社勤務をへて、1980年よりフリーランス。アフガン戦士マスードやエルサルバドルの難民キャンプの少女などを長期間にわたり取材。2003年からマスードの故郷パンシール渓谷の「アフガニスタン山の学校」を支援する活動を始める。実家の北海道・釧路で塾長として写真技術や世界を見る視点を教える「長倉商店塾」を主宰。詳しくはホームページ

5月14日まで、東京都写真美術館で「フォトジャーナリスト長倉洋海の眼 地を這い、未来へ駆ける―」を開催中。毎週土・日13時~ギャラリートークあり。


長倉洋海写真集全5巻(未来社) 

●長倉洋海写真集全5巻(未来社) これまでに撮影した写真を「MASSOUD」「“ko・do・mo”CHILDREN”」など5つのテーマにわけて精選。初収録の作品も多い。限定880部、税抜き1万4千円。


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