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[第23回]ノキアの衰退と福祉政策が生んだフィンランドの起業革命

トイボネン・トゥーッカ(ロンドン大学准教授)


フィンランドで今、起業ブームが起きている。携帯電話の世界王者ノキアが衰退し、会社勤めも不安定だという認識が社会に広がった。それを知った若者たちが、手厚い社会保障制度も強みにして、失敗を恐れず挑み始めている。(構成 GLOBE記者 藤えりか)




トイボネン・トゥーッカ=藤えりか撮影

昨年、ヘルシンキで開かれた新興企業のイベント「スラッシュ(Slush)」に参加したフィンランドの投資家、リク・アシカイネンは、こう語った。「ヘルシンキは今、疑いなく起業の聖地だ。ここに来る起業家は、必要な投資を受けられると確信していい」


スラッシュは起業家から中国の汪洋(ワンヤン)副首相に至るまで、計98カ国から約1万人が参加した。立地的にフィンランドより有利なウィーンでは、同様のイベント参加者が約2500人だったことからみても、スラッシュが社会的な変化を表していることは明らかだ。


日本の多くのスマホ利用者は、ゲームアプリの「アングリーバード」や「クラッシュ・オブ・クラン」をご存じだろう。開発したのは、それぞれロビオ・エンターテインメント、スーパーセルというフィンランドのゲーム会社だ。


彼らの成功は、かつて無敵に見えた携帯電話の世界大手ノキアの衰退と同時に起きた。ノキアの失敗をスマホ市場での敗北と関連づけるのはたやすいが、ではなぜフィンランドが新興企業の「都」としての地位を高めたのだろう? 現地の学生や起業家、学者ら30人に、日本の若手社会学者、古市憲寿と聞き取り調査をした。




「確実な仕事」などない時代


エリナ・ウーテラ(24)はヘルシンキ大学でコンピューター科学を専攻する女子学生。17歳でコンテンツ企業を立ち上げ、2011年にスラッシュを運営する責任者ともなった彼女は、ポスト・ノキア時代には「確実な仕事」などないと信じている。


起業に対する考え方は、不況が直撃した1990年代は全く違った。フィンランドのゲーム業界の先駆者で、マイクロタスク最高経営責任者のヴィッレ・ミエッティネン(39)は。多くの友人から、「コンピューターで遊んでいないで、現実の仕事を見つけろ」と言われた。起業の失敗は恐ろしいものとみなされていた。それが一転、ミエッティネンらの成功で、大学を中心に起業家が増えていった。起業もゲーム業界も著しく地位が上がり、より多くの若者が起業に挑戦するようになった。


若者を突き動かすものは何だろうか。僕たちが調査で繰り返し目にしたのは、自分の価値観と一致し、意味のある仕事をしたいと考える若者が多いことだ。ウーテラいわく、「若者は気候変動や国内外の危機を深く懸念している。それに対して大人が行動を起こしてこなかったことを目の当たりにしている」。カネや優越感を追い求めるために起業するのではなく、起業で得たもので社会問題の解決につなげたいと考えている。


シンクタンク「デモス・ヘルシンキ」が行った2012年の調査では、望ましい職場の特徴として、8割近くの若者が「存在意義」を挙げた・給料や長い休暇は二の次のようだ。


スラッシュなど新興企業のイベントが、米シリコンバレーの考え方をうまく採り入れて、起業をかっこいいものとして見せ、若者の意欲を高めた面もある。こうした若者たちの集まりは一種のコミュニティー(共同体)といえ、起業の協力者を見つけたり、失敗した時に新たな機会を見つけたりする「セーフティーネット」としても、うまく機能している。




起業リスクの少なさも強み


フィンランドの福祉国家制度も、起業革命にいい影響をもたらしている。ウーテラは「大学の学費は無料。起業のリスクは最小限になっている」とも言っていた。家賃や食費、学費への差し迫ったプレッシャーがなければ、起業のアイデアや計画を試しやすい。


福祉政策は一見、若者の能動的活動とは結びつかないイメージがあるが、間接的に若者を起業に駆り立てる助けとなっている。福祉政策の浸透で若者たちは、他者や環境といった社会問題にかかわる起業に目を向けるようにもなった。


最近は北欧でも経済格差が広がっている。確実な仕事がない時代、手厚い福祉政策は不可欠なようにみえる。福祉と起業の関係を再考し、新たな起業コミュニティーが果たす役割について探る必要があるのではないだろうか。




Toivonen Tuukka

トイボネン・トゥーッカ=藤えりか撮影

1979年、フィンランド生まれ。立命館アジア太平洋大学卒、2009年にオックスフォード大学博士号取得(社会政策学)。現在は、ロンドン大学の東洋アフリカ研究学院(SOAS)の准教授。共編著に『若者問題の社会学』(明石書店)。


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