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ダボス会議――。毎年1月に5日間、スイスの小さなリゾートで開かれる非営利組織「世界経済フォーラム」の年次総会だ。1971年から始まったこの会議は今や、金融危機、雇用、資源枯渇、地球温暖化、貧困など世界の課題をめぐり、政府、民間企業、市民団体、学界などが協働する有効な「場」となっている。そこでの過去10年の変化は、「世界級の人材の払底」という日本の課題を映し出している。

私が初めてダボス会議に出席したのは2000年。以前から出席していた一橋大の竹内弘高教授から推薦されて招かれた。
最初の年は、クリントン米大統領、ブレア英首相、アラファト・パレスチナ自治政府議長ら世界の政治を左右するリーダー、ビル・ゲイツやマイケル・デルなどIT分野の若手経営者を目の当たりにし、世界のリーダーの可能性を信じてリスクをとっていく勢いと若々しさに圧倒された。
日本の首相は欠席だったが、共同議長には西室泰三・東芝社長(当時)がいた。日本に関するセッションにも有力なパネリストが登壇し、「失われた10年を超えて、日本はどうやって回復するのか、それはいつか」を話し合った。世界の日本に対する関心はかなり高いと感じた。
では、ここ数年の状況はどうか。昨年の福田総理、今年の麻生総理と2年続けて首相は出席したが、共同議長を務める日本企業のトップはいない。日本を単独で扱うセッションは、08年の「日本:忘れられた国?」が最後。09年には「中国、インド、日本―アジアのビッグ3」というセッションになった。
約2000人の出席者のうち、日本人は100人近くいるが、会議を「見に行く」という受け身の姿勢が目立つ。「Sushi」の人気で人が集まるジャパンディナーだけに出席する人が多く、専門家や当事者と直接やりとりできる場として生かす人は少ない。全体会議のパネリストも個別セッションのモデレーターを務める日本人もごく少数だ。
一方、中国、インドに対する世界の関心は高まるばかりで、関連セッションはすぐ満席になる。共同議長をつとめる新興経済国のリーダーも増えている。その存在を世界にアピールするために開くレセプションも数多い。
なぜ10年間でこれほど日本の存在感がなくなったのか。こうした状況に危機感が足りないばかりか、さらに内向きになっていないか、というのが私の懸念である。
1年ほど前、若いビジネスパーソン向けのキャリア開発セミナーの講師をした。そこで「英語の力を増す努力は必要か」という質問が出て愕然とした。
世界のコミュニケーションのデファクトスタンダード(事実上の標準)は今のところ、英語である。英語ができれば、遠く離れた地にいる、ある分野の専門家に直接質問やコメントもできる。できなければ、情報通信技術の進歩で誰でも手に入れられるようになった知的資産の大部分にアクセスもできない。世界に広がる限りない可能性からシャットアウトされてしまう。
(次頁へ続く)
経営戦略、グローバル競争におけるイノベーション戦略が専門。80年、米バージニア大大学院経営学修士(MBA)修了。85年、ハーバード大経営学博士(DBA)を修了し米マッキンゼー社でマネジャーに。92年から青山学院大国際政治経済学部教授、00年から現職。世界経済フォーラムのフェローも務める。著書に『戦略シフト』(東洋経済新報社)など。