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先読み日本経済

[第18回] 「理系人間」よ、発言せよ
環境エネルギー革命に必要な大局観

藤原洋 Hiroshi Fujiwara インターネット総合研究所長

理系も大局観を身につけよ

理系人間は専門領域に好奇心を集中させて、のめり込む人が多い。研究者には必要な資質だが、バランスに欠ける面もある。社会観、歴史観、大局観を身につけることが必要だ。

私自身はこれまで、様々な企業の経営に携わってきたが、技術と社会の両方に興味があったことが大いに役に立った。

素地ができたのは、中学生のときだ。アインシュタインの「特殊相対論」とマルクスの「資本論」にのめりこんだ。

前者を読んだのは、1969年のアポロ計画がきっかけで、どうすれば人間が月よりもさらに遠くの宇宙へ行けるか、知りたくなったからだ。中学生なりに、ロケットが飛ぶ理由やその限界を理解したつもりだ。

後者は、全共闘運動で東大入試が中止になったのがきっかけだ。マルクス主義とは何だろうかと思った。

資本論には、封建社会から資本主義になり、階級闘争が起きて、社会主義、共産主義へと進む道が示されていた。ところが、ソ連は、共産党という新たな封建領主が現れただけ。結局、学生が資本論をよく理解せず運動していると感じた。

自然や社会の根源的な問題に接して大局観を備えた理系人間が、今ほど、経営や社会に積極的にかかわるときはないのではないか。

最近の出来事を見てみよう。金融資本主義の肥大化と崩壊である。

「金融立国」論の傲慢

金融の役割とは、何らかの生産活動を支援することであって、独り歩きするものではない。金融が独りで走った結果が、米国のサブプライムローン問題だ。

「金融立国」論は、生産活動よりも金融を優先させる。先進国たるもの自国が働くのではなく、他国を働かせれば良いとする、きわめて傲慢(ごう・まん)な発想である。そのおごりが世界金融危機を招いたといえる。

企業の経営の目的は、利益ではなく、その企業の持つ独自の技術による社会貢献だ。貢献を続けるためにこそ適正利益が必要なのだ。

となれば、日本の選択すべき道は、「金融立国」ではなく、「科学技術創造立国」であることは明らかだろう。

世界は、ITによる「デジタル情報革命」の時代から「環境エネルギー革命」の流れにある。まさに、無資源国の日本が目指すべき方向だ。

日本は人口が減り、高齢化する。右肩上がりの成長は期待できない。一つだけ、光明があるとすれば、太陽光発電や2次電池(蓄電池)、燃料電池、電気自動車など環境関連の科学技術だ。

日本は優れた技術をもっている。それを、どう産業として育成していくか。企業でも官庁でも新産業の創出能力が問われている。

今の私の仕事も、この発想から生まれたものだ。

南米チリの5640mの高山に世界最高水準の赤外線望遠鏡(口径6.5m)を造る事業や慶応大学の電気自動車事業に投資している。前者は、東京大学と一緒に進めている事業だが、天体を観測するだけでなく、温暖化ガスの量まで精密に計測できる。

また、周辺に広がるアタカマ砂漠は、年間を通じてほとんど雨が降らない。この気候を利用して、太陽光発電所を造り、超伝導送電と組み合わせる計画も立てている。

天文学と太陽光発電技術を結びつけ、環境エネルギーという社会問題への貢献を狙っているのだ。

過去の専門知識にとらわれず、新たな問題設定能力を備えた理系人間が必要だ。環境エネルギー革命に乗り出す日本で指針を示す気概を持とうではないか。

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