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先読み日本経済

[第16回] 「公」を知るリーダーを育てよう
「古典」を学ぶ意味を考える

猪木武徳 Takenori Inoki 国際日本文化研究センター所長

日本の人材の分布構造について、しばしば次のようなことが指摘されてきた。日本には将官クラスより下には優れた人材が多い。しかし欧米に比べると大将・中将には傑出したリーダーが少ないと。

猪木武徳氏

企業でも、直接生産部門の現場作業者がかなり高度の判断業務を行い、日本の国際競争力の源泉となってきた。行政官庁でも、出世競争の見通しがついた局長よりも、課長補佐クラスが法案の策定に中心的な役割を演じている。

学問の世界でも分野によっては、先端の研究は30歳代までの研究者が活発で、40歳代を過ぎると学内行政や学会活動に熱心なものが多くなると言われる。

いずれも日本の中間層の厚さ、現場の担当者の能力の高さを示す人材の分布構造だとされてきた。しかしこの強みは、単なる「老人支配」の体制を温存する危険性があるだけでなく、大きな変化や危機への対応力という点では深刻な問題を抱えている。

ここには二つの問題が含まれる。ひとつはリードすべき立場にあるものが、リーダーとしての役目を果たさないということ。第二に、組織の中で、「公」の観点から自分を位置づけることができないものが多いという問題である。これらはいずれも教養の教育と関係すると筆者は考える。

衰退した「教養」教育

まず前者の「リーダーシップ」という点から見てみよう。日本の高等教育は大きな改革を戦後経験した。戦前の教養教育機関であった旧制高等学校は、占領政策によって廃止され、新制大学では「教養教育」は軽視され、画一的な4年制の大学が数多く誕生する。

新制大学では、教養課程は前期2年、専門課程は後期2年と「横割り」となった。前期2年は単調な受験勉強に明け暮れた若者たちの「リハビリテーション」の期間のような様相を呈した。教養課程は改革の意図通りの「教養教育」の場とはならなかったのである。

その後1991年の大学審議会の大学設置基準の「大綱化」答申によって、教養と専門の「横割り」は廃止され、「縦割り」が進み、4年間いつでも教養科目が履修できるようになった。しかし、この改革も「意図」と「結果」が一致しなかった。教養教育は専門重視の勢いに圧倒され、ほとんど風前の灯と化したのである。

(次頁へ続く)

猪木武徳氏の略歴

いのき たけのり
1945年生まれ。
68年、京都大学経済学部卒業。74年、米マサチューセッツ工科大学大学院博士課程修了。労働経済学や経済思想が専門。 大阪大学経済学部教授などを経て、国際日本文化研究センター教授に。2008年4月から現職。著書に『大学の反省』(NTT出版)、『戦後世界経済史―自由と平等の視点から』(中公新書)など。

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