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そこには落とし穴があった。報酬の「先取り」と、「オプションの非対称性」という問題である。
金融論の基本に「現在価値」という考えがある。将来にわたって生じる経済的成長およびキャッシュフローを推測し、金利で割り引いて現在の価値に換算する方式である。
企業価値を算出する際に現在価値を応用するのがDCF(Discounted Cash Flow)論である。株価とは足元の企業業績だけでなく、将来にわたる成長と収益性の現在価値という考えだ。この現在価値を、企業価値の予測の延長として、報酬制度にも応用することは合理的かつ客観的な手法に見えなくもない。
しかし、現在価値に基づいた報酬は、実際に収益が現時点で実現していなくても、計算上の仮想益として報酬を支給することになる。つまり、将来の収益を「先取り」してしまうのだ。
また、金融取引で多用される「オプション」の特徴から課題が生じる。「オプション」保有者にとって収益は「無限」に拡大しうるが、損失は「有限」という非対称性がある。
すると、事業成果のボラティリティ(変動率)を高めることが保有者にとって有利になる。賭け事にシロが出たら大儲(おお・もう)け、クロが出ても損はしないという結果になるのであれば、大勝負に打って出たくなる。オプションは期限付きなので、期限内に収益を上げたいという「先取り」のインセンティブが高まる。
企業経営者のストックオプション報酬制度は、その二つが重なりあう課題を抱える。将来に生じる業績を「先取り」し、かつ「変動を高める」というインセンティブが働いてしまうからだ。
ストックオプションは、企業経営者と株主との目線を合わせるという大義で導入された。ベンチャー企業のように、仕事の成果に対して現金報酬を支給する体力がない組織が優秀な人材を確保するためには効果的だろう。しかし、上場企業の場合は財務体力があるところが多い。報酬を現金で払えないわけではない。
目線を合わせるのが目的であれば、上場企業の経営者は、ストックオプションではなく、自社の株式をもつことで、株価の変動を共有すべきではないだろうか。
アメリカが図面を引いたインセンティブデザインは、個々には合理的に見えても、全体の経済システムをうまく働かせないことがある。それが今の金融危機を招いてしまった一因だった。
渋沢栄一に「経営者一人が大富豪になっても、そのために社会の多数が貧困に陥るようなことでは、正常な事業とは言われぬ」という言葉がある。栄一なら、最近の米国を厳しい目でみたような気がする。
私自身は、8年前まで、米国の投資銀行やヘッジファンドで約15年、トレーダーなどとして働いていた。短期的な収益を追いかける現場にいたのである。
ところが、独立して、資本と経営の視点を持つようになってから、ファンドと企業経営者は「企業価値を高める」という縦軸では一致しても、「いつまでに」という時間軸、横軸ではずれることに気づいた。資本効率性を高めたいというファンド資本主義に、結局は、なるべく短期で収益を上げたい、という限界があるのではないか、と思うようになった。将来の利益の「先取り」が、長期的にはその企業にとっても社会にとっても益であるわけがない。
8年前、自分の子供ができたときに、大人になったときのために何か積み立ててあげようと、投資信託を買うことにした。何十年後に売るということを決めてしまうと、楽に投資ができることに気がついた。
私が去年、個人向けの株式投資信託会社を立ち上げたのは、そうした経験がベースになっている。
短期的な収益を求めるのではなく、30年後にその会社が社会の役に立っていれば収益が上がっているはずだ。そういう会社を30社厳選し、投資することにしている。
米国も捨てたものではない。多様性を象徴する新しい時代の大統領を選んだ。時代の変化に適応する国民の底力を感じる。
一方、日本には、設立100年以上の長寿企業が2万社あるといわれる。それもまた、時代の変化に適応する底力であろう。
先代から次代に会社を継ぐということは、そのときの成長や収益性ではみえにくくても、時代を越えて生き続ける優れたものがあるはずだ。それは何なのか、自分の会社で投資する際に探っていきたいと思う。
目先の成長ではなく、「継ぐ心」という資本デザインで、日本が世界に貢献できると期待したい。