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世界のスポーツ

[第91回]ゴルフのW杯 65年目になされた再評価




個人競技をチームで戦う

最終ラウンドで、バーディーを奪って拳を突き合わせるデンマークチーム=AFP時事

男子で世界ランキングトップ10のうち5人が出場を辞退したのも、ジカ熱への不安や過密日程などに加え、普段のツアーと同じ個人による競技方式だったことが意欲をそいだと言われる。


事前に出場を辞退していた松山英樹(24)は「チーム戦なら、また違ったかも」ともらした。日本代表で出た池田勇太(31)は帰国直後、「このままでは五輪ゴルフはすぐに終わる」とまで語った。


これまでもW杯はゴルフの歴史に節目を刻んできた。


第1回大会は1953年。知名度が急上昇したのは3年後の56年で、英国の名門・ウェントワースで開催された第4回大会で米国ペアが優勝し、米メディアが大きく報じたことがきっかけだった。


翌57年は埼玉の霞ケ関カンツリー倶楽部で開かれ、中村寅吉、小野光一の日本ペアが初優勝。テレビで中継されて優勝パレードも行われ、日本で最初のゴルフブームが巻き起こった。


スター選手たちもW杯にこぞって参戦した。アーノルド・パーマーとジャック・ニクラスの米黄金ペアは63~67年の5年間で4度の優勝を飾った。


01年には、静岡・太平洋クラブ御殿場コースにタイガー・ウッズが登場し、4日間で5万人超の観客を集めた。


「ゴルフは個人スポーツ。だからこそチーム戦には夢がある」。メルボルンの大会で2度目のW杯出場となった石川遼(25)は言う。


ワールドカップ第2ラウンドで談笑する石川遼(左)と松山英樹
photo: Watanabe Yoshie

松山と石川のペアで臨んだ日本チームは6位だったが、松山のアプローチから石川のパットにつないで決まったバーディーはファンにとっては実にぜいたくだった。松山は「もっと力強い選手になって、次は優勝を目指したい」と、再びの参戦を誓っている。


W杯は昨年9月に他界したパーマーが特に愛した大会の一つでもあった。「巨星」は生前、W杯の発展はすなわちゴルフの発展との持論を語り、こう予言したという。


「ゴルフの世界は年々急速に変化する。時が経つほど、W杯は輝きを増すだろう」


(文中敬称略)

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