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錦織圭に会いたい!クレーの季節、「番記者」が「すれ違い」の中で祈った

稲垣康介 #17


朝日新聞欧州総局(ロンドン)駐在のスポーツ担当編集委員、稲垣康介が現場から届ける臨場感あふれるコラム。スポーツが映し出される欧州の社会の「いま」を切り取ります。

マドリード・オープンでノバク・ジョコビッチと対戦する錦織圭=ロイター

アイスランドのレイキャビクの空港でスマホアプリのスコア速報とにらめっこしながら、私はモナコでの激闘の推移を見守った。

4月20日、男子テニスのモンテカルロ・マスターズで、錦織圭がマリン・チリッチ(クロアチア)と準々決勝を戦っていた。2014年全米オープン決勝の再現だ。ただ、今、2人の立場は違う。世界ランキング3位のチリッチに対し、同36位の錦織は昨夏に痛めた右手首のけがからの復帰途上で2月にツアーに復帰したばかりだった。


手に汗握る、という表現がふさわしかった。私はモンテカルロの取材現場にいないので、ツイッターでつぶやくのを自重していた。しかし、錦織が第2セットをタイブレークで失い、ファイナルセットにもつれこんだときに解禁した。それが、以下のツイート。


私は人口約35万のアイスランドが、史上初めてサッカーのワールドカップ(W杯)出場を射止めるという「小国の奇跡」の秘密を取材するために、レイキャビクに来ていた。

錦織はファイナルセットを6-3で制し、ベスト4入りを決めた。準決勝での幸運を願う意味を込め、アイスランドで拝めた虹の写真をつけて連続ツイートをした。


錦織は翌21日の準決勝で世界4位のアレキサンダー・ズベレフ(ドイツ)を破り、決勝に進んだ。22日に優勝すれば、4大大会の次に格式が高いマスターズ大会初制覇の偉業達成となる。しかも、戦うのはクレーでは無敵を誇るラファエル・ナダル(スペイン)。赤土の絶対王者に勝ったりしたら、もはや世界的なニュースだ。


しかし、私はそれでもモンテカルロには行けなかった。22日にロンドンマラソンの取材があったからだ。


勝ったら、もちろんうれしい。でも、せっかくなら自分も見届けたい。初夏のロンドンには青空が広がっていたけれど、私の心は晴れなかった。引っかかっていた。航空券をムダにしても、歴史的な瞬間に立ち会える可能性に賭けるべきではなかったか。


ロンドンマラソンの取材を終え、ヒースロー空港に向かった。フライトは16時台。空港でチェックインを済ませ、荷物検査を通過してほどなく、決勝の結果が判明した。やはり、ナダルの壁は厚かった。錦織は準優勝だった。


25日、私はバルセロナで、ようやく錦織と対面することが出来た。モンテカルロの次の大会がバルセロナであり、私もそれにあわせてほかのアポを入れていたからだ。「全身が筋肉痛」と明かしていた錦織の試合前練習を見ようと、午前9時半すぎに会場入りし、試合会場の第1コートに向かった。サーブ練習はそれなりに力強かった。今から振り返ると、ふだんと違うな、と感じたことがあった。私の姿をコート脇で見つけた錦織の方から、「あっ、久しぶりですね」と声をかけ、歩み寄ってきた。試合当日の練習では、そばに居ても視線を合わせないのが常だった。集中力を高めるため、よけいな雑音はシャットアウトするのが、ふだんの錦織だから。


ギリェルモ・ガルシアロペス(スペイン)戦は唐突な幕切れだった。錦織は第1セットを失い、第2セット最初のゲーム途中で棄権した。前週、6試合、しかも、そのうち4試合はフルセットにもつれる激闘の疲労が抜けていなかった。「もう動けなかったので、たぶん、このままやっても勝てないだろうし、簡単に勝てる相手でもないので」。試合後、会場のプール脇で記者たちに囲まれた錦織の表情はさっぱりしていた。


気になる回復の見通しについて、尋ねた。5月6日からのマドリード・オープンに間に合いそう?


「そうですね。休めば良いだけなので、これだけ試合が続いたのも、けがから復帰して初めてですし。クレーでかなりラリーが長かったり、相手もトップ10だったり。疲れが来るのはしようがないと思います」


マドリードでの再会を約束して別れ、私もバルセロナを後にした。テニス取材は宿泊先の確保が難しい。決勝まで勝ち上がれば長期滞在になる半面、4大大会以外は早期敗退ならすぐに撤収。だから、直前までキャンセル料がかからない宿選びの苦労がある。快進撃に伴う代償だから、喜ぶべき労力なのだけれど。

マドリード・オープンでノバク・ジョコビッチと対戦する錦織圭=ロイター

5月6日夜、私は女子団体の銀メダルを見届けた卓球の世界選手権を取材したスウェーデンからマドリードに入った。錦織は7日、10連敗中と苦手意識が強い元世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)に敗れ、初戦敗退に終わった。次週はローマでの大会が控える。


欧州でのクレーの季節は、6月10日に最終日を迎える全仏オープンまで続く。錦織に限らず、日本勢の活躍で延泊の連続になる展開を、祈りつつ。



いながき・こうすけ


朝日新聞欧州総局(ロンドン)駐在のスポーツ担当編集委員。欧州で暮らすのは2001年から4年間のロンドン、アテネ駐在以来。著書に『ダウン・ザ・ライン 錦織圭』(朝日新聞出版)。世界のあらゆる情報が瞬時にインターネットで入手できる時代だからこそ、取材現場の臨場感が伝わるコラムをお届けできたらと思っています。



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