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米海軍がなんとか守り抜いた重要ポスト

軍事社会学者 北村淳 #27





昨年11月の本リポート(11月22日発行)で、アメリカ海軍が過去70年にわたって手にしてきたアメリカ太平洋軍司令官のポストが、米海軍太平洋艦隊艦艇が立て続けに重大事故を引き起こしてしまったことの影響により、アメリカ空軍の手に移りそうな状況に直面していることを紹介した。


次期アメリカ太平洋軍司令官選定


その後、つい最近までは現在アメリカ太平洋空軍司令官を務めているテレンス・オショネシー空軍大将が、現米太平洋軍司令官ハリー・ハリス海軍大将の後任の最有力候補であった。しかし、「伝統ある重要ポスト」を失いたくない米海軍側、とりわけ米海軍の擁護者であるジョン・マケイン上院議員らの強力な巻き返し工作が功を奏して、米海軍はなんとか米太平洋軍司令官のポストを失わずにすむこととなった。


アメリカ太平洋艦隊所属の軍艦がたて続けに民間船との衝突事故を起こし、多数の死者まで出すという醜態を晒すこととなったアメリカ海軍ではあるが、結局のところは、人望が高かった太平洋艦隊司令官スウィフト海軍大将をはじめ、米太平洋艦隊の幹部たちを更迭することで、事態の収束がはかられ、「米太平洋軍司令官のポストを海軍から取り上げられてしまう」というアメリカ海軍にとっては極めて重い「お灸を据えられる」措置までには立ち至らなかったといえよう。


トランプ政権により韓国大使へと据えられる見込みとなったハリス提督の後任として、現在アメリカ艦隊総軍司令官を務めているフィリップ・デイビッドソン海軍大将が指名された(アメリカ艦隊総軍:かつては米大西洋艦隊司令官と兼務されるポストであったが、現在は米艦隊総軍に統合された。直属の部隊は第2艦隊である。ちなみに米太平洋艦隊直属の部隊は第7艦隊と第3艦隊である)。


もっとも、行政府であるトランプ政権や海軍をはじめとする軍部が賛同していても、日本と違ってシビリアンコントロールの原則が正常に機能しているアメリカでは、連邦議会の承認がなければ政権によって指名されても自動的に司令官のポストに就くことはない。4月26日、連邦議会上院はデイビッドソン大将の指名を承認した。


極めて重要なポストである太平洋軍司令官


アメリカ海軍を構成する艦隊の中でも最大の太平洋艦隊と、やはりアメリカ海兵隊の中で最大の太平洋海兵隊を含む海軍、空軍、陸軍、海兵隊、特殊作戦群などの多くの組織を率いるアメリカ太平洋軍司令官が責任を持つ地域は、太平洋(東シナ海、南シナ海をはじめとする中国沿岸海域や日本海も含む)とインド洋の大半の海洋とその沿岸諸国(海洋に面していないモンゴル、ラオス、チベット、ブータンを含む)の内陸を含む広大な地域におよぶ。

米太平洋軍(USPACOM)担当地域_図_PACOM



担当領域が広大なだけでなく、米太平洋軍司令官は、近頃南北首脳会談が開催されたり米朝首脳会談が予定されたりしているために若干緊張が緩和されつつあるもののアメリカにとっては依然として油断のならない北朝鮮や、北朝鮮の比ではない軍事的外交的脅威となっている中国に最前線で向き合わなければならない。


とりわけ、中国は、トランプ政権が昨年末から今年の1月に公表した「国家安全保障戦略」「国家防衛戦力」などで明確に打ち出した「大国間角逐」という国際情勢認識の最大の仮想敵国と名指しされている。また、ロシア領土(とその上空)は米太平洋軍の担当区域外である(米ヨーロッパ軍の担当)が、ロシア太平洋艦隊が日常的に活動するオホーツク海や北太平洋それに西太平洋は米太平洋軍の責任領域である。


要するに米太平洋軍司令官は、トランプ政権の軍事外交政策の根底をなす「大国間角逐」の相手方である中国とロシアのそれぞれと直面しているのだ。そのため、世界を六つの担当エリアに分割してそれぞれに設置されている米統合軍司令官のなかでも、米太平洋軍司令官は極めて重要なポストと考えられている。


それだけではない。米太平洋軍の担当地域には、日本、韓国、フィリピンそれにオーストラリアなどの同盟国や、アメリカにとっては軍事的に支援し続ける義務がある台湾、それに中国に対抗するためにも友好関係を維持すべきベトナムやインドといった軍事的、外交的あるいは経済的に重要な「味方」も数多く存在している。つまり、アメリカだけで危険極まりない強力な仮想敵である中国に立ち向かうのでなく、同盟国や友好国を活用して「大国間角逐」に打ち勝つことこそがアメリカにとっての良策なのである。


そのため、米太平洋軍司令官には、とりわけ現状では、軍事的指導者としての資質に加えて、外交官的役割をも果たせる資質が強く求められている。実際にデイビッドソン次期米太平洋軍司令官は米連邦議会上院公聴会で次のように述べている。


「中国には、(アメリカ政府内の)あらゆる部署が協力し合い一丸となって立ち向かう必要を痛切に感じております。そのために(米太平洋軍)は国務省とも密接に協働するつもりです。……それに加えて、これは極めて重要なのですが、われわれ(米太平洋軍)は同盟諸国や友好諸国と連携して中国に対処していかなければならないのです」


次期米太平洋軍司令官の基本方針


この公聴会に先だって、指名承認のための基礎資料としてデイビッドソン大将は連邦議会からの「太平洋軍司令官に任命された場合に実施すべきであると考える太平洋軍の政策や戦略に関する質問」に対する回答書を提出した(50ページにわたる、詳細な質疑回答書は公開されている)。


フィリップ・デイビッドソン提督_写真_米海軍



当然のことながら、次期太平洋軍司令官として、トランプ政権が打ち出した安全保障戦略や国防戦略と整合した太平洋軍の戦略をどのようにして実施していくのか?という国防戦略レベルの質疑応答から、軍事的リーダーとしてだけでなく外交的役割をも担う米太平洋軍司令官として国務省はじめ様々な政府機関や連邦議会などとどのような関係を構築していくのかに関する詳細な方針、それに責任地域内で太平洋軍が直面している軍事的、外交的、経済的諸問題のそれぞれに対してどのような方針で対処していくつもりなのか?に対する具体的対応策まで、質疑応答は多岐にわたっている。


次期司令官候補としてのデイビッドソン大将が連邦議会に対して公式に陳述した以上、それらの回答内容は、米太平洋軍司令官として着実に実施していく義務が生ずるのは当然である。要するに、今後重大な地政学的変動が生じないかぎり、上記「質疑回答書」は、少なくともデイビッドソン大将が指揮を執る期間中は、米太平洋軍の基本路線となるのだ。


そのデイビッドソン次期米太平洋軍司令官の対中国戦略、対北朝鮮戦略、そして日米同盟に関する所見などの詳細については稿を改めなければ紹介できないが、デイビッドソン海軍大将が陳述したアメリカ太平洋軍司令官にとっての最優先責務とは次のようなものである。


1:アメリカの領域を防衛する

2:米太平洋軍担当領域での米軍戦力を再調整する

3:同盟諸国や友好諸国との二国間関係や多国間協力を強化発展させる

4:多様な脅威に対処するために米政府内そして同盟国の軍事部門以外の諸部門との協力を推進する





(次回は5月16日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん




1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。


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