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イギリスのEU離脱、これから何が起きるか

サイモン・ヒックスLSE教授に聞く

元凶は所得格差よりも地域格差

インタビューに答えるサイモン・ヒックス教授=国末憲人撮影

2019年3月に見込まれる英国の欧州連合(EU)離脱まで、1年を切った。英国とEUはどこに行くのか。今後の課題はどこにあるか。そもそもなぜこのような事態に陥ったのか。来日した欧州政治分析の第一人者、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のサイモン・ヒックス教授(49)に聞いた。(GLOBE編集長 国末憲人)


――英国がEUを離脱する日が現実味を帯びてきました。教授はかねて、EUから離脱する英国が欧州単一市場へのアクセスを保つことで影響を最小限に抑える「ソフト・ブレグジット」を提唱してきました。見通しはどうでしょうか。


その可能性は大変低くなっているのが現実です。政府は、単一市場にも関税同盟にもとどまろうとせず、自由貿易協定(FTA)締結を優先しています。彼らは楽観的です。それができると考えています。


しかし、私はそうは思わない。金融面での単一市場へのアクセスをEUがやすやすと認めるとは、到底思えない。単一市場外に位置するロンドンは、EUの競争相手です。EU加盟国のいくつかの議会は、英国に対して厳しい態度で臨むでしょう。甘い態度を見せると他にも離脱の動きが出てきます。ベルギーの友人からは『EUのルールが適用されないのに、どうぞ単一市場に自由にアクセスしてください、などとEU側が英国の銀行マンに言うとでも思っているのですか』と言われました。


英国の自動車産業は、EU各国に輸出することで大きな利益を得ています。今、業界は税関復活に神経をとがらせている。例えば、英国にはホンダや日産の自動車工場がありますが、ユーロトンネルを通じて欧州大陸から入ってくる部品の到着が15分遅れるだけで、生産コストは大きく跳ね上がります。一番困るのは時間通りに生産できないことだと、彼らは言います。そうすると、日本の自動車産業が英国から撤退するかもしれません。英政府は、日本の自動車工場を国内につなぎとめるために大変な努力をしています。でも、税関が復活した途端、すべてが終わります。


――なぜ英政府は「ソフト・ブレグジット」を望まないのでしょうか。


人の出入りを完全にコントロールする姿勢を示したいからです。「単一市場へのアクセスを確保する代わりに人の移動の自由も受け入れる」といった取引をEUとすることは約束違反になる、と考えているのです。


私たちは投票で離脱を選んだ、すなわち単一市場と関税同盟から抜け出すこと――。これが英国民の一般的な認識です。国民投票が示したのは、すべてから離れる選択でした。確かに経済面で影響はあるだろうが、それを甘んじて受けたうえで出て行くことが、民主主義にのっとっていると、人々は考えています。先のことはわからない、EU外でうまくやっている国もある、英国も何とかなるのでは、というわけです。


それに、影響を受ける一番の産業は金融だと、人々は考えがちです。「ロンドンの金融街シティーの富の30%が消えるというが、だから何なの」というのが、平均的英国人の受け止め様です。


背景には、英国内で拡大し続けてきた地域格差があります。田舎の大多数は、ロンドンとロンドンにいる国際人やグローバルエリートに対して怒りを抱いています。つまり私のような人物に(笑)。彼らは「あんたたちはEUから散々もうけてきた。私たちは給料を減らされ、EU域内移民に仕事を奪われた」と言うのです。私は、国民投票前の半年間各地を回り、ロンドン以外の平均的意識を感じました。


――つまり、都市と田舎との意識の差ですね。


むしろ、地理的には三つに分かれると言えるでしょう。第1はグローバル化された都市。ロンドンをはじめマンチェスター、エディンバラなどグローバル化の恩恵にあずかる街、あるいはオックスフォード、ケンブリッジといった大学都市や、創造性豊かな産業都市です。第2は衰退している産業都市。ブラッドフォードやドンカスターなど中規模の街で、1980年代以降の製造業や炭鉱、鉄鋼業の落ち込みの影響を受けています。第3は田舎で、高齢化し、保守的で、教育水準が低く、しかし不動産を保有して比較的裕福です。ジェンダー面での平等や同性愛者の権利拡大を好まず、移民受け入れに否定的で、50~60年代のイメージに回帰したがっている。この第2と第3との連合こそが、英国のEU離脱投票を引き起こした。格差拡大に怒りを抱く衰退都市と、国際化に怒りを抱く田舎の高齢者が、連合を結んだのです。


――同様の構図は、フランスを含め欧州各国に見られそうです。


確かに英国に限らず、欧州各国に見られる傾向です。フランスでの右翼ルペン氏の支持層も、同じ連合に基づいています。逆に、マクロン大統領の支持層は都会的、国際的で、若い。米国でも、ラストベルトと、豊かで保守的で反移民の田舎との連合の上に、トランプ大統領がいるのです。


――同じような現象が日本でも起きるでしょうか。


日本は違うと思います。歴史的に福祉が充実し、格差がそれほど広がっていない。確かに産業衰退都市はあるし、格差も少し拡大しているが、それほどの地域格差はないと思います。むしろスカンディナビア諸国に似ています。


英国では奇妙なことに、ここ20年にわたって個人間の格差は広がっていません。80年代終わりから90年代初めにかけて拡大した後、いったん安定し、その後ごくわずかに差が開いただけ。逆に広がったのは、地域の格差です。


一つの地域で貧富の格差が出るのは、実は問題が少ない。金持ちが税金を多く払って、貧乏人がサービスを受けられるからです。これが、国の一部の場所が金持ちばかりで別の場所が貧乏人ばかりになったら面倒です。都市で税を負担する金持ちは『たくさん仕事があるここに来ればいいじゃないか』と言うでしょう。こうして、ロンドンとロンドン以外の格差はどんどん広がってしまう。それが爆発したのが、国民投票の結果でした。


――2016年の国民投票では、移民問題も争点だと言われました。


移民問題にはいくつかの側面があります。一つは経済面。中東欧からの移民の波が、特に農業と建設業を圧迫しています。この二つの業界が影響を受けるのは、賃金が現金で払われてきたからです。他の業種では最低賃金制度があるから、給与は変わらない。しかし、農家や建築現場での仕事の報酬は現金によるだけに、ポーランドやルーマニアから安い労働力が流入すると下がるのです。


次の側面は文化面。都市への移民流入は60~70年代でしたが、今やそれが、外国人を見たこともなかった小さな町や田舎に及び、文化の変容を招いています。


もう一つは、英国でこれまで移民が大きな問題だったにもかかわらず、誰も語れなかったことにあります。人々は、それを語ることで人種差別主義者と見なされるのを恐れてきたのです。実際には、多くの人々はインド・パキスタン系移民に対して偏見を抱いてきましたが、それを決して公然とは口にしなかった。ところが、ポーランドやリトアニアからの移民だと、それを口にできるのです。なぜなら、彼らが白人だから。反移民の立場を取っても、人種差別ではないと主張できます。ある野党政治家は『長年反移民だったが、ようやくそれを公言できる。彼らが白人移民であるからだ』と言っています。


――反移民の立場を明らかにする口実ができた、というわけですか。


ある調査結果によると、多くの英国人が減らしたいのは、実はEU外からの民です。それを内密には口にするのだけど、公の場では決して言わないのです。


それがEU離脱の大きな問題でもあります。EU離脱は、EU内からの移民を減らすことを意味します。そうすると、たぶんEU外からの移民が増える。移民行政の担当者は「ポーランド移民がいなくなると、パキスタン移民が代わりに来ますよ」と言います。「それを農村に行って説明できるか」と尋ねたら「難しい仕事だなあ」と言っていましたが。


――英国はこれからどうなりますか。


本当の意味でのグローバル経済の時代はまだ到来していません。実際の経済の大部分は北米、アジア、欧州といった地域ごとに動いています。その中で、ロンドンは欧州経済の首都だったわけですが、その主要部分から自らを切り離そうとしているのが現在です。一方、人々が簡単にロンドンを離れたがるとも思えません。ロンドンは英語が通じ、多文化で、国際的です。一部のビジネスは英国を離れるかもしれませんが、残るものも少なくない。恐れるほどではないと思います。


離脱が一段落すると、英国とEUの関係はカナダと米国との関係のようになるでしょう。良き友であり、同盟者であり、対ロシアやテロ問題では戦略的パートナーです。


心配はむしろ、英国よりもEUの側にあります。英国がある種の「離脱モデル」となった場合、EUから脱退してもやっていけることになる。イタリアやオランダのポピュリスト政党、あるいはフランスのルペン氏が「英国のようになりたい」と言い出す。これは大変危険なことです。


――対英国でEU内の結束が固まりませんか。


そう望みたいところですが、各国の考えはそれぞれです。英国が抜けることによって、EU内で単一通貨を使うユーロ圏の比重がさらに高まります。それは、ユーロを使わないスウェーデンやデンマークなどの立場を難しくする。これらの国の立場を擁護してきたのが英国でしたから。EU内では、ユーロ圏とそれ以外との溝が深まるでしょう。


加えて、フランスのマクロン大統領が独仏で財政統合や政治統合を進めようとしているのに対し、スウェーデンなどは抵抗している。もともと英国と経済文化で強いつながりを持つスウェーデンが態度を変えていく可能性はあると思います。



Simon Hix

英国を代表する政治学者。専門は投票分析、選挙制度、EU政治。共著「EUの政治システム」など。


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