RSS

Webオリジナル

NPT脱退の条件が整ったにもかかわらず、核武装議論がなされない不思議

軍事社会学者 北村淳 #23





前回の本コラムでは、米海軍関係者たちによる「トランプ政権が打ち出した核戦略の大転換を日本側は深刻に受け止めているのか?」という疑問の背景を論じた。今回は、そのような疑問と共に寄せられている「同盟国アメリカにおける核戦略の大転換にもかかわらず日本自身の核戦略の転換が真剣に検討されはじめないのか?」という不審の背景事情について記してみたい。


核環境は「異常な事態」に突入


トランプ政権が核戦力削減戦略から核戦力増強戦略へと核戦略の原則を大幅に転換した直接の原因は、北朝鮮によるアメリカ本土(より厳密にはハワイ州、アラスカ州ならびにグアムなどの準州を除く“大陸48州”)を直接攻撃可能な核弾頭搭載弾道ミサイル開発が予想以上のスピードで進展してしまい実戦配備すら間近に迫っている、という情勢であることは言うまでもない。


アメリカ政府・軍当局はすでに20年以上も前から北朝鮮の核開発ならびに弾道ミサイル開発に対して重大な関心を持ち続けており、警戒を怠っていたわけではなかった。


北朝鮮が弾道ミサイルなどに搭載することができる小型核弾頭の開発だけに成功したり、または北朝鮮がアメリカに到達する弾道ミサイルを開発したりしただけでは、ともにアメリカにとっては深刻な軍事的脅威にはならない。アメリカ本土が核攻撃の脅威にさらされないからだ。


ところが、昨年より急速に北朝鮮が核弾頭搭載大陸間弾道ミサイル(ICBM)を実戦配備につかせつつある状況が現実のものとなり、アメリカの安全保障環境、とりわけ核環境にとっては、未曽有の出来事が出現してしまったのだ。アメリカ本土を直接核攻撃できる敵対勢力が2カ国(中国・ロシア)から3カ国(中国・ロシア・北朝鮮)になるのである。


アメリカ自身が直接核攻撃を加えられる危険が増大するだけではない。北朝鮮がICBM製造技術を確実なものにしてしまうと、イランやリビアやパキスタンなどアメリカが言うところの“ならず者国家”やテロリスト集団に核弾道ミサイルをはじめとする核兵器が拡散してしまう恐れがますます高まることになる。


要するに、アメリカ政府・軍当局は北朝鮮によるICBM開発状況がアメリカの核戦略を根本的に転換させるだけの「異常な事態」とみなし、そのような核環境の危機に対応させるべくDr.Strangelove派の主張に沿った核戦略の大転換(前回の本コラム参照のこと)を打ち出したのである。


NPTを踏みにじっているアメリカ


このように、北朝鮮によりもたらされつつある核環境の大転換に鑑み、少なからぬ米軍関係者たちが「同盟国アメリカにおける核戦略の大転換にもかかわらず、日本自身の核戦略の転換は真剣に検討されはじめないのか?」との疑問を口にしているのである。


なぜならばアメリカ以上に北朝鮮のICBM完成に伴う核環境変化の影響を深刻に被るのは日本であることは誰の目にも明らかであるからだ。まさに日本にとっても日本を取り巻く核環境が「異常な事態」となってしまったのである。


そして、アメリカ自身が基本的核戦略を百八十度転換したということは、アメリカ自身も核環境を「異常な事態」とみなしていることのなによりもの証左である。したがって、日本が現在直面している核環境を「異常な事態」と判断することに対して、アメリカは疑義を差し挟むことはできないことになるのだ。


そのため、「中国はもとより北朝鮮の核脅威の高まりに対応して日本も何らかの形で核武装の途へと踏み出すのではないか」とかねてより考えていた米軍関係者たちは、いよいよ日本の核武装が現実のものとなるのではないかと考えているのである。なぜならば、日本の核武装に縛りをかけてきた核兵器不拡散条約(NPT)第10条には、「各締約国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認める場合には、その主権を行使してこの条約から脱退する権利を有する。」との規定が記されているからだ。


言うまでもなくNPT制定の目的の一つは、1960年代後半における核保有国(アメリカ、ソビエト連邦、イギリス、フランス、中華人民共和国)が非核保有国、とりわけそれらの国々にとって第2次大戦においては敵国であった日本とドイツには核武装を許さず、核保有国の軍事的優位を維持しようというものである。


そのような目的が明らかであったとはいえ、ソ連や中国の核脅威から身を守るためにアメリカの“核の傘”に頼らざるを得なかった日本は、NPTに加盟した。NPT加盟後も半世紀近くにわたってアメリカの軍事的保護国という地位に甘んじ続けている日本にとって、NPTを脱退することは至難の業であると考えられてきた。したがって、「日本がある程度の核武装をした方がアメリカにとっても都合が良い」と考える米軍関係戦略家といえども、日本核武装の実現は至難の業であると考えざるをえなかったのだ。

米海軍戦略原潜から発射(試射)されたトライデント核弾道ミサイル(写真_米海軍)


ところが、アメリカ自身が認めているように核環境は、NPT第10条に規定されているNPTからの脱退条件である「NPTの対象である核環境の異常な事態が日本の至高の利益を危うくしていると認める場合」へと立ち至ったのである。したがって、日本がNPTから離脱して、自国防衛のため核武装へと戦略転換をしても、アメリカが異議を差し挟む条約上の根拠は消え失せているのだ。


さらにアメリカは核戦略の大転換を宣言した『NPR-2018』において、核戦力の大増強方針や先制核報復攻撃(通常兵器による攻撃に対しても核兵器により報復攻撃を加える)の再確認などを明示したことにより、「核軍備の縮小の方向で効果的な措置をとる意図を宣言」するというNPT前文に謳われているNPTの制定目的の一つをアメリカ自身が踏みにじってしまった。



核武装議論が沸き起こらないという不思議


以上のごとく、日本がNPTから離脱して核武装を進めても、もはやアメリカには日本を押しとどめる正当性を失っているという状況を考慮すると、かねてより日本の核武装に関心(支持・不支持を問わず)を持つアメリカ軍関係者たちは、日本において核武装に関する議論が沸き起こって当然と考えたわけである。


ところが日本では、北朝鮮の核武装に対してヒステリックに騒ぎ立てている勢力からも、中国の核を含んだ対日軍事脅威に強く警鐘を鳴らしている人々からも、国家として真の独立を勝ち取るためには核武装が必要であると主張する“国士”たちからも、「今こそNPTから離脱して核武装へ踏み切る絶好のタイミング」といった真剣な声が上がっていない。


アメリカと日本という忠誠を誓った対象である国家は違っても、国家を防衛する責に任じてきた軍人の常識に照らすと、日本が核武装に踏み出すためのNPTからの脱退にとっての条件が現実的になったにもかかわらず、いっこうに核武装に関する議論が日本から聞こえてこないという現状をいぶかしみ、冒頭のごとき問いを投げかけてきたのである。







(次回は3月21日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん



1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。


北村淳 #1 アメリカが日本を守ってくれる?日米安保条約第5条の〝本当〟

北村淳 #2 トランプ政権の100日、軍事戦略いまだ描けず

北村淳 #3 日本政府はどっちを向いているのか?——アメリカ戦略家たちの疑問

北村淳 #4 弾道ミサイルの脅威迫るも、日本のBMDは「1段」構え

北村淳 #5 来年のリムパック中国参加巡る対中融和派と対中強硬派の争い

北村淳 #6 失敗から学べ・日本に必要なのは「兵器売り込み専門家集団」

北村淳 #7 もはや効果のないアメリカの「航行の自由作戦」

北村淳 #8 トランプ政権の「台湾への武器供与」と「ノドに刺さった小骨」

北村淳 #9 日本は北朝鮮の軍事的脅威をどれだけ認識しているか?

北村淳#10 北朝鮮よりずっと深刻/中国のミサイル脅威に直面する日本

北村淳#11 北朝鮮はなぜグアムを狙うのか

北村淳#12 頻発する軍艦の事故、その背景にあるもの

北村淳 #13 太平洋軍司令官人事を巡る米軍内部での疑心暗鬼 

北村淳 # 14多発する航空機事故と強制財政削減の影響

北村淳 #15 「中国有利・アメリカ不利」が鮮明になりつつある南シナ海情勢 

北村淳 #17なかなか踏み切れないが、可能性はあるアメリカの対北朝鮮軍事攻撃

北村淳 #18 アメリカによる北朝鮮に対する「限定的予防戦争」

北村淳 #19トランプ政権にとり北のICBM以上に深刻な南シナ海問題

北村淳 #20本質的議論抜きで決定されたイージス・アショア導入

北村淳 #21弾道ミサイル防衛を再吟味しなければ国防が危殆(きたい)に瀕する

北村淳 #22トランプによる核戦略大転換を、諸手を挙げてたたえる愚

北村淳 #23NPT脱退の条件が整ったにもかかわらず、核武装議論がなされない不思議

この記事をすすめる 編集部へのご意見ご感想

  
ソーシャルブックマーク
このエントリーをはてなブックマークに追加

Popular article | 人気記事

さらに記事を見る
Facabookでのコメント

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

Information | 履歴・総合ガイド・購読のお申込み

Editor's Note | 編集長から

PC版表示 | スマホ版表示