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トランプ政権にとり北のICBM以上に深刻な南シナ海問題

軍事社会学者 北村淳 #19




昨年末(2017年)にトランプ政権として初めて策定し公表した「National Security Strategy」において「南シナ海における中国の人工島造成や前進軍事施設建設といった動きは、南シナ海の自由通商航路帯を危険にさらし、南シナ海周辺諸国の主権を脅かし、南シナ海周辺地域の安定を損なう動きである」と指摘している。


2017年には“何もしなかった”トランプ政権


中国がフィリピン、ベトナムなどとの間で領有権紛争を繰り広げている南沙諸島に人工島を建設したり、ベトナムとの軍事衝突の末に手にした西沙諸島の防備を強固にしたりすることにより南シナ海の軍事的優勢を手にしようという膨張主義的拡張の動きは、すでに数年前から顕著なものとなっていた。


2014年春、フィリピン政府やアメリカ海軍関係者などが、南沙諸島のジョンソンサウス礁をはじめとする3カ所の環礁で、中国が埋め立て作業を開始して人工島の建設をもくろんでいる状況を確認したのである。その後、ファイアリークロス礁などに軍事施設や民間施設の建設を前提とした人工島の建設計画が明らかにされた。そして実際に、ジョンソンサウス礁、ガベン礁、スービ礁、そしてファイアリークロス礁などで、大がかりな埋め立て作業が開始されていることにたいして、フィリピン当局やアメリカ海軍が警鐘を鳴らした。


しかしながら、オバマ政権はアジア回帰政策を標榜(ひょうぼう)していたものの、中国の膨張主義的海洋進出政策と対決する気はなく、何ら牽制(けんせい)する行動には出なかった。2015年になると、それら4つの環礁に加えてクアテロン礁、ミスチーフ礁、それにヒューズ礁の合わせて7つの環礁で人工島建設が急ピッチで推し進められている状況が次から次へと確認されるに至った。


南沙諸島各国軍事拠点(黄色が中国人工島)_CNS作成

アメリカ海軍の少なからぬ戦略家たちは、このような南沙諸島での中国による人工島の建設は、要するに前進軍事拠点の建設を意味し、南シナ海での軍事バランスを圧倒的に中国優勢に導くことは明々白々であるとして、強くオバマ政権に対中牽制行動を開始するように迫った。しかし、オバマ政権は懸念を表明する程度で、それ以上の動きは見せなかった。


2015年9月になると、中国が人工島化を急いでいたファイアリークロス礁、ミスチーフ礁、それにスービ礁に、それぞれ3000メートル級滑走路と思しき工事が行われている状況が確認された。大型旅客機の発着が可能な3000メートル級滑走路は、戦闘機や爆撃機それに大型輸送機などを含むあらゆる軍用機の発着が可能であり、それらの人工島が本格的航空施設を有する軍事基地であることには疑いの余地はなくなった。


ことここにいたって、オバマ政権はようやく中国に対する牽制としてアメリカ海軍に南シナ海での公海航行自由原則維持のための作戦(FONOP)の実施を許可した。ただし、かねてより海軍側が主張していた「中国を軍事的に刺激するようなFONOP」ではなく、中国を極力刺激しないレベルの「形式的なFONOP」の実施を下命したのである。そして、FONOP実施回数も海軍の対中強硬派の人々が主張していた「少なくとも毎月一回、できれば1週間おき」といったように頻繁にではなく、数カ月に一度といったペースでしか実施は許可されなかった。


このような牽制効果などはゼロに等しいFONOPに対しても、中国側は「アメリカによる軍事的脅威を被った」と言い立てて、「中国の海洋国土をアメリカの軍事的脅威から防衛する」ために、西沙諸島の軍備を増強し、南沙諸島人工島の建設をますます急ピッチで推進することになった。


結局、2016年1月2日には、ファイアリークロス礁に建設された3000メートル級滑走路に、大型旅客機2機が飛来し、中国本土とファイアリークロス礁の航空施設の実質的運用が開始されるに至った。そして、ミスチーフ礁、スービ礁の航空施設も完成の域に達し、中国は中国本土から1500キロメートル以上も離れた南シナ海洋上に、3つの本格的軍用航空施設を造り出してしまったのである。


それらの三つの環礁の滑走路に加えて、7つの人工島には大型軍艦も寄港できる港湾施設を含む海軍基地や、レーダー施設なども続々と建設されつつあり、人民解放軍の前進軍事基地が南沙諸島に誕生することが確実となったのだ。アメリカ海軍が誇る原子力空母と違い、人工島基地群は移動することはできないものの、“島”である以上、敵の攻撃を受けて沈没する恐れはない。まさに中国は不沈空母を南沙諸島に浮かべることとなったのである。


このように、オバマ政権が南シナ海での中国による膨張主義的海洋侵出政策を強く牽制することもなく放置していた状況を手厳しく非難し、中国の軍事力を背景にした海洋侵出を断固として阻止しなければならないと主張したのが大統領選挙期間中のトランプ陣営であった。そして、2017年1月の大統領就任直後も、トランプ大統領そしてティラーソン国務長官は、「南シナ海や東シナ海での中国の覇権主義的行動は、軍事的圧力を用いてでも、断固として押しとどめる必要がある」といった対中強硬姿勢を公言していた。



そのためアメリカ海軍関係者の多くが、トランプ政権が中国の南シナ海での膨張主義的海洋侵出に対して毅然(きぜん)とした政策を打ち出すものと期待していた。しかしながら、習近平国家主席の訪米前から、北朝鮮による核弾頭搭載長距離弾道ミサイル(ICBM)の完成が近づきつつあるとのデモンストレーションが顕在化すると、北朝鮮の軍事的暴発を押さえ込む役割を中国に期待したトランプ政権は、南シナ海問題で中国を刺激することを避ける姿勢へと転換した。


とはいうものの、南シナ海での中国の膨張主義的海洋侵出を抑制することは選挙公約でもあるし、フィリピンや日本などの同盟国の手前からも、何も手を打たないわけにはいかない。そこでトランプ政権もオバマ政権同様に南シナ海での「形式的なFONOP」を海軍に実施させるに至った。当然のことながら、中国側に対して何ら軍事的脅威を与えることのない(中国側は軍事的脅威を受けたと主張するが)FONOPを時折実施しても、中国が7つの南沙人工島での軍事施設建設のスピードを緩めるはずがない。


結局は、選挙期間中の公約と大きく異なり、トランプ政権は2017年を通して、南シナ海や東シナ海での中国による膨張主義的侵出行動にたいしては何もしないに等しい結果となってしまったのだ。


トランプ政権にとって2018年は“正念場”


ホワイトハウスと違いペンタゴンにとって、南シナ海問題は、極めて深刻な問題であり、その深刻度は増しつつある。なぜならば、南沙諸島人工島に3つの3000メートル級滑走路や格納庫、それに整備修理設備を有する本格的航空施設が誕生し、軍港的役割を果たせる港湾施設も複数建設されるだけでなく、強力なレーダー施設、地対艦ミサイル施設、地対空ミサイル施設なども建設されつつあり、極めて強力な防御力を有した洋上基地群が誕生するからである。


中国による南シナ海のコントロール_CNS作成

中国本土からみて南シナ海の最も遠方東奥側の南沙諸島に強力な軍事拠点を確保すると、南シナ海の西側中国本土寄りの西沙諸島やその後方に控えている海南島の海軍、空軍基地と連動させることにより、中国は南シナ海を縦貫している海上航路帯(シーレーン)を軍事的にコントロールすることが可能となる。もし、米中関係や日中関係が悪化した場合に、中国が南シナ海のシーレーンで軍事的優勢を手にしてしまうと、アメリカ海軍は南シナ海での作戦行動がとれなくなり、日本に向かう原油や天然ガスを積載したタンカーは南シナ海を通航できなくなってしまう。


このような事態に陥ることだけは、アメリカ海軍そしてアメリカ軍にとっては絶対に避けなければならない。そのため多くの海軍戦略家たちは、2018年こそは、北朝鮮のICBM完成という状況を睨みつつも、中国の膨張主義的海洋進出政策に何らかの軍事的牽制を加え始めなければならないと考えている。


もしトランプ政権がこれまでのように北朝鮮問題で中国側に遠慮し、中国の膨張主義的海洋侵出に対抗しようとしなかったならば、中国は7つの人工島に、すでに原型がおおかた完成してしまった様々な軍事施設の完成と並行して、海洋研究所、漁業基地、漁船避難施設、クルーズシップ施設、観光用人工ビーチ、そしてリゾートホテルなどの民間施設の建設を推進するであろう。


そのような民間施設が狭い人工島内に誕生してしまうと、いくらピンポイント攻撃能力を誇るアメリカ軍といえども、南沙人工島基地群を軍事攻撃することはできなくなってしまう。現代の軍事行動では、民間人を軍事紛争に巻き込むことは極力避けねばならないからだ。したがって、漁業関連設備や海洋リゾート施設といった民間施設が次から次へと生み出される前に、トランプ政権が中国の海洋侵出の動きに待ったをかけられるかどうか、2018年はまさに正念場の年といえる。






(次回は1月24日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん


1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。


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