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日本人が知らない移民政策の秘策とは

GLOBEシンポ「壁が世界を分断する?」をがっつり伝える (1)

ジェームズ・ホリフィールド教授が指摘する「4次元ゲーム」

朝日新聞GLOBEは、10月1日から3日にかけて東京で開かれた「朝日地球会議2017」(朝日新聞社主催)の中で、オープニングセッションのシンポジウム「壁が世界を分断する?」を企画した。10月1日にイイノホールであったこの議論を、5回にわけて紹介します。

東京・イイノホールで10月1日に開かれた朝日地球会議のGLOBEシンポジウム「壁が世界を分断する?」

シンポでは、米サザンメソジスト大学のジェームズ・ホリフィールド教授が基調講演をし、パネリストとして首都大学東京の木村草太教授が加わった。GLOBE編集長の国末憲人がコーディネーターを務めた。


世界で様々な壁ができている

国末:朝日新聞GLOBEは2008年に創刊されました。ひとつのテーマを定めて特集を組み、本日発行されたGLOBEで198号になりました。


今回は「壁」という特集で、3カ月ほど準備をしました。1989年に「ベルリンの壁」が崩壊し、それで世界が一つになったと、私も含めみんな思ったわけですが、四半世紀が過ぎて、よく見ると世界でいろいろな壁ができています。こういった現象は何なのかを考えてみたいと、このテーマを設定しました。


今日は壁の問題を考える上で、最適な方を米国からお招きしています。テキサス州ダラスのサザンメソジスト大学教授、ジェームズ・ホリフィールド先生です。先生はもともと米国出身ですが、欧州に長く滞在して、フランス語を非常に流暢(りゅうちょう)に話されまして、人の移動、移民の研究については世界で第一人者という方です。「壁」の問題は移民の問題と非常に密接に結びついています。どのように関係しているのか、日本とどうかかわるのか。お話をおうかがいしたいと思います。

ホリフィールド教授(右)と国末編集長


ホリフィールド教授:また日本に戻ってくることができて、非常にうれしく思っています。これだけのみなさま方が日曜日の朝に、このとても重要なテーマ、トピックについての講演にご参集くださったことに本当に感激しています。


実は私、日本に来るようになって40年経ちます。40年来連れ添った妻は日本人です。40年の間で、日本でいろいろな変化、いろいろな出来事を目の当たりにしました。今年の夏は東大で、夏の大学院で教える栄誉に浴して、学生たちが何人か、実は会場にいます。今日は私に、簡単な、シンプルな質問しかしないようにお願いしています。


いまの我々の社会のなかで、人の移動、移動性という問題に触れない側面はほぼない、という時代に我々はいま住んでいることは、みなさまも同意していただけると思います。今日お話しするのは、これに伴うジレンマです。人の移動についてのジレンマです。我々はどうやって人の移動を管理し、抑制し、規制し、そして移民を受け入れる国と送り出す国の双方が勝ち組になるにはどうしたらいいか。そして、その移動している移住者自身が満足するにはどうしたらいいのかを、お話ししたいと思います。


今日は五つのトピックを話します。まず、第一に、人の移動、グローバル化についてです。みなさま、人の移動のグローバル化についてはきっと考えたことがあると思います。様々な要素、つまり「財」「資本」「アイデア」「文化」などの交流を意味しています。ここでいま、私たちは危機的な状況にあるのか、危機的な意識が本当に広がっているのか、といった問いについても触れたいと思います。いくつか新しいトピックもご紹介しつつ、移動と移住の時代であるだけに人の移動を国家が規制し、管理することがいかに重要か、ということも話したいと考えます。


また、私たちはリベラルパラドックス、自由主義の逆説に陥っています。人の移動のガバナンスのジレンマ、つまり、人の移動、帰化、市民権についてのガバナンス機構をどうつくるか、ということです。我々がいま住んでいる時代というのは、人の移動に対する非常に強い反動、開放性や貿易に対する反発が生まれている時代です。私たちがいるのは、いわゆる自由主義の時代でしょうか。平和と繁栄を謳歌した自由主義の時代が終焉し、ある意味で国家主義、ナショナリズムの時代へ後退しつつあるのでしょうか。人の移動は社会間、経済間の相互依存性を高めているのでしょうか。そうしたことについてもお話ししたいと思います。


私はいま、帝国ホテルに泊まっていて、朝早く日比谷公園で散歩しました。そこでは「フィリピンフェスティバル」、在日のフィリピン人のあるお祭りをやっていました。これこそが、日本と、ほかの社会との、この場合フィリピンとの、相互依存性の証左ではないでしょうか。


まず、グローバル化と人の移動から話に入りたいと思います。いまは本当に危機なのでしょうか。危機とはどういう定義でしょうか、危機とは何から構成されているのでしょうか。移動している人の数自体が危機を引き起こしているのでしょうか。このグラフをご覧ください。


実際、非常に多くの方が国際移動をしています。このデータは国連が出典です。2億5000万人近い方々が自分の出生国外に住んでいる。これはだいたい日本の人口の2倍ですから、かなりの数です。でも、世界人口の割合で見ると、わずか3.5%にもいかないくらいです。つまり、実際に、他国に移住した人は世界人口の占める割合は3.5%以下なのです。とても小さい数字です。なぜこれほど少ない人しか移住していないのか、という自問もできると思います。これは本当に「危機」というほどのものなのか。

Source: www.worldmapper.org

これは変な地図ですが、人の移動が起こっている国が分かります。いろいろな国に分散しています。当然ながら、米国は非常に大きな移民の国です。移住者を受け入れる長い歴史を持っています。毎年100万人以上の人たちが米国に合法的に移動しています。年によっては非合法移民が20万人から30万人くらいいます。それから、豪州も移民国ですが、中南米、アフリカなどは、移民を送り出している国々です。グリーンの部分、中東ペルシャ湾岸諸国は、自国の人口に比しても多くの移民を受け入れています。実は、アラブ首長国連邦(UAE)の全労働者の85%は外国人労働者といわれています。日本もやはり、多くの移住者を受け入れています。お店に行けば、あるいは建設現場に行けば、あるいは老人ホームなどに行けば、多くの移住労働者が働いています。

Percent Foreign-born in Major Immigration Countries, 2010

この図は、多くの世界の国の外国人の割合を示しています。伝統的な移民の国、豪州、カナダなど。オーストリアはちょっと意外ですね。また、アイルランドも最近、受け入れ国になりました。続いて米国、スウェーデン、ドイツですが、日本をこのグラフに入れるとすれば、たぶんイタリアよりちょっと低いくらいの数字になると思います。在日外国人の割合が総人口に占める割合は、イタリアより若干低いくらいです。


グローバル化とは何か


グローバル化という話をすると、二つのことをまず思いつくと思います。一つは貿易です。さまざまな財、サービスの交換が行われているわけですが、1945年以降、大きく伸びています。貿易はグローバル化の大きな柱です。貿易は、比較優位性という理論に基づいています。つまり、国は自分が最もたけている分野、あるいはモノを製造すべきであり、それ以外は輸入すべきだという考え方です。それから、投資、そして資本の移動です。外国への直接投資や資金の流れには、様々な制度や機関が介在しています。


ところが、グローバル化の三つ目の柱のひとつをどうしても見落としがちです。それが、人の移動です。移動性はどんどん高まっています。ところが、その中核を構成するような原理原則はないし、また、人の移動をグローバルなレベルで、規制、抑制するための機関、制度も存在しないのが現状です。


これに対し、四つの主な国際的なレジームがグローバル化を統率し、規制しようとします。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国際通貨基金(IMF)や世界銀行、国際労働機関(ILO)や国際移住機関(IOM)、世界貿易機関(WTO)で、いわゆる多国間主義の考え方に基づいています。多くの国を一つの目標のもとで連結させるのです。最もしっかりした制度を維持して強力なのは、IMFや世界銀行といった金融の分野の機関です。世界経済は、十分な流動性や、国際収支を調整する機能がないと、動きません。貿易の場合も同じです。WTOという非常に強い体制があります。


ところが、人の移動はどうでしょうか。人の移動を管轄する一番強い体制は難民に対するもので、「難民の地位に関する条約」が1951年に採択され、すでに多くの国々が批准しています。一方、一番弱いのが労働や人の移動に関する体制だと思います。自らの主権を留保しつつ人の移動を統率する制度をつくろう、などと考える人は、多くないわけです。


では、人の移動に関する「危機」はあるのでしょうか。欧州は確かに、移住者が大きく増えました。2015年から2016年に至るまで、多くの人が流入しました。ドイツだけでも100万人近い移住者を、2015年の1年間だけで受け入れました。これはまさに「危機」と言えます。人の数が急激に伸び、欧州各国はこの危機になかなか対応できなかったわけです。一方で、米国へは難民の流れはかなり安定していました。だいたい年間7万人から8万人くらいの数がこの数十年間にわたって続いています。


日本はどうでしょうか。日本は多くの難民を受け入れているでしょうか。この表に日本をプロットしたとしたら、ほとんど見えないくらいの線にしかなりません。日本が昨年受け入れた難民は、100人を切るくらいの数でした。難民危機を、日本は避けることに成功しているのです。


さて、続いて写真をご覧いただきます。これは人道的な立場から移住者を考えた場合です。こちらは、ドイツのボルンという町に貼られたポスターです。最悪の事態は忘れることである、と訴えています。多くのドイツ国民は、シリアや中欧ヨーロッパからの難民の苦境に関しては心を痛めています。しかし、忘れるのは一番重大な問題である、と。ただ、当然のことながら、移住を進めた場合のリスクも考えないといけません。社会全体でどう受け入れるのか。受け入れにあたっては、道徳的な危険、モラルハザードの可能性も考えなければなりません。あまり多くの人が海を越え、国境を越え、安全な場をドイツに求めると、これは大変なことになります。しかし、ここに入ってこようという人たちは、もちろん彼らは苦境に立たされているからこそ、移住しようとしているのです。


北米でも、メキシコとの関係で同じようなことが起こりました。例えば、何万人という子どもたちが中米からメキシコを通り、北米を目指します。危険な旅ながら、家族を求め、両親を捜しにやってきます。こうしたジレンマは、世界各国でみられる共通の課題です。


「移住国家」という概念は


では、続いて「移住国家」という概念について、テーマを移していきたいと思います。そして自由主義の逆説、リベラルパラドックスがなぜ発生しているかという話をしましょう。


まず、リベラルパラドックスについて確認したいと思います。1945年以降、社会は開放されるべきである、そして経済も開放されなければ繁栄はない、というリベラル主義の発想が広がりました。そして私の持論としても、貿易がなければ、産業がなければ、移住がなければ、社会が繁栄することはありません。生産性、効率を上げることはできないのです。しかしながら、一方で政治的な面から見ると、閉ざされた社会観が必要になります。国籍を守らなければいけません。この社会が誰を受け入れるのか、決めなければなりません。オープンでありながら同時に閉ざしていくということ、これこそが自由主義のパラドックスです。これに対して、いくつか解を私は提示していきたいと思います。


まず、「国家」に関する考え方を、国際的な観点と、歴史的な観点と、二つの面から示したいと思います。近代国家は、何百年にもわたって変遷をとげてきました。欧州では、宗教戦争や絶対王制を経て、国家というものが誕生しました。それは、様々な社会の安全を保障する存在でした。その後、19世紀になると、経済を重視する国家が台頭しました。自由主義で、リベラルで、投資面でも開放的な国家です。これが20世紀になってどうなったでしょうか。まさに「移住国家」の時代になったといってよいかと思います。そして、この国家の原理原則は「権利」に基づいています。基本的な人権を、1948年の世界人権宣言に基づいて誰もが享受すべきだ、という発想です。さらに、「福祉」や「保護」が尊重されるべきだという発想が加わって、「移住国家」というコンセプトが台頭しました。


「移住国家」という場合、いくつかの特徴的な属性があります。


まず、移住国家というのは、移民に対してオープンでなければなりません。そして、様々な経済性を享受するために、さらにはコストを削減するために、モビリティーを規制し、管理しなければなりません。また、受け入れ国としての利益を得るとともに、送り出した国にも繁栄を循環させることが大切です。日比谷公園のフィリピンフェスティバルの話をしましたが、日本にいるフィリピン人が送金することで、母国にプラスの面がもたらされているのです。


また、移住国家というのは、外国人にとっての権限を明示しています。市民権、あるいは定住、帰化に関するきちんとした法的な枠組みがあるということです。制度化と法的な枠組みが整えられ、移住した場合には権利が守られ、秩序の保たれた場で安全に暮らせなければなりません。そのためには、国境を越えた様々な協定も必要です。日本には、こういったものがどこまで整っているでしょうか。


いったん、米国が移住国家かどうかということを考えてみましょう。ある面では、そうだと言い切ることができます。高度な移民に関する施策があります。年間100万人あたりが移住をしています。一方で、別な次元からみると、ノーと言ってよいかと思います。不法移民がたくさんいます。1000万人から2000万人あまりに達しているといわれます。


移民ではなくゲストワーカー(出稼ぎ労働者)のプログラムを設けることでこの問題は解決できるかというと、必ずしもそうではありません。米国、日本、欧州では確かに、多くの出稼ぎ労働者のプログラムがあります。しかしながら、「出稼ぎ労働者ほど恒久的な存在はない」という人もいます。彼らはいったん、出稼ぎとしてやって来ますが、そこでそのまま定住する。「労働者を求めたら人間がやってきた」という言葉があるほどです。人は、商品ではありません。「人は、シャツではない」という言葉は、決して忘れてはならないのです。移住問題の行政に関しては、移住者の権利をいかに守るかが重要です。


人の移動は市場の問題


次に、人の移動のガバナンスに関するジレンマです。多くの皆さんにとって、この表は一番重要になると思います。移住政策を立案する際の非常に複雑なゲームです。そのゲームは四つの次元で考えられ、三つのレベルで演じられます。通常の時代ですと、人の移動は市場の問題です。何人の外国人労働者がいて、どのような権利や地位を与えるか、というのが、よくある議論です。


ところが、テロや治安問題も、最近非常に重要になってきました。つまり、国の安全保障を阻害するような、社会を攻撃するような人を、自分たちの社会に留め置くことはできない。この治安問題が、文化の問題と合体すると、まさに大きな波乱要因となります。米国、欧州、世界の多くの国では、これがイスラム恐怖症、イスラモフォビアといった形で表れています。


どうやって、移民政策を管理するのか。政策は三つのレベルで演じられます。つまり、まずは国のレベルであり、続いて国際レベルでも重要です。日本とフィリピンの関係が人の移動に大きく依存していることが、その例です。一方で、これは地方のレベルでも演じられるゲームです。皆さんが住んでいる自治体がどうやって人の移動や社会の多様性に対応しようとしているかは、ご存じの通りだと思います。このゲームで、政策立案は非常に複雑なのです。


世界は、基本的に二つに分かれています。一つは、建国の精神として移民を受け入れている国です。「移民受け入れ国」には、それぞれ建国の神話や精神があります。米国の建国の理念は、「多様性から一人の市民が生まれる」ということです。カナダなどで建国の神話は「多文化性」、つまり様々な人々の文化を尊重することです。フランスも「移民受け入れ国」です。そのために、共和主義という建国の理念をもっています。


ドイツはわりと閉鎖的な国で、どちらかというと、外国に人を送り出してきた国でした。長年にわたって、自らが「移民受け入れ国」であることを否定してきました。どころが、そうではなくなったのです。


ドイツは移民を受け入れるようになった、日本は?


日本で今なされている議論は、ドイツの70年代の議論をほうふつとさせます。ドイツは決して移民受け入れ国にならないと言ったのに、しかし、多くの移民を受け入れるようになった。同じことがいま、日本で議論として起きているのではないかと思います。


これは、こういった考えをまとめた私の著書です。スタンフォード大学出版局から出版された「コントローリング・イミグレーション」。つまり、いま申し上げたような概念を説明している教科書です。


何十年にもわたって、世界では開放的な社会、平和な社会、自由主義の社会が続いてきました。その間、社会も相対的に安定していました。ところが、いまその反動が起きています。開放性に対する反動、グローバル化に対する反動です。その一番いい例が、米国でのトランプ大統領の選出でした。著名な日系米国人の政治理論家、フランシス・フクヤマはかつて「我々は歴史の終わりに到達した」と書きました。彼はリベラリズムが勝利して、これからも継続すると思ったのでしょう。実際には、リベラリズムは下火になっている。「歴史の終わり」の終わりにさしかかったかもしれません。リベラリズムの終焉にさしかかっているかもしれません。


欧州は分断されています。旧東欧諸国は、難民を受け入れたくないといっています。ハンガリーの首相はドイツのメルケル首相に対して、「旧東欧諸国に難民を押しつけるのは、帝国主義だ」といいます。加えて、イスラムに対する恐怖心があります。トランプ大統領は、特にイスラム教徒の入国を禁止しようとする形で、恐怖心に拍車をかけました。「治安」と「文化」が「権利」「市場」に勝るようになっているのです。


私の国の大統領は、イスラム教徒が米国に来るのを阻止すると訴えました。フランスで大統領候補だったルペンは「フランスはフランス人のためのものである。フランス人になりたければ、努力しなければいけない」と訴えました。

 

移民政策をいかに管理するかがカギ


一方で、朗報もあります。「権利」の話をしましょう。1940年代、1950年代から、権利は拡大されてきました。国際法や人権宣言の中でも権利はうたわれています。確かに、労働者に対する様々な権利保護はまだまだ必要で、特に、高齢化が進む日本では法整備が急がれるのですが。


移民政策を将来いかに管理し、リベラリズムの逆説から脱却できるかが、これからの鍵となります。人の移動は、これからも続きます。人の移動は相互依存であり、経済と社会を融合するものだと思います。この講演のあと、ぜひ日比谷公園に足を運んでみてください。日本で働き、暮らすフィリピン人の声を聞いてみてください。


例えば、カナダやスウェーデンは数多くの移住者を受け入れています。フィリピンやバングラデシュ、モロッコは多くの移住者を送り出しています。日本はその中間あたりですが、急速に姿を変えつつあります。

Mexico in transition: the U.S. should build a wall to keep Mexicans from going home!
グラフの左は「米からメキシコへ」、右は「メキシコから米へ」

最後の図は、メキシコ人が米国にどれだけ多く移っているかを示します。1995年から2000年にかけて、多くのメキシコ人が米国に渡りました。2005年から2010年にかけて、米国に行く人数と帰ってくる人数は半々でした。そして特にこの5年間、この流れがひっくり返りました。より多くのメキシコ人が、米国を離れメキシコに戻っている。すると、そもそもなぜメキシコとの国境に壁をつくるのか? むしろ、多くのメキシコ人が米国から出ていかないように、国に帰れないようにしたい、といえるかもしれませんね。


国末:ホリフィールド先生、ありがとうございました。移民問題、難民問題はとかく議論がかみ合わない場合が目立ちます。例えば、「入ってくると治安が心配だ」、「人権を守らないといけない」など、言いっ放しになることが多いけれど、今日のお話で少し整理できたかな、と思います。


「『壁』にはどこかに抜け道がある(画像で紹介)」に続く)



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